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月日頑固の幽霊なショートショート  作者: 内気でロバ顔
幽霊編
13/31

13.幽霊はさみしいので頑固に憑く④

「そうです」


「彼」と表記した人間は「楓」だ。


まあ、性別を気にするようなやる気を持ち合わせていない僕のことだ、楓が男なのか女なのかなんて瑣末(さまつ)なことだから適当に「彼」と伝えていたのかもしれない。


もしかすると、言い間違えたのかもしれない。

まあ、いくら幼馴染みだからといっても、言い間違えるのは仕方がないことだろう。中学校のセーラー服を着ただけで、初対面の相手に「女装?」って驚かれるぐらい、仕草が男らしいのだ。


仕草だけで、人の目を(あざむ)くのは、なかなかできることではない。これは素質だろう。この素質を後押(あとお)しするように自身のことを「俺」といっている。


彼女はなかなかに無自覚な性格をしていた。


楓は多分、女の子だ。とかいいつつ男の子かもしれない。好きなように間違えてかまわない、性別など、この物語にあってもなくてもいい。だから、有耶無耶(うやむや)のままにしよう。


 ••••••


正面に腰掛けている、青い作業着の女性はテーブルに(ひじ)をおいて、肘の先にある手のひらに自身の(あご)をのっけている。


獲物を狙う動物のような、無垢(むく)な、視線。


その黒い目玉が、僕のほうを向いているのだから、正常な心拍数でいられるわけがない。


表情がやわらかく、口角(こうかく)が両端とも引き上がったり下がったりを、自然な仕草でしている。僕にはできない安心感のある表情だったから、思わず見入ってしまう。


そんな彼女が「なんちって」といった。


どうやら、僕は生き埋めにされずに済んだようだ。よかった。よかった。


まったく…。いたずら好きだなあと思っていたら、


なにか、暖かい感覚が左手をつつんでいた。


「な…」


「いいから、このまま、続きを話してよ」


ただいま、絶賛やる気0%の僕も、思考回路がおかしくなっていた。いや、なんだよ絶賛やる気0%って。いったいなにをやる気なんだよ。意味がわからないよ。


 小さなパニック症状があらわれた。


「え…とっと。そのこれって、恥ずかしくないです?あ…あえと。手を握られるって慣れてなくて、あの、このままだと、支離滅裂(しりめつれつ)なことしか、しゃべれなくなっちゃうかも…ですけど、だた大っ大丈夫なんですか?僕、たんだか、いいかがわしい幽霊みたいに、周りの店員さんとかに思われちゃったりするかも…。それに…」


「それに?」


「僕は楓が、一番大切な恋人だから、…あんまりこういうことは…」


つい口走ってしまった。十年間、行方不明とされる人物を恋人だなんて。


「わかった☆ミ」


なぜ、語尾に☆ミマークをつけた?流星でも降ってきたのだろうか。と思考をめぐらせていたら、手から伝わる力が一層、強くなった。僕は握力計になった気分だ。彼女の握力は…ええと、十キロぐらいかな。


「とりあえず、深呼吸して。平常心を取り戻して。それから、ゆっくりと、中学校三年の夏を、思い出すんだよ。その行方不明の楓のことをね」


いわれた通りに、深呼吸。


すう。はあ。すう。はあ。


 ••••••


なんとなく、冷静になれた気がする。(顔は赤いが)


「落ち着いてきました。万全なメンタルではないですが、続きを、なんとか思い出します。幽霊の僕なんかに、脳味噌があるのかどうかも、怪しいですがね」


「本当にまだ、自分が幽霊だと思ってるんだ。プ。ああ、そうか。頑固くんは自分がいったい何者なのかもともと わからない んだね。そして、それを理解しようとするやる気がない。まったく、やる気ってのは都合の良い言葉だよね。それでも、根性(こんじょう)で、過去を思い出せ。そしたら、私の考えていることがわかるはずだから」


済崩(なしくずし)さんは気分が高揚(こうよう)しているみたいだった。手を握りしめたまま、瞳孔が開いているし。なんだか、危ないなあ。急な変化に僕は内心うろたえたが、表情には出さずに返事をした。


「わかりました。では、根性で、続きを語ります…」


床を見つめながら、口を自由に自然に、おもうがままに過去を伝える。


本音をいうと、やる気と根性の違いは、僕にとって大差(たいさ)なかった。


 •••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••


「あのう、なんで、楓さんのお父さんがこんなところに、来ているんですか?ちょっと、びっくりしてしまいました」


 本音はかなりびっくりしました。


「ああ、それがね」


 眠気がするから、ベットに横になったら、急に自由がきかなくなって、操り人形のように、体が勝手に、この場所へ向かって歩いていたという。よく見たらパジャマ姿だ。


 それ…普通な現象じゃないよね…。僕のユリの話しより、そっちの方が、信憑性(しんぴょうせい)低いだろう。なぜ、さっき「信じられないね」なんていったんだ。その場のノリというやつかな。


