たとえ忘れてしまっても
たとえ忘れてしまっても
教室。周囲ガヤガヤ。
s『俺の名前は二ノ宮優。俺の彼女である天野…天野音花には一つ、小さな、けれど重大な障害がある。』
教室のドアが勢いよく開く。嬉しそうに笑いながら音花が入ってくる。
о「にーのみーやくんっ‼一緒に帰ろう?」
s「ああ、わかった」
優が椅子から立ち上がり、コートをはおって、音花と廊下に出る。
二人で廊下を歩く。
s『一見、なんら他人とは変わらない彼女。けれど。』
前を向いていた音花が振り返る。さっきとは打って変わって悲しそうな表情。
о「ねえ二ノ宮君。日記に書いてあったんだけど、私達、前の日曜日に一緒に買い物に行ったんだよ、ね?」
階段を降りる二人。
s「…そう、だよ。」
о「私、また忘れちゃった…。『大切なもの』を買ってもらった、て書いてあるんだけど…『大切なもの』って何かな?」
校舎の外に出る。
吐いた息が白くなる。
s『天野は、“覚えていられない”。不定期に記憶が消えてしまう。例えば、昨日のこと全て。例えば、一昨日の三限の授業全て。例えば……俺があげたものについて、とか。』
s「ハンカチ、だよ。薄桃のハンカチ。」
о「あっ‼」
音花が歩きながら鞄の中を探る。
о「もしかして、これ?」
ハンカチを取り出す。端にs・оの刺繍。
о「買った覚えがなかったんだけど、私の趣味ぴったりで気に入ったから持ってきたんだあ。そっかぁ、これ、二ノ宮君がくれたんだね。」
s「気に入ってくれて嬉しいよ。」
о「へへー。ありがと!帰ったら早速日記に書かなきゃ‼」
音花、ニコリと笑う。
s『天野に日記をつけるよう勧めたのは、俺だ。例え天野が俺を忘れてしまっても、日記があれば…日記さえあれば、また彼女の隣に立てるかもしれないと、そう思ったから。』
画面真っ暗になる。
s『そう思って、いたから。』
s『俺と天野が出会ったのは1年前…蝉のうるさい夏の午後だった。』
蝉の鳴く音。
信号の前に立つ優。
反対側はゆらめいて見えない。
s「っあー、あっちぃ……こんな中帰るとか地獄だわ。」
信号が青に変わる。
優、歩き出す。
真ん中あたりで音花とすれ違う。
s「っ!?」
振り返って音花をみる。(音が消える)
s『一目ぼれ、だった。一目見て彼女の全てに―艶めいたその黒髪、真っ白なワンピース、華奢な肩―儚いその姿に見とれていた。』
車のクラクション。
ハッとして優が歩き出す。
s『それから』
大学内を走る優。
s『俺は死にもの狂いで彼女を探した。友人に、先輩に、先生まで。訊いて、訊いて、少し引かれて。それでも俺はあきらめなかった。彼女は俺を知らないけれど、俺は彼女を忘れられなくて。だから‼』
カフェ。紗奈と優が対面に座る。
s「すっげー可愛くて、儚くて、白いワンピースが似合う女の子知らねえか?」
優、身を乗り出して机を叩く。
紗奈、少し引き気味に笑う。
n「知らなくはないけどさー。そんな人いっぱいいるよ?」
優、さらに身を乗り出し食い気味に。
s「一応写真とかないか?」
呆れ顔の紗奈。
n「はぁ?…いや、まあ、あることはあるけど、さ。」
紗奈が鞄からスマホを取り出す。
n「しょうがないなぁ。幼なじみのよしみだよ、特別だよ?」
優、目の前にスマホを突き出される。画面には音花がうつっている。
s「この人だ‼」
大学内走る続き。
s『やっと、やっと‼彼女の名前と学部を知ることができた。』
教室の後ろのドア、ガラッと開ける。
s「天野音花ぁ‼」
前をむいて紗奈と話していた音花、ビクンとする。
о「ふえぇ!?」
恐る恐る振り返る音花。
s「俺と、付き合ってください‼」
ガバッと頭を下げる優。
△「すっげー大胆…。」
□「何アレ。音花、知ってる人?」
教室内ガヤガヤ。
音花、おずおずと立ち上がり、優のほうへ。紗奈は呆れと驚きの入り混じった表情で優のほうに来る。
о「えっと、その…。知ってる人だったら悪いんだけど、お名前をきかせてもらってもいいかなぁ?」
苦笑いする音花。その背中を紗奈がポンと叩く。
n「大丈夫だよ、音花。私の幼なじみ。行ってきなよ。」
安心したように表情を緩ませる音花。
о「そっか。じゃ、外でお話しよう?」
