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月日頑固の幽霊なショートショート  作者: 内気でロバ顔
幽霊編
28/31

28.頑固的な何か②

チョコレートパフェは僕が食べた。


視覚は山盛りのデザートを(うつ)している。


向かい側の方から何かを言っているのが聞こえる。


たぶん、幻聴だろう。


左手に、人間の皮膚らしき体温を感じた。


たぶん、錯覚だろう。


この柔らかなぬくもりは、嘘だ。


「まあくん。君が異様な人外だということはわかりました。全身付随の金縛りのような状態にするなんて、常人にできる技ではありませんからね。いったい…何がしたいのですか?目的はいったいなんなんですか?」


敬語で相手に(さぐ)りを入れる。まあくんは、


「あっさりと、受け入れたな。楓が妄想だって聞いて、なにも反論しないなんてな。意外だぜ」


質問の返答を避けた。


「妄想の可能性が、高いからですよ」


「可能性?」


「そうです。楓が幽霊になって、きっかり十年後に、会いにくるのは不自然な気がしたのです。会いにこようと思えば、いくらでも早くできたはずでしょう?それに…」


過去を振り返る。霧に隠れた断片を、思い出し、答え合わせをする。


「それに、僕は結構、(まえ)から幽霊(かえで)のような存在が見えていたんですよ」


「結構、前ってどのくらい前なんだ?」


「中学校を卒業してからすぐ、ですね。今みたいにはっきり見えていたわけではないので、その時は幽霊だと思っていたんですよ。楓の…ね」


楓に類似していて、唐突に姿を消したり、現れたりを繰り返す。それを幽霊だと識別するのは、いたって自然だろう。


うっすらとしか見えていなかった幽霊は、僕がやる気を無くして間も無く、鮮明に輪郭が見えるようになった。そして幻聴も聞こえるようになった。


月日と共に姿が鮮明になっていく楓を見て、それを幽霊だと認識しづらくなった。おかげでやっと今、答えに近づけたんだ。


「でも、さっき思い出したんです。楓は僕のあの「行為」を知らないはずなんですよ。掲示板に貼ったそれは、卒業後に処分されたんです。卒業まで楓は学校に登校しませんでした。だから、あの「行為」を楓が知っているはずがないんですよ」


だから、あの「行為」を知っている都合の良い楓を、妄想で作りだしたのだろう。なぜ、そんな妄想をしたのかはわからない。自分のため…かもしれない。


目の前にいる「偽物の楓」が、嘘をついていることに見抜いた。その理由は楓が、十年前の掲示板について知っているのはおかしいという点にある。


だからこそ、これは僕の「妄想が作り出した偽物の楓」なのだと、結論づけた。


まあくんは「そうか。頑固ちゃんの努力は(むく)われなかったんだな…」と誰に言っているのかわからない小さな声量でつぶやいていた。


彼は急にあたりをキョロキョロと見渡した。


なにを探しているのだろう?


「あ。いたいた。あのー、追加でコーラ注文したいんだが」


肩まである髪の毛を揺らして、こちらのテーブルに店員さんが駆けよってきた。前髪からのぞく、整ったパーツが表情豊かに様変わりした。口角(こうかく)が自然な仕草で動かせる笑顔が素敵な人だ。


僕は心臓が高鳴るのを感じた。


やめてほしい。やる気が無いくせに。


「かしこまりました。他にご注文はございませんか?」


顔がこちらを向いた。やめてほしい。


「い…いえ。あ…ありませんよ」


緊張して、滑舌がぎこちなくなってしまった。


ミディアムなヘアースタイルの彼女は、ニッコリと優しい笑みを浮かべている。その目の瞳孔に僕のみすぼらしい顔が写っていると思うと、恥かしい気持ちになった。


横に着席しているまあくんが、肘で僕の脇腹(わきばら)をつついた。


「う…。なにするんですか?」


死んだまあくんは、シニカルな横顔を見せていた。嘲笑(あざわら)いだ。たぶん憫笑(びんしょう)ではないと思う。横顔なのに、目玉の黒い部分が僕をとらえていた。


彼女の胸元には名札があった。ラミネートフィルムに入れられている。綺麗で程良(ほどよ)く大きい字体だ。哲…


「へ…」


目の瞳孔がカッと開いた。


「哲学」


店員さんの彼女は首を(かし)げた。急に驚いた声をだしたから不信人物に思われたかもしれない。注文を受け終えたのでカウンターへ歩いていった。たったコーラ一品のために、働かせてしまったことがうしろめたい。


