5.対面した月日頑固
彼女はいった。
僕は「死んだ幽霊」だと。
まあ、そうかもしれないと思った。
自分も、「ああなる」かもしれないと思っていたから、そう思った。
あの青くなった冷えた体。あの感触は簡単に忘れられるものではない。もしかするとあれは「幽霊」では無かったかもしれない。怪物とかゾンビといった得体の知れないものかもしれない。
あれは暗闇の中、気配を消して突然現れた。だから、幽霊だった可能性は高い。
そもそも幽霊とは何だ?といった疑問をもってはいけない。そんなものわからない。なので、幽霊と表記すべきかもしれない。
そんな理由はどうでもいい。僕は見た。あの幽霊をこの目で見て、実感した。
あれは怖いものだ。畏怖すべきものだ。
でも、僕は受け入れた。あの怖い化け物を受け入れて、許した。存在を与えてあげた。僕の前だけに現れる幽霊にした。僕は彼女の幸せだけを祈り、毎夜、合掌をした。
顔面を慈愛で満たして、
「楓が幸せでありますように。ありがとう」
口にしたあとは、不思議な感覚になる。
僕は、あの頃からやる気の低い人間だった。
でも風呂場とか、人目の少ない個室で一言。
ありがとう。
それだけでなにかが、変化した。
なにが変わったのだろう。曖昧な推測をしよう。
これは、心が変わったのかもしれない。
これは、愛かもしれない。
••••••
は。
過去を思い出しながら妄想してしまった。今、目の前に済崩葵が座っている。ここは喫茶店。穏やかなメロディーがこの空間を包み込む。僕は飲食店のような人が密集する場所が苦手だった。大勢の目が僕を攻撃しているように感じるからだ。息苦しくなる。しかし、今は気が楽だった。なぜだろう。この人が持っているオーラが起因しているのだろうか。青いつなぎ服を着たままだから、青色のオーラが見えそうだ。
「あの、急に連れ出してなんなんですかね?僕は幽霊だから、自由気ままに時間を使いたいんです。用が無いんだったらもう帰ってもいいですか?」
僕にしては饒舌だ。一回も噛まなかったし。
対して、
「ダメダメー。私が大事な話しをするんだから、勝手に帰ったら死刑だよ」
済崩さんは、僕を脅迫した。殺されるのは嫌だったので、彼女のいうことに従うことにした。
「なんなんですか、大事なことって?」
すると、数秒間をおいて彼女はいった。ギンギラに瞳が輝いていて、躍動感たっぷりにこういった。
「私の妹のことなんだけど…」
妹?なぜいきなり妹という単語が出現したのだ。僕はわけがわからない、という顔をした。ちょっと眉間にシワをよせた。
「苗字が、結婚して済崩になったからわかんなかったよね。私の旧姓は哲学なんだ」
僕はパっと、ひらめいた。
あのマイペースな哲学楓の姉。
なるほど、わからなくもない。
楓はもうこの世に人間として生きていないが。
懐かしく思い出した。
彼女は座っている椅子から身を乗り出して、饒舌にしゃべりだした。
一方的な会話になるのも、楓にそっくりだった。