s『その時になってやっと俺は気づいた。俺と彼女の関係は世間一般からいえば“初対面”であることに。』
大学構内の木の下のベンチ。座る二人を木漏れ日がつつむ。
о「二ノ宮優君、だっけ。」
音花が優のほうを向き、笑いかける。
о「もしかして初対面じゃなかったり、する?」
優が少し俯き、首を振る。
s「…いや、ごめん。初対面に等しい、かも。俺…は、天野さんに一目ぼれしたわけだから。…天野さんが知らないのは当然だよ。」
о「そっかぁ。でさ、そのぉ。二ノ宮君は私のことが好き…なんだよね」
音花が恥ずかしそうに頬を染める。
s「あー、うん。改めて言うのはものすごく照れるけど、そうだよ。俺は、君が好きだ」
優、顔を上げ、音花を見て言う。
о「へへっ。ありがと。うれしいな。私、そんなストレートに告白されたの、初めてだよ」
音花がベンチから立ち上がり、優に背を向ける。サァッと風が吹き、音花の黒髪がなびく。
о「二ノ宮君、私、さ…」
s「?」
о「あの、さ。“エピソード記憶”ってわかるかな?言うなれば思い出、って感じなんだけど。それが、不定期に消えちゃうの。私の中のその記憶が全部、どっかにいっちゃうんだ。」
言葉を失う優。
о「二ノ宮君と付き合ったとしても、その記憶がなくなっちゃうかもしれないんだよ?それでもいいの?」
s「っ‼天野さん‼」
優が、ガシリと音花の手をつかむ。驚いた音花が振り返る。
s「それでも、好きだよ。天野さんが忘れてしまっても、君と一緒にいられた時間がなくなるわけじゃないんだから‼」
о「ホント…?」
s「俺は嘘が嫌いなんだ」
優が頬を緩めると、音花もつられて笑う。
о「えへへっ。ありがと、二ノ宮君。よろしく、ね」
夕焼けに染まる坂を二人が下りる。
s「そういや、講義で教授が言ってたんだけど、日記をつけるといいらしいよ」
音花、首をかしげる。
о「?どうして?」
s「確か…、忘れてしまったことがある日の日記を見れば、それが鍵になって、閉ざされた記憶の扉が開く…だった気がする」
о「本当⁉なかなかロマンチックなことを言う教授だねえ。知らなかったなぁ。…あれ?講義でそんなことやるっけ?」
驚いた音花がふと首をかしげる。
s「言ってなかったっけ。俺、医学部なんだよ」
о「意外に二ノ宮君の頭が良かった!?」
s「意外!?」
紗奈の部屋。ヘッドフォンをつけた紗奈がベッドにダイブする。
n『少し、後悔した』
くるりと半回転して仰向けになる。
目のあたりを両手で覆う。
n「嘘つき」
小さく呟き、嘲るように口を歪める。
n『本当は、ものすごく』
手をのばし、ベッドサイドの本棚からアルバムを抜き取る。
めくると小学生のころから大学入学までの、優と紗奈のツーショット写真。中学の中ごろから、童顔の少年―風羽涼が加わり、大学入学は、再びツーショットに戻る。
n『ずっと昔から一緒にいて、ずっと一緒にいられると思ってた。これは、恋なのだろうか。…少し違う気がする』
n「あーもう‼わからん‼」
ガバッと起き上がり、アルバムを投げ出す。
かわりに携帯を取り、電話をかける。
z『もしもs』
n「あ、涼君?ちょっと相談のってくれない?」
z『いいけど…?』
n「まあそもそも、君に拒否権はなかったのだが。」
z『おい』
n『てなわけで、私は音花が大好きで優が大好きで、二人に幸せになってほしいのになんかもやもやするのです。涼君、これは恋ですか?違うならこの感情は何ぞ』
延々としゃべり続ける紗奈に嫌気がさした涼は、携帯を少し耳から離す。
n『ちょい、涼君や。聞いてるー?』
軽くため息をつき、携帯を戻すと告げる。
z「馬鹿か」
n『はっ?』
z「いまどきなら小学生でもわかるぞ、それ。単なる嫉妬。二人においてかれたみたいで寂しいんだろ」
n『そ、そうかも。すごいしっくりきた。そうか寂しいのか、なるほどー‼ありがと!じゃあね』
プチッと電話がきれる。画面を見ながら涼は苦笑する。
z「鈍感ってこえー…」
z『惚れてるやつに、恋愛相談されるとは、夢にも思わなかった』
音花の部屋。カリカリとノートに書き込む。
о『今日、医学部の二ノ宮優君に告白された。優しくてかっこよくて、とっても素敵な人。』
