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エピローグ

 



エピローグ



 

 


「―――ドラゴンは言う。人間よ恐れ戦けと! しかし彼に怯えはない。すべては我がため、人のため。小さな身体に無限の夢を宿し、かくして戦いの火蓋は切って落とされた―――」


 若い男の吟遊詩人が、建国史を歌っている。周りには、酒や菓子を片手に様々な身分の人々が集まり、その美しい声に聞き惚れていた。誰もが皆、笑顔だった。

 今日は、エルシャード王国の建国記念日である。

 城の裏庭は一般に解放されていた。

 それというのも、国王の妹、御年15歳になるマルグリット・エルシャードが、


「誰でも参加できる園遊会を開きたい!」


 と提案(というか命令)したからである。

 その彼女は庭の真ん中で、一際 綺麗な椅子に座り、歌に耳を傾けていた。

 波打つ金色の髪に、同じような色の瞳。身長は平均より少し高い、163センチ。ヒールのある靴を履くのは嫌いだった―――兄との身長差が歴然としてしまうから。


「―――そして彼は、王になる。右手に刻んだ、楽園の証を太陽に翳し。そして彼は、英雄になる。左手に下げた、一振りの剣とともに―――」


 歌が終わった。

 四方八方から拍手の嵐が押し寄せ、詩人が称賛に囲まれる。

 その喧騒に紛れて、小さな影がこっそりと庭に入ってきた。

 影はまっすぐ、マルグリットの元へ近寄っていく。幾人かがその顔に気付き、或いはその右手を見、目を見開いて道を開けた。


「盛り上がっているじゃないか、マリー。」

「あら、お兄様。」


 マルグリットは目を輝かせて立ち上がった。


「ごきげんよう。ようこそお越しくださいました。謁見の間にいらっしゃらなくてよろしいの?」

「たぶんな。」


 国王はひょいっと肩を竦め、裏庭を見回した。詩人に群がる人々に目を止める。


「何をやっていたんだ?」

「建国の歌を聞いておりましたの。」

「あぁ、ラキアリータ・ハーの英雄譚か。それは盛り上がるな。」


 柔らかく微笑む国王の横顔を、マルグリットはじっと見つめた。自分とはまったく似ていない顔立ち。黒髪に緑瞳。身長は157センチ。少し見下ろす形になるのがどうしても嫌だった。


「もう少し早く来れば良かったな・・・私も聞きたかった。」

「あら、もう一度 歌っていただけばよろしいでしょう?」

「いや、いいよ。またいつか聞く機会があるだろう。それより―――」

「おや、陛下?」


 何か言いかけた国王を、群衆に混ざって酒を飲んでいた人物が遮った。


「クローツじゃないか。」

「どうもどうも。あ、こんにちは、マルグリット様。本日もお綺麗ですね。」

「ごきげんよう宰相殿。いらっしゃったのですね。気付きませんでしたわ。」

「まー、気付かれないようにしてましたからね。」


 飄々とした物言いの宰相は、マルグリットが物心付いた頃から王国を支えている、優秀な人物だ。

 けれど―――正直、少し苦手だ。マルグリットはちょっとだけがっかりした。


(せっかく、お兄様と2人きりで話せると思ったのに・・・。)


 頬を膨らますマルグリットにまったく気が付かず、国王は宰相を軽く小突いた。


「クローツ、お前まさか、朝からここにいたのか? シュミットが泣きそうになりながら探していたぞ。」

「陛下こそ。お供も連れずにここへきていいのですか? イルファが泣きますよ。陛下には前科があるご様子ですし。」

「っ・・・。」


 やり返され、黙り込む国王。

 マルグリットは2人の間に顔を突っ込んだ。


「前科? 前科ってなんですの、お兄様?」

「クローツ、黙れ。マリー、気にするな。」

「おや、マルグリット様はご存知ないのですか。陛下はその昔、3日間失踪なさったことがあるらしいのですよ。」


 クローツは国王の制止をすっぱり無視し、マルグリットは自分の知らない兄を知りたくて仕方がなく、話を続けた。


「そうなのですか?! 詳しく教えてくださいませんこと?」

「えぇ、もちろん! ・・・と、言いたいところですけどね。実は私もよく知らないのですよ。」


 何せご本人様が黙秘なさっているものですから―――と、宰相は国王を見下ろして言った。


「噂では、復活したドラゴンを倒しに行った、ってことになってますけどね。実際、怪我をして帰ってきたようですし・・・ラキアリータと同じ、右手の刺青も、その時からあるみたいですし。」

「まぁ! 一体、何がありましたの、お兄様?」

「ん・・・まぁ、いろいろと・・・」

「教えてくださいません? お願いいたしますわ、お兄様。」

「いや・・・しかし・・・」


 言葉を濁す国王。しかし、親愛なる妹にすがり付かれ、遂に折れた。嘆息し、重たい口を開く。


「・・・では、そろそろ話そうか。あれは、私が15歳の頃のことだった―――」


 ふと気付くと、裏庭に集まっていた人々全員が、国王の言葉に耳を澄ませていた。吟遊詩人など、新しい物語との出会いを予感し、身を乗り出して注目している。

 国王は少し怯んだが、自ら始めてしまったことを途中で止めるわけにはいかない。

 観念して、話を続ける。


「その頃、私は156.3センチで、成長期を迎えていたんだ。それで・・・」


 真っ青な空の下、金色の太陽の光の中に、国王の声が朗々と流れていく。



 平和な王国の昼下がり―――


「めでたし、めでたし、かな。」


 太陽に重なるようにして城の屋根に座った赤髪の青年が、ぽつりと、呟いたのだった。

 

 

おしまい



ありがとうございました

今後ともどうぞよろしくお願いいたします



 

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