30.頑なに固まったエンド②
「あ。いたぜ!」
先ほどの店員。つまり哲学楓がレジ前に立っていた。受付けの仕事をしているようだ。
まあくんは先ほどまで頭にかぶっていたハット帽を、右手にもっている。
僕は席についたまま、彼の行動を観察していた。
いったい何をするのだろう?
まあくんが、楓に話しをしているようだ。
「お客様。どうかなさいましたか?」
「ボクのこと、覚えていなくても、わかるだろ? ほら、よく見てくれ」
まあくんは身体を見せびらかすように、両腕を広げた。目立つような仕草を、お店の中でやってほしくないのだけど…。
楓は唖然とした顔をしている。
「…あの時の」
あの時とは、中学の時という意味なのだろうか?
「ああ。そうだぜ。あの時のボクだ。久しぶりでよくわからなかっただろう?」
「あの時は…どうも。まさか、また会えるなんて…」
「そうだな。また会えるとは、ボクも思っていなかった。これも、あいつのおかげなんだぜ」
まあくんは僕の方を向いた。
「想像力を捻出して頑固ちゃんがボクを、憑くりだしたんだから、な。どうだ?スナフキンに似ているだろ?」
「…」
「ん。どうした?」
「全然スナフキンに似てない」
まあくんは驚愕…というか、なんだか絶句したような顔になっていた。
「そ、そんなことは無いはずだぜ?だってボクは頑固ちゃんが貼った掲示物そのものであって、スナフキンでないとおかしいんだから」
「その掲示物っていうのがよくわからないけど…」
それを聞いて納得した。きっと僕の作った掲示物の絵は、下手くそだったんだ。だから、まあくんがスナフキンに見えなかったのだろう。
十年前の中学三年生の時に僕は、廊下のあの掲示板にスナフキンの絵を張るという「行為」をした。それが無念にも楓に見られることの無く、終わってしまったから。だから想像を実体化させ、まあくんを作り出した。あの絵に似ている彼を。
「頑固ちゃんはなあ、中学の楓の不登校を慮ってあるサプライズを目論んだんだ。それは、僕、スナフキンの絵を学校の掲示物として貼ることだった」
「…」
「でも、不登校のまま楓は学校に一度も登校しなかった。彼は卒業の日まで待ち望んでいたんだぜ?楓があの絵を見て喜ぶ姿を想像しながら、ずっと、ずっと希望的観測にふけっていたんだ」
「知らないわよ」
「そりゃあ、そうさ。知らない。これは、頑固ちゃんの自己満足でしかない。まさか、ボクを具現化して、楓に憑かせるなんて、尋常な人間のすることじゃないな」
「月日頑固くん…」
「ふっふっふ。それは、まあ、あいつにぴったりの名前だよな。あいつは煩悩を超越した存在なんだよ。「楓が幸せでありますように」って拝むあいつは、悟りを開いているかのようだったぜ。これが人間が彼岸に達する行為だと知らずに、毎日、欠かさずやっていた。やる気が無いとか言って、自分がやりたいことをやっているわけだから笑えるぜ。………憑 彼岸子 まさにこの名はあいつにぴったり当てはまる」
まあくんは、シニカルな笑みを浮かべてそういった。死んだ幽霊ではなく僕が創り出したまあくんは、そもそも、僕の創作だ。あの知名度の高いスナフキンになど、似ていない(そもそも僕は絵を書くのが苦手だ)。でも、僕は十年後しに再びまあくんを憑くり、楓に見てもらうことができた。それだけでじゅうぶんだった。
やる気はないのに。
それだけで、僕の口元を緩み、嬉しい気持ちになった。
十年越しの悲願を叶えてくれて、ありがとう。まあくん。
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会計をすました僕は一人で喫茶店を出た。外はもう真っ暗だ。車に乗り込もうと、ドアを開けようとした時
「あの、ちょといいですか?」
背後から声がした。