シャーペンを置き、ノートを閉じる。
о「よーし、完成‼」
笑顔で叫ぶ。
母「音花―?どうしたのー?」
階下から母親が呼ぶ。
о「う、ううん!なんでもないよっ‼」
焦って音花が答える。
о「いけない、いけない‼お母さんに見つからないとこに隠さなきゃ…。うーん。どこにしよう…」
きょろきょろ部屋を見回す。
ひとつ頷き、本棚の一角から本を取り出す。空いたスペースの奥にノートを隠し、再び本を戻す。
о「よーっし、これで完璧‼」
コール音
s『なあ、音花。クリスマスプレゼント、何あげればいいのかわかんないから、一緒に買いに行かないか?』
ショッピングモールがやがや
o「正直、優君がくれるものなら何でもうれしいんだけどな…」
音花、苦笑いする。
s「っあ、音花、これとかどう?」
優がピンクのハンカチを手に取り音花に見せる。
o「これ、可愛いね‼優君のセンスに脱帽だよ!」
目を輝かせて音花がはしゃぐ。
s「なんか、パッと見て音花に似合うだろうなあ、って思ったんだ。…じゃあ、これにする?」
o「頼んだぜ‼優君!」
優と音花が話しながらショッピングモールの中を歩く。
s「あ、あいつ、珍しいなこんなトコで。おーい、涼‼」
涼に気が付き手を振る。
顔をしかめた涼は、二人に近寄り、優にどなる。
z「すずって呼ぶな馬鹿‼」
s「ごめんごめん」
優が悪戯っぽく笑う。
o「あれ、優君の友達?」
音花が小さく首をかしげる。
s「そうだよ」
涼を隣に引き寄せる。
s「風羽涼。涼しいって漢字で、すず。で、天野音花」
z「天野さん、風羽涼だ。よろしく」
涼が小さく頭を下げる。
o「天野音花だよ。下の名前で呼んでくれて構わないから。えーと、その、優君の彼女、です」
照れたように音花が言う。ごまかすように、慌てて続ける。
o「涼君はちゅうが…高校生?」
z「!?…」
愕然とした表情で涼が固まる。
優がクツクツと、肩を震わせ笑いながら言う。
s「音花、同い年だよ。別の大学だけど、今2年」
o「え、うそごめんね涼君‼」
アワアワとする音花。
s「まあ、仕方ないっちゃ仕方ないよな。涼、童顔だし、身長低いs」
z「男は身長じゃねえっ!」
半泣きで食って掛かる涼。
さっきの負い目もあり、音花は必至でフォローする。
o「大丈夫だよ!望めば成長期は来る‼君が奇跡を起こすんだ‼」
z「俺の成長は奇跡が起きない限り望めねえの!?」
s「まあ頑張れよ、涼」
優が涼の方にポンと手を置く。
それを振り払う。
z「ってか、さっきから涼って連呼すんな‼」
s「ごめん涼」
悪びれず爽やかな笑顔で笑う優をねめつける。
z「てめぇわざとか」
数分立ち話をする。
z「俺はそろそろ行く。用事あるからな」
背を向け歩き出す。
数メートル離れたところで、優と音花が話す。
o「もしや、気を使ってくれた系?」
s「そうだろうね。だって涼は俗に言う」
s・o「ツンデレ」
z「全部聞こえてんぞ…」
イルミネーションされた巨大ツリーの前。
s「はい、ハッピークリスマス」
音花にラッピングされた箱を手渡す。
o「中身が分かっていてもうれしいねー。早速開けちゃうよ」
ハンカチを取り出し、嬉しそうにくるくる回す。
o「って、あれ?」
デザイン文字で刺繍されたs・o見つける。
o「買ったときはこれなかったから…もしや優君が?」
s「気に入らなかった、かな?」
心配そうに言う優に、音花はぶんぶんと首を振る。
o「いやいや、気に入りますとも。大切すぎて、永久保存、永久保存‼」
箱に戻す音花。
s「いや、使えよ」
o『あのハンカチ、優君がくれたものだったんだって。なんだろう…。最近消えることが多い気がする。ううん、きっと、私が思ってるよりずっと消えている。忘れてしまったということを忘れる、なんて。考えたことも無かったや』
季節は移り変わり、春。
バシャバシャと雨の降る道。
z「なあ、優。最近音花さんと何かあったのか?ぜんぜん一緒にいねーじゃん」
s「涼、そのことなんだけどさ、」
窓に雨垂れがあたる音の響くカフェテラス。
座っていた音花の前に、紗奈がコトリと湯気のたつカップをおく。
