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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
死を歌う歌姫。
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いつもの朝。

 見渡す限りの人、人、人。

 ざわめいていたのに、私たちが前に立った瞬間、一気にしん、と静まり返る。

 どこか怯えを含んだその視線に、私は思わず下を向く。

 耳を震わせるのは、ここルアディスを守る石から奏でられる旋律。

 それは、私たち歌姫にしか聴こえないという。

 ゆったりと上がってくる朝日のように、明るくて、希望に満ち溢れていて、そして清らかで純粋。そんな素敵な音。

 隣の二人が息を吸うのが聞こえる。

 同じように私も吸おうとして――喉の奥に数年前から引っかかったままのなにかが、それを拒絶した。

 下唇をグッと噛んで更に深く俯く。

 私に向けられている視線は、どこか、安堵した雰囲気を纏う。

 それがたまらなく悔しくて。でもどこかで安心している自分もいて。

 どうして、なんで、歌えないの。

 あんなに、大好きだったのに。

 そう心に問えば、いつかのあの日を思い出して胸が痛む。背筋がぞっとする。

 どうして私が歌姫なのか。

 きっと私は、その疑問をここにいる誰よりも浮かべてきたと思う。

 緩やかに音量を下げていき、ビブラートが消えると、私たちは手に持っていた麻袋を広げる。

 私たちの歌を聞いていた人々は一列に並ぶと、各々応援している歌姫の持つ麻袋に、祈りの言葉と共にお供え物という名の贈り物を入れていく。

 二人は、お礼と、笑みを浮かべる。

 ある人は、思いを綴った一通の手紙をシスに。

 ある人は、綺麗に咲いた橙色の花をエラに。

 そしてまたある人は――罵りの言葉と、生卵を私の顔に。

「……」

「ちょ、ホロ――」

「お気持ち、受け取りました。ありがとうございます」

 二人と同じように微笑むと、相手はなにか恐ろしいものでも見たような表情を浮かべる。

 女神様の騎士が現われると、その人を捕らえて連行していった。

 今私たちが歌った場所のすぐ後ろには、大きな大きな塔がある。

 ぽっかりと空いた穴の隣には、その穴と同じくらいの、神々しく輝く橙色の石がはまっている。

 ルアディス・ウィション。

 私たちが住むこの世界、ルアディスを守る石。失えば、ルアディスの民に災難が降りかかると言う。

 そのルアディス・ウィションに女神様や、女神候補である私たち歌姫が歌を通して力を分けることで、壊れにくくしている。

 つまり、私たちの歌はなくてはならないもので。

 歌姫や女神に暴力を振るったり、それに近い行為をしたりすれば、騎士に捕らえられ、牢屋に入れられる。

 その行為の程度によっては、死刑になることもある。

 だからたいていの人は、私から目をそらしたり、距離を置いたりするけれども、手を出しては来ない。……絶対ではないけれど。今日みたいなことは、月に一回か二回くらいはあるけれど。

「ホロ、大丈夫?」

 じっと私を見つめる、紫水晶を想像させるような垂れた瞳。私は精一杯の笑みを浮かべる。

「ありがとう。大丈夫だよ、シス」

 するとシスは、眉間にしわを寄せて表情を険しくする。

「大丈夫なんかじゃない! あの人、今すぐにでもグルグル巻きにして火の中に――」

「シス。物騒なことを言わないの。ホロ、大丈夫じゃないでしょう? ほら、早く水で洗い流すわよ」

 私の手からヒョイッと空の麻袋を奪い取ると、高い位置で一つにまとめた栗毛色の長い髪を揺らしながら、エラは歩いていく。左手には私のぺったんこの麻袋。右手にはパンパンの麻袋。隣にいるシスの麻袋はその倍以上に膨らんでいる。二人とも凄いなあ。……ってそうじゃない。

