13.幽霊はさみしいので頑固に憑く④
「そうです」
「彼」と表記した人間は「楓」だ。
まあ、性別を気にするようなやる気を持ち合わせていない僕のことだ、楓が男なのか女なのかなんて瑣末なことだから適当に「彼」と伝えていたのかもしれない。
もしかすると、言い間違えたのかもしれない。
まあ、いくら幼馴染みだからといっても、言い間違えるのは仕方がないことだろう。中学校のセーラー服を着ただけで、初対面の相手に「女装?」って驚かれるぐらい、仕草が男らしいのだ。
仕草だけで、人の目を欺くのは、なかなかできることではない。これは素質だろう。この素質を後押しするように自身のことを「俺」といっている。
彼女はなかなかに無自覚な性格をしていた。
楓は多分、女の子だ。とかいいつつ男の子かもしれない。好きなように間違えてかまわない、性別など、この物語にあってもなくてもいい。だから、有耶無耶のままにしよう。
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正面に腰掛けている、青い作業着の女性はテーブルに肘をおいて、肘の先にある手のひらに自身の顎をのっけている。
獲物を狙う動物のような、無垢な、視線。
その黒い目玉が、僕のほうを向いているのだから、正常な心拍数でいられるわけがない。
表情がやわらかく、口角が両端とも引き上がったり下がったりを、自然な仕草でしている。僕にはできない安心感のある表情だったから、思わず見入ってしまう。
そんな彼女が「なんちって」といった。
どうやら、僕は生き埋めにされずに済んだようだ。よかった。よかった。
まったく…。いたずら好きだなあと思っていたら、
なにか、暖かい感覚が左手をつつんでいた。
「な…」
「いいから、このまま、続きを話してよ」
ただいま、絶賛やる気0%の僕も、思考回路がおかしくなっていた。いや、なんだよ絶賛やる気0%って。いったいなにをやる気なんだよ。意味がわからないよ。
小さなパニック症状があらわれた。
「え…とっと。そのこれって、恥ずかしくないです?あ…あえと。手を握られるって慣れてなくて、あの、このままだと、支離滅裂なことしか、しゃべれなくなっちゃうかも…ですけど、だた大っ大丈夫なんですか?僕、たんだか、いいかがわしい幽霊みたいに、周りの店員さんとかに思われちゃったりするかも…。それに…」
「それに?」
「僕は楓が、一番大切な恋人だから、…あんまりこういうことは…」
つい口走ってしまった。十年間、行方不明とされる人物を恋人だなんて。
「わかった☆ミ」
なぜ、語尾に☆ミマークをつけた?流星でも降ってきたのだろうか。と思考をめぐらせていたら、手から伝わる力が一層、強くなった。僕は握力計になった気分だ。彼女の握力は…ええと、十キロぐらいかな。
「とりあえず、深呼吸して。平常心を取り戻して。それから、ゆっくりと、中学校三年の夏を、思い出すんだよ。その行方不明の楓のことをね」
いわれた通りに、深呼吸。
すう。はあ。すう。はあ。
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なんとなく、冷静になれた気がする。(顔は赤いが)
「落ち着いてきました。万全なメンタルではないですが、続きを、なんとか思い出します。幽霊の僕なんかに、脳味噌があるのかどうかも、怪しいですがね」
「本当にまだ、自分が幽霊だと思ってるんだ。プ。ああ、そうか。頑固くんは自分がいったい何者なのかもともと わからない んだね。そして、それを理解しようとするやる気がない。まったく、やる気ってのは都合の良い言葉だよね。それでも、根性で、過去を思い出せ。そしたら、私の考えていることがわかるはずだから」
済崩さんは気分が高揚しているみたいだった。手を握りしめたまま、瞳孔が開いているし。なんだか、危ないなあ。急な変化に僕は内心うろたえたが、表情には出さずに返事をした。
「わかりました。では、根性で、続きを語ります…」
床を見つめながら、口を自由に自然に、おもうがままに過去を伝える。
本音をいうと、やる気と根性の違いは、僕にとって大差なかった。
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「あのう、なんで、楓さんのお父さんがこんなところに、来ているんですか?ちょっと、びっくりしてしまいました」