ガッと椅子をひき、座ると、音花に笑いかける。
n「おーとかっ!どうしたのさ、暗い顔して。らしくないじゃん。笑顔笑顔‼音花は笑ってるのが一番かわいいぞ!」
俯いていた顔をあげた音花はおずおずときりだす。
o「ねえ、紗奈…」
n・z「記憶が、消えた…?」
口の端だけ持ち上げた、無理した笑顔で優は言う。
s「…俺のことだけ、かな。すっぽりないみたいなんだ」
泣きそうな声で音花は言う。
o「特定の誰かについての記憶、ぜーんぶ無いんだ。その人を通じて、涼君と知り合った。それはわかるのに、その人だけ、靄がかかったみたいで…。思い出せないの」
z「確か日記、あるんだろう?それで…」
s「それが、さ」
o『よーっし、これで完璧‼』
s「見つからないように隠したって言ってて。で、俺気づいたんだけどさ。日記のことについても忘れてたとしたら?」
z「っ⁉」
o「で、ね。部屋で買った覚えのないコレ、見つけたんだ」
ハンカチを取り出し紗奈に見せる。すぐに力がぬけたようにハンカチと共に手を膝に戻す。
膝の上で握りしめられたハンカチに、ポタリと涙が落ち、シミができる。
n「おと、か…」
o「みて、これ。刺繍してあるの。s・oって。その人は、sって人は、私の大事な人で、私を大事にしてくれてたんだろうな」
音花の声に嗚咽が混ざる。
n「泣かないで、音花。泣かないで…」
z「優。お前はどうするつもりだ」
s「俺、は…」
o「紗奈…。私、どうすればいいの…?」
n「……。ごめんね」
s「紗奈、少し手伝ってくれないか?」
雨のふる広場の端の方。傘をさして向き合う優と紗奈。
n「……いいけど、どうするの」
紗奈は傘越しに優をにらむ。
s「最後に伝言して終わりにする。仕方ないよなぁ……」
優は悲しそうに笑う。
n「っ‼」
紗奈は傘を投げ捨て優につかみかかる。
n「……んで、何で笑ってられんのよ⁉悔しくないの⁉音花は……音花は泣いてたんだよ‼優は悔しくないn」
s「悔しいよ‼」
優が怒鳴る。
紗奈はビクリとして言葉をのみこむ。
一度深呼吸した優は、うってかわって落ち着いた様子で続ける。
s「…悔しいよ。だって、俺は覚えているんだから」
優の頬を伝うのは涙か雨か。
n「…ねえ、音花。その、伝言……預かってきたよ」
紗奈が音花に携帯をさしだす。メールの受信画面がひらかれている。
s『ありがとう。幸せになってね』
それを見て音花は涙を流す。
n『優しすぎるよ、優君』
紗奈も声を押し殺して泣く。
雲の切れ間からの光が射し込むカフェテラス。
紗奈と涼が二人で向き合う。
z「本当によかったのか?」
n「どうだろう。わかんない。私はもうわかんないよ……」
泣きつかれたような顔で紗奈は力なく笑う。
z「俺はよかったと思うよ。きっと、そうだと思う」
まるで自身に言い聞かせるように涼が呟く。
n「……うん」
z「なあ、紗奈」
n「なに?」
z「こんな時にこんなこと言うなんて、って思うかもしれないけどさ、俺はずっと前からお前のことが好きだった」
突然のことに話がのみこめず、紗奈はあたふたする。
n「へっ…え?」
z「今じゃなくていい。気持ちの整理がついてからでいいから、返事をしてほしいんだ」
n『数年後、私は福岡で仕事をすることになった。そして、涼君は外国を飛び回っている』
新幹線の中で本を読む紗奈。嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
n『音花に会いに関東へ。お互いに大切なことを話し合いたいから直に会おうってことになった』
新幹線が停車する。
n「音花ぁー‼久しぶり‼元気してた?」
駅出口で音花と紗奈が抱き合う。
o「久しぶりぃ!一年ぶり、くらいだっけ?」
n「うん。そんくらいかなあ」
話しながら二人は並んで歩く。
駅のすぐ近くの喫茶店。紗奈はアイスコーヒーをストローでジュルルと吸う。
n「あーっ、つっかれたぁー。やっぱ飛行機でくりゃよかったなぁ」
o「何でわざわざ新幹線えらんだの。…で、紗奈、なんか報告があるんじゃないの?」
首をかしげる音花に紗奈はニヤリと笑う。
n「へっへっへ、実はねぇ!わたくし、風羽紗奈になりまっす‼」