「え、エラ! 私、自分の分くらい持つよ?」

 小走りで追いつくと、エラは私を見てため息を吐く。

「あのね、ホロ。あなたが被った物はなに?」

「えっと…生卵の黄身と白身……?」

「そう。麻袋は私たちで共同で使っているのよ。汚れてしまったら大変でしょ?」

「あ……そ、そうだよね……ごめん、考えが足りなくて」

 指摘されて初めて気づく。

 自分の鈍さに思わず俯いてしまう。視界の端で栗毛色がフルフルと揺れる。顔を上げれば、眉を下げて微笑むエラと目が合う。

「いいのよ。持つよっていうその気持ちはすごく嬉しいから。早く行くわよ」

 そのまま背を向けて歩きかけたエラの腕を、シスが掴む。

「ちょっと待ってよ、エラ。あなた、麻袋を持ったままで行くつもりなの?」

 シスの言葉に、あ、とエラは自分の両手を見る。

 そんなエラに、私とシスは二人で顔を見合わせて、吹き出す。

「わ、笑わうことないじゃない……」

 ほんのり頬を赤くして、エラは言う。

「だって、お姉さんみたいなこと言って、肝心なところで抜けてるんだもの。笑わずにはいられないわ」

「シスー。みたい、じゃなくて、私はあなたたちのお姉さんなんだけどなあ?」

「そういえばそうね。ときどきうっかりさんなお姉さんは私たち妹が支えないとね、ホロ」

「ふふふ、そうだね。血は繋がってないけども」

「あー、ホロまで……。もう、いいわよ。じゃあシス、先にホロと一緒に行っていて」

「エラは?」

「麻袋を置いたらすぐに行くわ。ほら、シスのも貸しなさい」

 シスの麻袋を受け取ると、エラは今度こそスタスタと歩いていく。

 その後ろ姿を見送ってから、私とシスは歩き出した。

 女神候補である歌姫たちは、それぞれ女神様にここへ連れてこられた順番で姉妹の関係になる。

 最初に来たエラは、一番上のお姉さん。年齢も二十歳で、最年長。

 次に来た私は、二番目のお姉さん。年齢は十三歳で、最年少。

 最後に来たシスが末の妹で、年齢は真ん中の十五歳。

 大好きな人たち。ずっとずっと一緒にいたいな。



「ホロ、目を閉じて」

「シス、それくらい自分でできるよ?」

「たまには妹にやらせてくれないかな?」

「でも――」

「えい」

「きゃっ!?」

 バシャッと豪快に音を立てて水をかけられる。冷たさにたまらず声を上げれば、器を片手に、シスがくすくすと笑っている。

「し、シス――」

「もう一回っ!」

「わっ!!」

 今度はさっきよりも多い水をかけられる。そして目を開くよりも先にギュッと抱きしめられた。カランと音を立てて器が私の足元に転がってくる。それはコツンと当たると少しだけ回って止まった。

「シス……?」

「ホロ。我慢しないで。笑顔のあなたは大好きだけど、我慢して笑ってるあなたは見たくない」

「……ありがとう」

 正直に言えば、泣きたかった。

 ぶつけられる言葉も、物も、視線も。すべてが痛くて。

 今朝のように物を投げられたのは久しぶりだった。直接言われたのも久しぶりだった。

 いつも陰でこそこそ言われて。視線に刺されて。

 だけど。

 泣いちゃいけない。

 だって、これは当然の報いなのだから。

 人を殺したのだから。

 むしろ、歌姫だから、という理由でそれがなかったことのように流されていることが、本来ありえてはいけないことなのだから。

 私はしゃがんでシスの手から抜けると、器を手に取る。

 そして水を汲み――。

「えいっ!」

「ひゃっ!?」

 シスに水をかける。すると黒髪から見る見る間に色が落ちていって、月のように冷たい白銀の髪が現われる。

 白銀の髪を持つ人はルアディスでは珍しくて、迫害されやすい。その上に、さらに珍しい紫水晶の瞳ときたら、もう、奇跡のようなレベル。

 すごく、本当にすごく綺麗で。

 でも、ルアディスの民はそのままの彼女を同じ民とは認めてくれなくて。

 なにがあったか、なんて、その白い肌には不釣り合いなほどのたくさんの傷を見れば一目瞭然。

 だからシスは、髪の毛を黒の染料で染めている。せめて見た目だけでも、少しは受け入れてもらえるように、と。

 瞳の色を変える方法はなかったから、そのままだけど。

でも、それでいいと思う。髪だって、染めなくてよかったのに、と思うけど、もう二度とあんな風に暴力を振るわれているシスを見たくないから。そのために仕方ないのだ、と思うことにしてる。

「えへへ、仕返し」

「もー……わふっ!?」

「ふっ!?」

 むうっと頬を膨らませるシスに、私は笑う。と、突然視界が真っ暗になった。

 なんだろうと顔にかかった物を手で握る。あ、布だ。ふかふかで、とても触り心地がいい。

「いつまで遊んでるの。風邪をひくわよ、二人とも。だいたいね――」

 声に顔を向ければ、そこにいたのはエラで。呆れた顔で説教を始める。私とシスは目を合わせて頷くと、一緒に器を持って水を汲んで――。

「きゃあっ!?」

 エラにかけた。

 そのあと散々怒られたのは、言うまでもない。

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