うう。うしろめたいし思わぬ事態に気が動転している。


ハハ…。やる気が無いくせに気が動転してるなんてね…。


••••••


「まあくん。今の名札…」


「気づくよな。そりゃあそうだ。ボクは楓の近辺にしか生息しないんだからな」


「「生息」は間違いですよ。だって、まあくんは死んだ幽霊なんですから」


「まあ、そういえばそうだったな」


トイレから戻ってきたときに、教えてくれれば良かったのに…。楓が「店員」として働いているなんて、わかるはずがないじゃないか。


あの名札に書かれてあったのが本当なのだとしたら…


だとしたら…


向かい側に座っている青いつなぎを着た彼女は…


浅く椅子に腰掛け、前のめりになる。目の前の「空想」を凝視した。左手の平は温かいけれど、これは僕の錯覚だ。この手の圧縮は虚実だ。僕の頭がおかしいだけだ。


だって、僕にはやる気が無いのだから。


「あなたは、ただの妄想なんですね」


悲しみと、驚きと、楓が生きている喜びが、いっぺんに重複して頭がへんになりそうだ。カラカラに口が乾いていたので、向かい側にある「妄想」ために置かれたコップを掴みとり、水を口にふくんだ。


まあくんは「やれやれ、これでボクの仕事は終わりさ」とつぶやいてから、


「ボクの目的は「生きた楓」を頑固ちゃんに合わせることだったんだぜ。これが達成できた今、もう心残りはねえ。あとは安らかに成仏するだけだな」


「生きた楓…さっきの店員さんが…まさか、本当に楓だったなんて⁉」


「まあ、これは真実だ。受け入れて楽になれ。「哲学楓」ってちゃんと名札に書いてあっただろ?」


真実…。でも、不自然なところがあるんだよな…。


「なんだか、さっきの店員さんは僕とまあくんのこと、気づいてなかったみたいですけど…」


「ボク達がだいぶ成長したからわからなかったんだろう」


「え。死んだ幽霊のまあくんも生きた人間みたいに、成長するんですか?」


「そうだぜ。死んだ幽霊もちゃんと身体的な成長はする。段階的に年を取るんだよ」


「嘘っぽい幽霊ですね…」


そうだと言われれば、そうなのですか、と(うなず)き肯定する他ない気もする(やる気は無いが)。ここで僕の従僕性質が発揮された。


相手の「正しさ」を疑いながらも、受け入れてしまう性質が。


「じゃあ、仕方ないですね。すべて受け入れましょう」


なんだか気が楽になった。


やる気が無いくせに、気が楽になるだなんて、

とんだ世迷い(ごと)だ。

わからないことは、わからないまま。

なんにも残る話しにはなったからいいや。

なんにも残らない話しよりかは、価値がある。


目の前の「妄想」の彼女は、悲しそうな目をして僕を見つめた後、白い煙に包まれた。


霊気を帯びた白煙は、ゆっくりと天井に向かって流れていき、静かに消えていった。


十年間の妄想が作り出した幽霊が消え去った。


感慨はない。ただ虚無感を味わっていた。


やる気が無い僕は、一息つこうと、水の入ったコップに手を伸ばした。


ゴクリ。


一気飲みをした。


「ハハ。一気飲みとか笑えますよね」


抑揚の無い、やる気の無い、「ハハ」だった。


後ろから、誰かに見つめられている気配がした。まあくん以外の誰かだ。


「僕には「やる気が無い」のにね」

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