一瞬ぽかんとした音花。だんだん口が開いていき、とうとう叫びだした。
o「え、ええええぇぇぇっっ!?けけけけ、結婚すんの!?風羽君と!?今外国だよね?」
バンバンとテーブルをたたく音花。
紗奈は周りの目を気にして、シーッと指を唇にあてる。
n「説明しよう。実は…」
空港の出口。涼を待っていた紗奈は、出てきた涼とハイタッチをする。
n「涼君、仕事&フライト、お疲れさま!」
紗奈に笑顔を返す涼の目元にはうっすらと隈。
z「…飛行機ん中でもやってたぜー」
n「さ、さすが貿易会社」
二人が歩き出す。
z「紗奈は仕事どうなんだ?」
涼が何気なく尋ねると、紗奈は顔を曇らせる。
n「…うーん、正直ビミョー、かな。楽しいんだけど、本当にやりたいことはこれなのかなぁ、ってね」
紗奈が言葉をきると、涼も黙った。
気まずくなった紗奈が空を見上げると、ちらほら星が見えた。
大きな川にかかる橋。そのちょうど中央あたりで涼が足をとめる。
「…それならさ、俺と一緒にこないか?」
涼が止まったことに気づかず数歩先に進んでいた紗奈が振り返る。
n「どういうこと?」
z「仕事が落ち着いてきてさ、外国だけど定住できそうなんだ。だから、紗奈と暮らしてーなって」
やや照れたように涼が俯く。
n「ああ…、自分を見つめなおすいい機会、かなあ。でも私、外国語からきしだよ?あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ」
涼は呆れたように笑うと紗奈に近づく。
z「わかってる?これ、プロポーズのつもりなんだけど?」
唖然とする紗奈。
n「わんもあぷりーず」
z「だから、」
足を止めた涼は紗奈に頭を下げる。
z「俺と一緒に外国で暮らしてください。…一緒にいるなら言語の心配はないよな?」
n「…ってわけさ」
話し終わった紗奈はコーヒーを飲む。
音花はキラキラと目を輝かせる。
o「涼君、かっこいい!で、OKしたんだ」
n「そりゃ、超遠恋でも続くほどラブラブですし」
嬉しそうに紗奈は目を細める。
o「ノロケやめてよ。でも、おめでとう!」
n「ありがと!…で、音花は…」
音花が目を伏せる。
o「…電話でも言ったけど、部屋整理してたら本棚からノート見つけてね。中見たら、日記帳で、“優君”について書かれてて、ハンカチについても書かれてて。幸せそうだったなぁ、あの頃の私。全然覚えてないんだけどさ。それにしても、【優君を忘れたことまで忘れる】とはなぁ…」
はぁ、とため息を吐く。
n「あの時の音花は思い出したいって泣いてて辛かったなあ。で、6年もたった今でも、優に会いたい?」
紗奈が問うと、音花は間髪入れずに頷く。
o「もちろんだよ。6年たっても、きっと私はまだ“優君”のことが大好きっぽい。ドキドキするもん」
音花は胸に手を当てて笑う。
n「よーし、それなら紗奈ちゃん一肌脱いじゃう!」
取り出した手帳にサラサラと住所を書き、手渡す。
n「はい、優の家の住所。頑張ってるよ、あの医者の卵さんは」
紗奈は立ち上がり伝票を手に取る。
o「善は急げ。行ってらっしゃい!この時間ならきっと家にいるから会ってきな‼」
ためらう音花の背中を押す。
o「いやでもほら」
n「好きならば行動で示せ!大丈夫、優だから‼」
ドンと喫茶店から押し出す。
o「…うん、行ってくる!」
音花は紗奈に手を振ると、踵をかえし走り出す。
紗奈は小さく呟く。
n「今度こそ幸せになりなよ、音花。恋する女の子の話はハッピーエンドって相場が決まってんだから」
息をきらす音花。アパートのチャイムを連打する。
優は扉を開ける。
s「…誰ですか…!?」
o「二ノ宮優ぅぅぅっ‼」
目の前に音花が居たことに驚くが、すぐに表情をつくろう。
s「…初めまして。どうかしましたか?」
o「初めてじゃないよ。“二ノ宮優君”」
sっ!?」
音花は満面の笑みを浮かべる。
o「日記、見つけたの。やっぱ思い出せなかったけど…。でも、忘れてしまっても心は変わらないみたいです」
s「…どういう?」
突然のことに頭がついていかない優。
音花はかつての優のように叫ぶ。
o「二ノ宮優ッ‼」
o「私と、付き合ってください‼」




