26.頑固的な何か①
女性の店員の方が近くにいた。やる気が無いなりにも、勇気がある振りをして、
「あの…、追加でチョコレートパフェください」
上手に言えた。相手は「かしこまりました」と返してくれた。あと数十分すればデザートがくるだろう。
••••••(15分後)
「お待たせしました。チョコレートパフェでごさいます」
「ああ、僕じゃないです。向かいの席の方のデザートです。ほら楓、デザートがきたんだから受け取って下さいね」
向かい側の席にいる楓を指差した。
「え?向かいの席…ですか?誰もいませんけど…」
店員さんはわけがわからないという表情をしながら、テーブルの中央にパフェを置いた。
…。ハハ…やっぱりこうなった。
楓が何かを言っているのが聞こえる。
下を向いた。両手で耳を塞いだ。きっとムンクの叫びのような形になっていると思う。
聞きたく無い。嘘を気づいた!
いや。本当は最初からわかっていた!
でも、意識したくなかった!
だって。
僕は、彼女が店員さんに何かを注文するところを見ていないんだから。
きっと彼女は
「楓は…」
顔を上げて正面を見据える。両手をゆっくりと耳から離した。
「プ。私は幽霊じゃあないよ」
「嘘をつかないでください。幽霊じゃなかったら、なんでさっきから、あなたの前に注文した品が置かれていないんです?それは、店員が楓を目視できていないということなのではないですか?」
「でも、私の前に水が入ったコップが置かれてあるよ?」
「それは、僕が置いたコップです」
どうやら僕は無意識に自分のコップを向かい側のテーブルに置いていた。なんでそんなことをしたのか自分でもよくわからない。
隣の席に座るまあくんを見た。
まあくん。君ってやつは、なんで最初っから教えてくれないんだ。
「まあくん。楓が幽霊だということを知っていたんでしょう?」
「何をいってるんだ。てめーは、本当に楓が幽霊だとおもってるのか?まあ、たしかに秘密にしていたことはあるが、それは幽霊とは関係ねーよ。てめーがいう楓は生きている。これは、真実だ」
「何をいってるんだはこっちのセリフですよ。だって、楓は僕以外の人に見えていないみたいじゃあないですか」
まあくんは嘘をつく幽霊のようには思えないけど、彼の言う「楓が生きている」という言葉には矛盾を感じらずにはいられない。
「くっくっく。その「見えている」という点に相違があるんだがなー」
?
まあくんは静かに微笑を浮かべていた。若干だが、その微笑の中に哀れみが含まれているように感じた。
「それに、まあくんは本当に幽霊なんですか?」
「ボクは幽霊だぜ。誰にでも見える幽霊だ。消えることも出来るし、父親を呪い操ることだってできる。あと、物に触れることもできるぜ」
ん?今…父親を呪い操るっていったか?…聞き間違いかな。
「誰にでも見える幽霊ってそんなのありですか?それじゃあ「僕にしか見えない楓」はいったいなんなんですか?」
「ありみたいだな」
みたいって…。
そもそも幽霊って誰にでも見えるものだったっけ?それに物質に触れられるっけ?そこらへんの定義事態がわからないのだけど…。
彼の目前には水の入ったコップが置いてあるから、店員に目視されている証拠がある。だから幽霊を「誰にでも見えるもの」と定義することができるが、やや強引な気がする。いや、「気がする」って僕にはやる気は無いのだけれども。
彼はなぜか急にシニカルな笑みを浮かべていた。
「それに今、頑固ちゃんは決定的な事実を口にしたんだぜ。まさに確信をついていたよ」
?
「確信をついていた?言っている意味がわかりません」
「意味がわからないことは無いはずだぜ。本当はもう気づいているんじゃないのかい?」
「気づいているって、いったい何のことを言っているのですか?楓が行方不明になったのは死んでしまったからじゃあないのですか?だって、僕以外の人には楓の姿が見えていないんですからね。幽霊同志なら、見えるかもしれませんが…」
まあくんはいったん間を置いて、こう言った。
「今まであえて秘密にしてきたが…、何か思い込みをしているんじゃねーのかな。ボクはてめーが向かい側の席に向かって、独り言をブツブツしゃべっているよーにしか見えないんだがな」
⁉
「え。まあくんは自分が幽霊だと断言しているのに、楓が見えていないんですか。それは、おかしいです。幽霊が幽霊を目視できないなんて…そんなの変ですよ」
まあくんは「はあ、なんでわかんねーのかな」とため息をついていた。
「全部、てめーの頭がおかしいだけだぜ。幽霊は誰にだって見ることができるが」
「だが」と一泊置いた。
僕はこの次の一言を聞きたくないと思った。耳を塞ぎたいと思った。しかし、それは出来なかった。なぜだか、身体が思うように動かない。まるで十年前の金縛りの再現が今おきているかのような感覚だ。全身の関節を震えた形でしか動かすことができない。
畏怖を感じずにはいられない状況。まるで、まあくんの目を見ることによって、体が石になってしまったかのような…。
「頑固ちゃんにしか見えない幽霊は、「妄想」が作り出した、幻覚および幻聴および幻触なんだぜ」
まあくんは言った。
僕は微動だにせず、呼吸だけを続けた。
「最初からてめーの言う、楓の姿が見えてないんだ。不自然だと思わなかったか?ボクは向かい側にいる楓と一言も口をきいてないんだぜ?」
死んだ幽霊のくせに、彼はシニカルに笑みを浮かべて、右手でパチンと指を鳴らした。フィンガースナップだ。すると、全身付随から解放され、自由になった。
それでも、やる気の無い僕は、ただ、呆然と聞いていることしかできなかった。
とても、悲しかった。
だって。
今までのこの喫茶店での会話が全部「僕の妄想」だと彼は見透かすように言ったのだから。
それでも、希望が持てる一言。
「楓は生きている」…これだけは聞き逃さず、胸にしまっておくことにした。