7.幽霊はさみしいので頑固に憑く①
僕は怖い話しをした。僕にとって怖い話だったから、たぶん相手も怖がってくれるだろう。
相手とは済崩さんのことで、今、耳をこちらに向けて準備万端の様子だった。僕のしゃべる声量が小さいからだろう。耳の周りを手のひらで半分ほど囲って聞こえやすいようにしている。
ブツブツと物語を話した。相手の顔を見るのが恥ずかしいので下を向いて、語りだした。
相手の横顔が綺麗でおもわず、見惚れてしまうのは毎度のことだった。いえ見てません。床の木目しか見ていませんから。許してください。僕は誰の横顔も見てません。このことを話したあとは、死にたくなる衝動にかられるでしょう。
うう、恥ずかしすぎて生きるのがつらい。
•••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••
「やっぱり、この味だね!」
そこには美味しそうにソーダ味のガリガリくんを食べる彼がいる。そしてその隣には僕がいる。美味しそうにガリガリくんをこれみよがしに見せつけられても、腹がたたなかった。それは彼に罪の意識を感じているためだろう。つまり僕はここにいてもいいのかということを、彼の隣にいると不意に想像してしまうのだ。こんなことを考えている僕に対して彼も心の中では居心地が悪いと感じているのではないだろうか。
小学生を卒業し、お互い中学生になった。中1になっても、ちょくちょく僕に遊びの電話をくれた。
••••••
二年後、そんな彼が行方不明になった。
夏休みに入り、三年生の僕は高校入試に向けて一生懸命に勉強をやるはめになった。
夕飯を食べ終わって一息ついた頃のこと。
「ピンポーン」
玄関から呼び出し音がする。スライド式の引き戸をガラガラと開けてみた。しかし誰もいない。玄関前の砂利の上にユリの花束がおかれていた。それはこれまで見たことの無い色をした赤色のユリである。外の薄暗い雰囲気と濃い赤が実に馴染んでいて、背景の黒に溶け込む妖花のような異彩を放っていた。
「だれかいないですかー」
一応、大きな声を出すものの、誰の気配も感じない。仕方ないので預かっておくことにした。
ユリが好きなことを親以外の人が知るよしもないのに、こんな形でなぜ、誰がおいたのだろう。食事がのどを通らないほど、不思議な落とし物について考えていた。
しかし、それはほんの少し脳に靄がかかったぐらいのことで、お笑い番組を見終わった深夜にはすっかり忘れてしまった。つまり僕は不安から逃げるのが得意な現実逃避野郎である。
そのユリを勝手に生け花にして寝室におくことにした。眠る前に、花の香りで安らぎの空間をもたらしてくれるだろうとの期待からその場所にした。
だが今夜は寝付けなかった。もちろん予想以上の花の臭いのキツさのせいで、若干めまいがした事も原因の一部分に入るだろうが、何かにとり憑かれたような、過去に経験したことの無い感覚が全身をつつんでいったことが寝付けない一番の要因だった。
どうやら体の各パーツを動かそうとしても、うまくいかないようである。手と足の先や、頭を痙攣を起こしたような震えた形でしか動かす事ができない。
「え…ぇぇ」
言葉にするにも、口の周りの筋肉が恐ばって正常に働いてくれない。どうすることもできない。助けを呼ぶこともできずに恐怖が襲う。(助けて!)心の中の叫びを訴えるが、伝えたい相手にとどかない。そんな怯えの声音が、悲しみの声音に変わろうとしている間に、地道ながら時計の針は動いていた。何モノかの気配を察知するも、息苦しい畏怖の念をいだくだけでいいことはなにも無かった。
ずっとこの状態なのがもどかしい…。
もうどうなってもいいか…。
あきらめてしまおう。
つい口癖が脳内でかわされた。
そんな時、ギシギシと一定のリズムでなにかが近づいてくる音がした。
いったいなんだこんどはっ!
極限を超えてしまいそうな緊張感で、うみだされた思考は奇抜な内容だった。
というか怖過ぎて、お漏らしを、してしまいそうだった。だから今の極限状態の彼に平常心を求めても無意味だったのかもしれない。
もう、これ以上、僕をおどろかさないでくれっ!怖くて怖くて本当に漏らしそうだっ!そうか。わかったぞ。このわからない何かの意図が。そいつは僕にお漏らしをしてほしくて尿意いがいの神経を不随にしたのだ。どうやら、こいつはとんだフェチ野郎だ。なんてことだ。僕はお漏らしをしないと、この金縛り状態を解いてもらえないのか。なんてことだ。
僕はどうやら、決断を迫られている⁉
仕方が無い。
またいつもの口癖がでてしまった。
フ。これが人生の試練とやらか。
僕は神経を一箇所に集中させた。