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三話 伝存証明 1-3

 とまぁ、恋愛相談をされたのだ。

 来栖との電話で恋愛経験があるようなことを言ったが、正直な話、私は誰かと付き合ったことはない。友人関係もままならない私が、恋愛関係なんてレベルが高すぎる。次元と言ってもいい。

 そんな彼女との会話を思い出すも、今は来栖にお金を返してもらうことを考えた方がいいかもしれない。あの男も一筋縄ではいかない人物だ。私が知っている大人、教師や両親、近所の店のおじさんといった人達とは違う、初めて出会う種類の人間。子供の幅に下げても、初めて出会うタイプ。

「……よしっ」

 一先ず、彼女の恋愛相談は置いておこう。問題を先送りしただけだが、今やるべきことは来栖との縁をここで終わらせて、普通の学生のように、学校の問題に頭を悩ますことだ。来栖なんて変人に分類される奴とはここで縁を切る。

 別問題。来栖には関係なく、私に関係ある問題。

 テストと同じ、まずは順番に問題を解決していかなくては先に進めない。

 私は大きく深呼吸をして、脇にある狭く薄暗い階段を登って行く。階段の脇にはポストが設置され、二階の来栖の事務所だろうポストに恥ずかしげもなく悩み相談受け付けます、なんて文字を見ながら。

 少しばかり、今日生まれた悩みを解決してくれればいいのにと、心の片隅で思いながら。

 私は階段を登った。


      φ      φ


 階段を登ると、私を迎えたのは安っぽいスチール製のドアだった。ガラス窓が付いており、部屋の電気が消えているので真っ暗な闇が広がっている。ノックをしてみるも反応はなく、留守に見えた。

「ちょっと」

 携帯で時間を確認すると、電話で約束した五分前。苛立ちの声が漏れ、ドアを蹴っ飛ばしてやろうかと考える。金を払う気は最初からない、ということだろうか。

「あいつ……」

 帰って来るまでドアの前で待ってやろうかと思っていると、何やら人の気配がする。ドアの向こうから、音が漏れている気がする。ドア越しで何の音か解らないが、誰かが会話している。居留守かこの野郎、と心の中で悪態を吐く。いい度胸だ、喧嘩を売られているのだろうと解釈した私は、買うことにした。

「ちょっと、来栖! いるのは解ってんだから出てきなさいよ!」

 ドアを乱暴に叩きながら言ってみるが、何の反応も返ってこない。その間もドア越しから音は聞こえており、さらに腹が立ってくる。

「こんっのぉ!」

 一歩下がり、その場で半回転して回し蹴りを放ってやった。ドアが、みしっ……、と軋んだ音を立て、静かに開く。

 キィ……と、金属の悲鳴を伴いながら、まるで鍵などかかっていなかったかのように。

「あれ?」

 ちぐはぐな感じ。居留守を使うなら鍵くらいかけるはずだ。女子高生の蹴り一発でドアが壊れるとは思えない。それとも安っぽい建物なので、簡単に壊れてしまったのだろうか。

 器物破損、という言葉が脳裏を過る。だがすぐに、居留守を使っていた来栖の方が悪いと考え、私は開いた、暗闇が広がる室内へと、恐る恐る進んでいく。

「来栖……? いるんでしょ?」

 思わず小声で言うが、反応はない。

 電気のスイッチが何処にあるか解らず、窓にカーテンがかかっているため陽の光も差し込まない真っ暗な中、私はきょろきょろと辺りに視線を送りながらも、立ち止まっているわけにはいかないので進むことにした。

