24.ガン五度み(過去回想)
過去を断片だけ、回想する
「ブロッコリー食べてあげようか?」
「え。今日、給食の献立にブロッコリーは入ってなかったはずだけど」
「そっちのブロッコリーじゃないみたいなんだよね」
「ん。野菜以外でブロッコリーあったっけ?」
「わかんない。けど、今朝、変態男子達が言ってるのを聞いてさ。なにか意味深な笑いをとっていたから気になったんだ。なんなんだろうね、ブロッコリーって」
「変態男子…ひどいあだ名をつけるね楓く…さん。あの人達が言うブロッコリーっていうのは、たぶん、女性にはないものだと思うよ」
「女性にはないもの?」
「そうだよ。その変態男子達は下ネタで、談笑していたんだと思う」
「ふーん。ところで頑固くんは、男?女?」
「わからない。性別なんてどっちでもいいよ」
「プ。頑固くんは本当にやる気が無いんだね。自分の性別がどっちでもいいとか、笑っちゃう。トイレに行く時はどうするの?男子トイレに入るの?」
「その時の気分によるから男子便所に入るか、女子便所に入るかはランダムだよ。そして訂正させてもらうと、僕はやる気が無いんじゃない。やる気が低いだけだ」
「同じ意味合いでしょ」
「全然違うよ。この二つの間には大きな隔たりがあるよ」
「じゃあさ。じゃあさ。もし頑固くんのやる気が「無」になったら、どうなっちゃうの?」
僕は小学生なりに未来の想像を膨らませて、こう答えた。
「誰に対しても、敬語を使うんじゃないかな」
••••••
これは頑固の中学生時代の回想。
階段の踊り場。薄暗い日が当たらない空間。
今日も来てないんだろうな。
僕は階段を上がる。パン。パン。
三年生の春。早朝。廊下を歩く。とことこ。
廊下から楓のクラスを覗いた。冷めた目で、全て把握した。今日も来ていない。
なんで、不登校の状態が続いているのだろう。僕は知っていた。「環境」が悪いからだ。楓は「環境」に不適合だったのだ。楓が全部悪いわけじゃあない。
僕は右手を握りこぶしにした。思いっきり力をいれてやった。そのせいで、指の関節が少し痛い。意識を痛覚に向けさせないと、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「なんて無力なんだ僕は」
小さなつぶやきは、疲弊感が漂う陰鬱さだった。
三年一組。自分の教室に着いた。椅子に座り、鞄をまくらがわりにして、眠りについた。
昨夜の電話の内容が、夢にでてきた。
「なんか俺、宙に浮かんでいる感じがするんだ。ふわふわしてる」
「ふわふわ…。それは…すごいね」
「うん。なんか、自分が自分じゃないみたいにボーッとして、地面に足が付いていない感覚になる。俺、変なのかな?普通じゃないのかな?周りの人は地に足が付いていて自然に過ごしているのに、俺だけ周りとは違う「変」なんじゃないかと思うことがあるの。他人を信じられない。信じた先から裏切られる。女は面倒くさいよ。頑固くんはいいよね、男の子だもんね。俺、男として生まれたかったな。そしたら、こんな風にはなっていなかったかもしれないのに」
「うん。まあ、ね。女の子はいろいろ大変なんだね」
「そうなんだよ。女の子は大変なんだよー」
「でも、ま、あ、男の子だって、たいへ
「でね、今日の愚痴聞いてくれる?お父さんのことなんだけど、まじ、うざい。なんなん、あいつ。学校行かないっていったら、急にキレだして、俺の部屋のドア越しに、ずーっと説教だよ。勘弁してほしい」
「そう」
「おばあちゃんとおじいちゃんが俺のこと心配してくれて、「実家にもどってこい」っていわれた。だから、明日から親とは離ればなれなんだ。実家っていってもここからそう離れていないんだけどね。はあ。お母さんのことは大好きなのになんで、こんなに思いが伝わらないんだろう?俺のこと「産まなきゃよかった」っていわれちゃった。俺はお母さんの期待に応えられない「ダメな子供」だったかもしれないけれど、俺は期待に応えたくて必死に勉強を頑張ったんだよ。こんなに頑張ってお母さんの期待に応えようとしたのに上手くいかない。「結果」がでないと「ダメな子供」なんだろうな。ダメな子供だから、お母さんがあんなに辛い思いをするんだ。俺はなんて人間として最低なんだ」
「ダメ?…」
「ダメだよぅ。こんな人間最低だよぅ」
「…ちょっとまって、ダメってどういう意味?意味がわからない。どういう状態がダメなの?なんで自分のことが最低だとわかったの?」
「わかんない」
「…わかんないんだ…」
「でも、周りの人は俺のことを絶対そういう風に思っていると思うよ」
「絶対?」
「絶対」
「…それは…凄いね。100%か」
「絶対「変な人」って思われてる気がする。思い込みが激しいせいで、よく「心が無い人間」ときめつけてしまうところがあるからかな。ほら、俺、「心が無い人間」に容赦がなく酷いことができるから…」
「それは…」
それは、なんともいえない。楓の心境を慮るに、あまり適確な発言はしないほうがいいだろう。
