9.幽霊はさみしいので頑固に憑く②
うおさおって右往左往のことだったんだろうな。僕がどれだけ臆病でも、親戚が集まる場で右往左往はしないよ。慌てて、一人の個室に逃げこむような対人恐怖症っぽいことはしないよ。まったく済崩さんはいったいなにを言っているのだろう。その言い方だとまるで僕が恐怖のあまりに、お漏らしをしてしまったみたいじゃないか。違うのだ。あれは「わけのわからない何か」の意向を推測し、僕が承認したにすぎないのだ。おかげで、半ズボンの面積の二分の一が濡れてしまったけども。まあ。あれは仕方のないことだった。
だって、「何か」が漏らせ!って圧力を掛けてくるんだもん!
お漏らしもするさ!
別に僕は幽霊なんだから、人間未満で合ってるし、なさけないのも、まあ、自覚しているからいいけど。
「お漏らし」は意図的にした行為なんだ。
そこは誤解しないでほしい。
まあ。反論する勇気はないから、言い返さないけどさ…。
どうやら相手は僕の話しを聞く準備ができたみたいだ。
さっきまでの侮蔑な笑みを崩して、またこちらに耳をかたむけていた。
「物語の続き…話しますね」
僕はいった。
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僕は漏らした。
すると、いままで布団から身動きがとれなかったのが嘘のように、全身不随が消えた。
それでも、ギシギシは断続していた。どうやら、階段を歩く時に出る音のようだ。
二階のこの部屋の入り口まで音が近づき、ピタッとやんだ。
バン!っと引き戸が開けられ、中から母親がでてきた。
「どうしたの?さっきから、変なうめき声がこの二階から聞こえてきたけど…」
なんだ、かあさんか…、と僕は安堵した。
「いいや、なんでもないよ。うめき声なんて僕がだすわけないじゃん。何をいってるの」
僕はしらをきった。
階段をおりるギシギシという音をききながら、考え事をする。
さっきのはいったい何の仕業だったのだろうか。招待不明の「なにか」はなぜ消えたのだろう?
お漏らし、という目的を達成できたから消えたのだろうと、思っていたが、今、冷静になって考えみると、その可能性は低いような気がする。というか、僕のお漏らしを見るために、全身を封じるなんて、可能性として考えたくもなかった。考えただけでも気持ちが悪い。
ならなぜ消えたのか?
すると一つのひらめきがでてきた。
そうか。やつは母親が近づいてきたから消えたのかもしれない。照明が消えていて、暗闇だったから僕は気配しかわかなかったけど、照明をつけてしまえば証明される。
1.母親が照明をつけること
2.母親が「なにか」の正体をみやぶること
この二つを、危惧し、逃げだしたのだろう。きっとそうだ。まだ判然としないところではあるけれど、この可能性をおおいに受け入れよう。お漏らしのことは忘れよう。
僕の思考はひとまず完結した。
••••••(一週間後)
9時45分
「ピンポーン」
誰だろう。玄関の引き戸を開ける。
赤いユリが一本、砂利の上に置かれていた。
さすがの僕も、今回はそれを触ろうとしなかった。
家の中に引き返して数時間後、
そのユリは、いつの間にか消えていた。
••••••(その一週間後)
9時45分
「ピンポーン」
誰だろう。玄関の引き戸を開ける。
赤いユリが一本、砂利の上におかれていた。
なんだ、なにがしたいんだ。意味が不明だ。
一週間後で時刻は同じ。犯行が規則的だった。
••••••(その一週間後)
9時45分
「ピンポーン」
「ゴメン。ちょっと、とうさん出てくれる?」
「ああ、わかった」
ガラガラと扉を開ける音がした。
「なにか落ちてなかったー?」
父親に呼びかけた。しかし、意外な反応だった。
「いや、落ちてないけど…」
嘘⁉
スリッパを履き外に出た。
あ、本当だ。
なぜ、僕の時だけ?