 一歩、中へ進む。

 応接室なのか、少し大きなテーブルが置いてあり、ソファーが置いてある。

 一歩、中へ進む。

 窓の傍には執務用の木造デスクがあり、パソコンが置いてある。

 一歩、中へ進む。

 振り返ると、入り口の脇にドアがあり、トイレの札がかかっていた。

 一歩、中へ進む。

 執務用デスクの奥、そこにもドアがあり、音はそこから漏れていた。

「来栖……?」

 不安気な声が漏れてしまう。

 暗闇のせいか、不気味な印象のするお化けでも出そうな室内で心細くなる。私はのろのろと、しかし確実に一歩ずつ進み、ドアの前まで行く。

 すると、声が聞こえてくる。

 話し声。一人ではないだろう、会話の声が。

『――から――しかないだ――れ』

 よく聞こえない。くぐもった声はところどころしか言葉を拾えず、私はそっと、耳をドアに付けた。

『もう、殺すしかないな。ここに来られては』

「――っ!?」

 混乱する。何の話だろうか。物騒な類の話なのは解るが、殺すとは、あの殺すだろうか。

 人の命を奪う、一生を終わらせる――殺す。

 バクバクとうるさい。大きな音を立てれば見つかると、ドアを蹴破っておきながら思ったが、音の発信源は私だった。心臓の音が響いている。強張る身体。早く逃げろと理性が訴えてくるが身体が動かない。ドアに縫い付けられたかのように、私の耳は離れなかった。

『あの女が来たら、殺せ』

 世界が回る。ぐるぐる、くらくら。足元が覚束ない。

 ここに来て、ぎこちなくではあるがやっと身体も動き出した。生命の危機に、危険な現場に、反応してくれた。

(に、逃げなきゃ!?)

 そう思った瞬間――ドアが開く。

 ガチャリと、無慈悲に。

 最悪のタイミングで。

 真っ暗な室内の中、さらに暗い、黒い人影が私の目の前に現れた。

「き――」


 ―― 殺される ――


 私の思考は、死の一色に染め上げられる。


「きゃあああああああああああ!!」

 思わず繰り出した蹴り。気持ち悪く気味の悪い柔らかな感触。無意識に出した蹴りが、人影に当たる。

 だが、

「ひっ!?」

 人影は蹴りを受けたにも関わらず、私に向かってきた。組み敷くように、覆いかぶさってくる。

「やだっ! たすけっ――」

 人影の重さに抵抗できるわけもなく、私はあっさりと押し倒された。背中を床に打ち付け強制的に酸素を吐きだす。

「がはっ!」

 苦しかったが、そんな悠長な感情は思い浮かばない。ただただ、死への恐怖に塗り潰される。

 怖いやだ痛い助けてごめんなさい嫌だなんで死にたくない殺さないで――

 声に出すことが叶わない、私の無様な心が脳裏を埋め尽くす。

 そして、人影が声を発した。

「ぐ……うぅ……」

 放った蹴りが効いていたのか、苦しげな声。見れば私に覆いかぶさっているのは来栖で、額に脂汗を流していた。やはりこいつだ。やっぱりこいつは、危ない奴だったんだ。

 今更の後悔。何故後悔は後になってからしか解らないのだろう。

 そしてドアの向こう、部屋の中から新たな声が聞こえてきた。

『む、誰だそこにいるのは!?』

『ふっ、お前らの悪事は全部お見通しだ! 観念しろ!』

『小癪な……っ!』

「……へ?」

 視線を送ると、暗闇は相変わらずだったが、その中でも光源を放つモノがあった。

 それには人が映し出されていて、銃声を轟かせながら死闘を繰り広げている。小さなテレビが、何かの映画を再生していた。

「あれ……?」

「こ、小娘……貴様……っ」

 私に覆いかぶさる来栖が睨んでくる。脂汗を浮かべ、股間を抑えながら苦しげな声を出している。

 事態の理解が及ばず、だが何が起きているのかだけは理解する、と同時に。

 来栖が私の上に乗り、正確に言うなら私の胸に顔を埋めているのに気が付いた。

「きゃあああああああああ!」

「ぶふっ!?」

 思わず、来栖の顔面を殴り飛ばす。

 真横に飛んだ来栖が壁にぶつかり変な悲鳴を上げている。

「な、なにすんのよっ!」

「こち……らの、台詞だ……っ!」

 股間を抑え、息を荒げている来栖。

 どうやら私の蹴りは、来栖の股間に命中したようだった。その事実を知った私は、顔が赤くなるのを自覚する。

「なっ、なっ!」

「おま……え……」

 それだけ来栖は言うと、気絶した。


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