本音はかなりびっくりしました。
「ああ、それがね」
眠気がするから、ベットに横になったら、急に自由がきかなくなって、操り人形のように、体が勝手に、この場所へ向かって歩いていたという。よく見たらパジャマ姿だ。
それ…普通な現象じゃないよね…。僕のユリの話しより、そっちの方が、信憑性低いだろう。なぜ、さっき「信じられないね」なんていったんだ。その場のノリというやつかな。
「なんだか、ぼく達は、楓の意思によって、この場所に連れてこられたかのように、思わない?」
僕は操られて来たわけじゃあないけれど、まあ、「わからないなにか」の思惑によって、この場所に来たのは、確かだろう。
「まあ、そうかもしれませんね」
僕は答えた。もう話の種はありません。とりあえず、お辞儀をして、自転車にまたがった。
••••••
自宅に到着。
すると、居間の電気が消えていることに気付く。出かける時は点灯していたはずだが…どうしたのだろう。
ガラガラ。
玄関の敷居をまたぎ、靴を脱いだ。どこもかしこも、薄暗い。電気スイッチを押しても、照明機具が明るくならない。停電でもしたのだろうか。
わからないまま、居間へむかった。
しーん。静かだ。
蛙の鳴き声とか、人の声が、聞こえない。耳を澄ましても、風の音も、足音もしない。なんだか、1人で、この空間を生きているみたいだ。
自然と目を閉じたくなった。閉じると全てが無になった。
「ここに、いるの?」
目をつむったまま、話しかける。
「もしかして、楓?」
テレビ、ソファー、扇風機。居間には、くつろぐために、大切な道具がそろっている。でも、今は見たくない。
なんだか、今は目を開きたくない気分だ。片足だけ敷居をまたぐ。広間に入った。やっぱり、このままだと怪我をする危険があると察知し、薄く目を開けた。
目の前には。
青がいた。
青い人間。
こちらをじっと、見つめている。
湿り気がある寒々しい感じだったから、じっとりと見つめていた、という表現でもよかったかもしれない。
微動だにしない。
動きが無いというのは、次の予測ができない恐怖がある。
僕はずっと、冷たく鋭い目で、睨まれ続けている。
鳥肌がたってきた。
この部屋だけ、温度が低いような錯覚になる。
「あの…」
やる気の低い僕は、言葉を投げかける。しかし、反応は皆無だった。
背景が真っ黒で全体像はぼんやりとしている。各部の輪郭に靄がかかった感じで、全体像を把握しづらい。
頭になにか、かぶり物をつけている。
ハット帽だろうか。よくみたら青ではなく紺色っぽい。おぼろげにしか見えないが、服装も紺一色みたいだった。
僕は近づいてみた。
すぐに助けが呼べるようにスマホを右手にもちながら、すり足で前進。
右手を前方にまっすぐ伸ばした。
歯がガクガク震えていた。なにを恐怖しているんだ。触ってみないとわからないこともある。
どうせ、やる気が低いんだから、自己保全なんて考えるな。
思考と共に指先が何かに触れた。
「冷たい…」
まるで、
死んだ人間のような皮膚の感触だった。
その瞬間
紺色の「何か」はまばたきをした。
うう、やっぱり怖い。怖すぎてこのまま死んでしまいたいくらいだった。
照明はどこだ!
僕は薄く開けられたまぶたを、全開にして、探しはじめる。
あったあった。すぐ近くにあってよかった。
今度こそは点いてくれ!お願いだ!
ビビー。と天井から音がして、照明機具に電気が点灯した。僕は、少し驚いて上を見上げる。まさか、信じられないけど、たんなる停電だったのだろうか。不思議な力は作用していなくて、たんなる…
僕は前方に顔を向けた。
すると、さっきまでいたはずの紺色の人型の何かは、消えていた。
••••••
夢を見ていた気分だ。思考がまとまらずに、ボヤーっとしている。
「なんかみたことある顔だったんだけど…」
はあ。確かめようがない。どうしようもないじゃないか。こんなの誰が信じる?幽霊を見ただなんて、誰が信じてくれる?
やる気の低い僕は、なんにもしないよ。
ただ、見たふりして終わりさ。
指先の震えが止まらないけど、こんなのすぐになおるよ。
「やっぱ、いまのは楓だったのかなあ」
独り言はたよりなく、小さめな声量だった。