「でも、あんなイジメを受けていたら、怒るのも無理はないよ。楓く…さんは変…じゃないよ」
「ありがとう。頑固くんは優しいね。いい人だね。でもね。あれはイジメじゃないんだよ。あいつらは「心が無い」んだから。心が有るイジメみたいな行為ができるわけがないじゃあないか。そうでしょう?」
「…」
僕は返答に困った。まさか、ここまで、頑なに「心が無い人間」を敵視するとは。僕はどうしたらいい?彼女に同調したほうがいいのか?いや。それは楓のためにならない気がする。「心が無い人間」なんて、そんな曖昧模糊な存在を信じてはいけない。それを教えてあげないといけない。
「楓く…さんは、曖昧な事を信じすぎるクセがあると思うんだ」
「曖昧?あいまいじゃないよ。「心が無い人間」は実際に現実にいるんだよ。この事実は曖昧じゃないんだよ。なにいってるのさ」
「曖昧な言葉じゃないか…そんな人間、いるかどうかわからないのに…」
「プ」と笑う声が、スマホ越しにきこえた。
「頑固くんは本当に頑固だね」
それは僕のセリフだ。頑固なのはいったい誰なんだ。
そのせいで、自身に重い鎖を引っ付けて、日々を生きないといけないんだぞ。
そんな「思い込み」はいらないよ。どうか気付いてほしい。みんな自分のことで精一杯なんだ。だから、誰かを責めて、自己保全しているのかもしれない。ダメな人間なんかじゃない。変な人間なんかじゃない。誰かが「曖昧な正しさ」で楓を非難してきても、それを信じちゃいけないよ。歯を食いしばってでも、疑うべきなんだ。
彼女は人の行為を信じすぎている。疑わないからあとで、裏切られた!と被害妄想をするようになる。
別に裏切られたのは「心が無い」からじゃあないのに。それこそが「曖昧な正しさ」を信じた「思い込み」だというのに。
「明日も学校に来ないつもり?」
「行かない。いまさら、行けない。あんな酷いことしちゃったんだもん。行けるわけがないよ」
僕はやるせない気持ちになった。
「楓く…さんはダメな人間じゃあない。本当にダメな人間はやる気が無い人のことをいうんだよ。自分の思ったことを、すぐに相手に伝えるところが凄いと思うから、勇気というやる気が有ると思うんだ」
その点僕は、尻込みしてしまって多数派にながされてしまう。たぶん勇気というやる気が低いんだと思う。
「たぶん僕は、将来仕事するようになって軋轢を気にして多数派に流されてしまったり、環境改善できないうしろめたさを感じながらも、向上意欲もなくなにも会社に貢献できない自分を卑下した時、低いやる気が「無」になるんじゃないかと思うんだ。ああ、結局、人間なんてものは、やる気をだしても、環境が悪いと、成果がでないんだ。なら、もうダメな人間になってもいいや。低いやる気を「無」にしてしまおう。って考えてしまうと思うんだ」
「ふーん。頑固くんはダメな人間の定義がハッキリしてるんだね」
「うん。自分の中ではね。ごめん、いきなりしゃべり過ぎたかも」
「いいよ。いいよ。俺の方がたくさん話し聞いてもらってるんだもん。頑固くんもどんどん、悩みでもなんでもいいから話していいんだよ」と彼女はいってから、
「ププ。わかった。将来、頑固くんのやる気が無になったら、会いにきてあげる。「やる気の無い」頑固くんがどんなものなのか、見てみたいしね‼」
電話ごしだけど、彼女が明るく笑っているのが声質だけで推測できた。それは、僕にはできない仕草だろうから、凄いと思う。そんな彼女に畏敬の念をやどしながらも、「ありがとう、待ってるね」とだけ伝えた。
••••••(夢から覚める)
僕は寝ぼけなまこの状態のまま。ため息をついた。
また、彼女のことを思考してしまったみたいだ。
夢にまででてくるなんて…。
周囲を見るとみんな教卓で朝礼を開始している担任の先生に注目していた。
「えー。これで朝礼は終ります。掲示係の生徒はあとで私のところまで来てください」
僕は掲示係だった。
クラスの全員が「起立、礼」に反応して同じ動作をした後、各自、散らばった。
「園海先生。僕…呼ばれました?」
「うん呼んだよ。掲示係だからね」
「…なん…ですかね」
僕は小声で不安気にいった。やる気が低いので、あまり、面倒な仕事をやりたくなかった。簡単な内容だったらいいなあ。
「あそこの廊下にさびしげな、四角い掲示板があるんだ。なんでもいいから、掲示物を貼ってほしい」
何でもいいから、貼ってほしいとのことだ。画鋲で刺すタイプのやわらかな材質の掲示板だった。たしかに、四角いそれは使われた形跡が無くさびしげに見えた。
「何でもいいんですね?」
園海先生は「うん。よろしく」と軽やかに返事をし、教室の出入り口へと消えていった。
なかなかに時間のかかる依頼をされてしまった。やる気が低いなりにも、やれるだけやるしか…。ん。そうだ。
僕はひらめいた。
よし。もう好きにしてしまおう。
なにをすれば正しいなんてわからないけど、他人の目を気にしてなにもできないなんて嫌だ。
今日は家に返って徹夜だ。
自分にできる最大限のサプライズをしよう!