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プロローグ

 


―身長157センチの王様―


きっかけをくれた親愛なる友人に最大級の感謝を込めて




 

 

 その酒場は国境沿いにあった。

 周りには何もない。荒野と言っても過言ではない広大な平野に、ポツンと建っている。ひどく遠くの方に、森の入り口が見えた。

 切れかけのランプが、ただ一言『Liquor』とだけ書かれた看板を照らし出している。店名は分からない。

 冷たい風に煽られ、ドアの上の『OPEN』の札が揺れた。

 中に入っても印象は揺らがなかった。

 寂れた雰囲気。

 溜め息がやけに似合ってしまう。

 3人しかいない。

 カウンターの中に、真っ白い短髪の青年が立っている。彼がこの店の主人であるらしい。グラスを磨く手付きは、なかなか様になっていた。まだ若いのに白髪であるのは、生まれついてのものだと言う。

 その前に座り、老人が若者へとある話を語り聞かせていた。

 切れ間に老人がウイスキーを傾ける。


「それで? どうなったんだ?」

「どうもこうもないさ。これで話は終わりじゃよ。」

「なんだ、終わりかよ。」

「あぁ。こうして、力を得た少年ラキアリータ・ハーは、自分の王国を作り上げたんじゃ。」

「ふぅん。」


 若者はつまらなそうに相槌を打って、赤いカクテルを飲み干した。


「その王国って、本当にあるの?」

「おぉ、あるともさ。エルシャード王国と言うてな・・・―――あぁそうだ、面白い伝統があるんじゃった。」

「面白い伝統?」


 新しく注いでもらった青い酒を揺らしながら、若者は興味を惹かれて老人を見た。


「伝統に面白いとかあんの?」

「ラキアリータ・ハーの身長が、成人しても157センチしか無かった、とは、言っただろう?」

「言ったね。だから虐められて、見返すために冒険に出た、って。」

「国王になった彼の息子も、その息子も、157センチより大きくなることはなかった。ところが、そのまた息子・・・4代目じゃな。そやつが、18歳になって初めて、157センチを越えたのじゃ。するする伸びて、170センチに至り・・・それからじゃ。」

「それから?」

「飢饉に戦争、財政危機・・・あらゆる災厄が王国を襲った。」

「はぁー。」

「しかし一番の問題は、それに対して何もしなかった4代目国王じゃ。民の不満を買った彼は、後に処刑されることとなる。―――お主、クーデノーヴォ、という言葉を知っておろう?」

「ああ勿論。でかいだけの役立たず、って意味だろ。」


 老人は頷いた。


「その言葉、元々はこの4代目国王の名前じゃったのだ。」

「えっ? 本当か?」

「本当だとも。クーデノーヴォ・エルシャード。資料にも残っておるぞ。」

「へー・・・」


 知らなかった、と若者は肩をすくめた。

 老人の話は続く。


「王国はどうにか建て直したのじゃが、それからというもの、数代に一人、157センチを越える者が現れ、その度に国は荒れた。そうこうしている内に、『国王は157センチ以下』という伝統が作られたのじゃ。」

「ってことは・・・即位した後に157センチを越えたら?」

「即、退位させられる。」

「わお。」


 素直な驚きに目を丸くする若者。


「じゃあ、幼い王様が多くなるんじゃない?」

「その通りじゃ。」


 グラスの底に残っていたウイスキーを一息で呷り、老人はお代わりを断った。


「伝統として根付いたのはそれ故でもある。幼い王ならば、周りの大人が好きにできるじゃろう?」

「あー、なるほどねぇ。いろいろ便利なんだ。」

「興味があるなら、行ってみると良い。観光としても、良い国だぞ、あれは。―――マスター、馳走になったな。」

「お粗末さまっした。是非、またどうぞ。」

「生きておったらな。」


 縁起でもない軽口を飄々と叩き、老人は代金を置いて、踵を返した。足の裏に重りでも付いているかのように、引き摺りながら去っていく。

 曲がった小さな背中が、荒涼とした外気に、ひとつ、身震いをして、扉の向こうに消える。

 若者は今の話を咀嚼する。

 飲み下すように酒を干し、それから、尋ねた。


「―――ずいぶん詳しかったな、あの婆さん。」

「昔は若くて、綺麗な吟遊詩人だったんっすよ。」

「へぇ、吟遊詩人か。」

「今の話も、昔は楽器に歌を乗せて、それはそれは壮麗に語り、皆を楽しませていたものでした。―――お代わり、どうします?」


 マスターの申し出に、しかし若者は首を横に振った。


「いや、もういいよ。―――エルシャード王国ってさぁ、ここから近い?」

「森を抜けて、東に1週間ほどっすかね。」

「ふーん。」


 行ってみようかなー暇だし―――呟きを椅子を引く音に紛れ込ませ、若者は立ち上がる。カウンターに数枚の銀貨を置いて、その金額を見たマスターは生真面目に言った。


「一杯分、多いっすよ。」


 若者は荷物を背負いながら、気恥ずかしげにカウンターの縁をなぞった。


「あー・・・―――――・・・もし、また、あの婆さんが来たら、それで一杯おごってやってくれ。」


 そのために余分に出したのだ。柄にもない、と自分で自分を嘲笑う若者。

 マスターは、何か飲み込みにくい物が喉の入り口に詰まったようにしながら、微笑んだ。


「・・・かしこまりました。」


 従順な返事に安堵して、若者は羞恥を隠すように話題を変える。


「ところでさぁ、“昔は綺麗だった”は分かるけど、“昔は若かった”って当然じゃない? 昔は老けてたってことは無いでしょ。」

「いや、分かりませんよ。」

「へ?」


 マスターは笑う。若者より更に年少のように見えるのに、老練さを感じさせる食えない笑みで、言った。


「世界は広いですから。何が起きたって、不思議はありませんよ。さっきの話もそうです。一般的には、ラキアリータは最初から小さかったと言われていますが、本当は違ったという噂もありますし。」

「はぁっ? え、そうなのか?!」

「真偽のほどは定かじゃ無いですけど。」

「なんだ・・・。まぁ、そんな昔の話、確かめようもないしなぁ。」

「そうですね。でも、」


 落胆する若者に、マスターは飄々と続ける。


「だからこそ、人は物語を楽しみ、冒険に希望を見出だし・・・貴方は、エルシャード王国に行こうとしている。そうでしょう?」

「・・・・・・。」

「貴方の旅路に、幸多からんことを。」


 浅く頭を下げるマスターに、若者は軽く手を上げてから、背を向けた。

 扉を開けると、無窮の大地が懐を大きく開き、若者を待ち構えている。

 森へ向けて歩き出した若者の背を見送るように、『CLOSE』の札が乾いた音を立てた。

 

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