「なんだか、ぼく達は、楓の意思によって、この場所に連れてこられたかのように、思わない?」


 僕は操られて来たわけじゃあないけれど、まあ、「わからないなにか」の思惑(おもわく)によって、この場所に来たのは、(たし)かだろう。


「まあ、そうかもしれませんね」


 僕は答えた。もう話の種はありません。とりあえず、お辞儀(じぎ)をして、自転車にまたがった。


 ••••••


 自宅に到着。


 すると、居間(いま)の電気が消えていることに気付く。出かける時は点灯していたはずだが…どうしたのだろう。


 ガラガラ。


 玄関の敷居(しきい)をまたぎ、靴を脱いだ。どこもかしこも、薄暗い。電気スイッチを押しても、照明機具が明るくならない。停電でもしたのだろうか。


 わからないまま、居間(いま)へむかった。


 しーん。静かだ。


 (かえる)の鳴き声とか、人の声が、聞こえない。耳を澄ましても、風の音も、足音もしない。なんだか、1人で、この空間を生きているみたいだ。


 自然と目を閉じたくなった。閉じると全てが無になった。


「ここに、いるの?」


  目をつむったまま、話しかける。


「もしかして、楓?」


 テレビ、ソファー、扇風機。居間には、くつろぐために、大切な道具がそろっている。でも、今は見たくない。


 なんだか、今は目を開きたくない気分だ。片足だけ敷居をまたぐ。広間に入った。やっぱり、このままだと怪我をする危険があると察知し、薄く目を開けた。


 目の前には。


 青がいた。


 青い人間。


 こちらをじっと、見つめている。


 湿り気がある寒々しい感じだったから、じっとりと見つめていた、という表現でもよかったかもしれない。


  微動だにしない。


 動きが無いというのは、次の予測ができない恐怖がある。


 僕はずっと、冷たく鋭い目で、(にら)まれ続けている。


 鳥肌がたってきた。


 この部屋だけ、温度が低いような錯覚になる。


「あの…」


 やる気の低い僕は、言葉を投げかける。しかし、反応は皆無だった。


 背景が真っ黒で全体像はぼんやりとしている。各部の輪郭(りんかく)(もや)がかかった感じで、全体像を把握しづらい。


 頭になにか、かぶり物をつけている。


 ハット帽だろうか。よくみたら青ではなく紺色(こんいろ)っぽい。おぼろげにしか見えないが、服装も紺一色みたいだった。


 僕は近づいてみた。


 すぐに助けが呼べるようにスマホを右手にもちながら、すり足で前進。


 右手を前方にまっすぐ伸ばした。


 歯がガクガク震えていた。なにを恐怖しているんだ。触ってみないとわからないこともある。


 どうせ、やる気が低いんだから、自己保全なんて考えるな。


 思考と共に指先が何かに触れた。


「冷たい…」


 まるで、


 死んだ人間のような皮膚の感触だった。



 その瞬間


 紺色の「何か」はまばたきをした。



 うう、やっぱり怖い。怖すぎてこのまま死んでしまいたいくらいだった。


 照明はどこだ!


 僕は薄く開けられたまぶたを、全開にして、(さが)しはじめる。


 あったあった。すぐ近くにあってよかった。


 今度こそは()いてくれ!お願いだ!




 ビビー。と天井から音がして、照明機具に電気が点灯した。僕は、少し驚いて上を見上げる。まさか、信じられないけど、たんなる停電だったのだろうか。不思議な力は作用していなくて、たんなる…


 僕は前方に顔を向けた。


 すると、さっきまでいたはずの紺色の人型の何かは、消えていた。


 ••••••


 夢を見ていた気分だ。思考がまとまらずに、ボヤーっとしている。


「なんかみたことある顔だったんだけど…」


 はあ。確かめようがない。どうしようもないじゃないか。こんなの誰が信じる?幽霊を見ただなんて、誰が信じてくれる?


 やる気の低い僕は、なんにもしないよ。


 ただ、見たふりして終わりさ。


 指先の震えが止まらないけど、こんなのすぐになおるよ。


「やっぱ、いまのは楓だったのかなあ」


 独り言はたよりなく、小さめな声量だった。

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