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三話 伝存証明 1-2

      φ      φ


 カンカンカン、と踏み切りの音が聞こえる。私は来栖の事務所の前にいた。三階建てのそこは、何とも形容しがたい雰囲気を持った様相だった。

 微妙に古びていて、妙に陰気な雰囲気を持ち、絶妙に目立たない場所にあった。

 決して立地が悪いというわけではないのだが、目立たない時点で悪いのかもしれないが、周囲には個人店の八百屋やスーパーがあり、商店街だって近い。駅もわりと近く人通りだってある。線路の近くにあるせいで行き止まりの場所にあるが、それでも奥まったところではなく、家を二軒挟めば十字路の道路がある。十字路は駅と商店街に繋がっているので人が通る場所にあるのだが、来栖の事務所にはうら寂しい空気が流れていた。

「うわぁ……」

 一言で表すならそんな感想だ。何とも言えない、ぎりぎり胡散臭いに片足を突っ込んでしまっている建物だった。

 一階は工具でいいのだろうか、金物屋みたいな小ぢんまりとした店。道路から店内が見え、店の奥のカウンターにはうたた寝している老人の姿が見える。二階の窓はカーテンで閉じられており、中の様子が伺えない。三階も同様だ。

 来栖の事務所は二階らしい。電話で聞いた時に言っていた。

「あー、どうしよっかなぁ……」

 事務所の前まで来て今更な発言だ。お金は返してもらわないと困るし、会うのは嫌だが二、三分で済む用事。だが、ここに来て、私は一つの問題を抱えていた。

 あの怪しき相談屋の来栖風に言うと、悩み事を抱えてしまっていた。

 それはつい数時間前、私が来栖との電話を終わらし、会話を隣の席の女子に聞かれたことが原因。

 握手され悩み事があると告げられ戸惑っていると、彼女は勝手に話を進めていった。

『あの、お願いします! こんなこと、叶宮さんにしか頼めなくて……』

『ちょ、ちょっと待って!』

 これは嫌なパターンだ。面倒なパターンだ。

 大抵こういうお願い事は、ややこしい人間関係が絡んでいる。読みづらく読みにくい人間関係が絡んでくる。見ず知らずとは言わないが、それでもただのクラスメイトにいきなり頼まれごとをされて、場に流されて了承するようなドジは踏みたくない。

 そんなモノは物語に出てくる主人公か、お人好しの偽善者にでも頼めばいいのだ。

『あのさ、急にそんなこと言われても困るんだけど』

『で、でも、頼めるのは叶宮さんしかいないんです!』

『私しかいないって言われても、貴女、私の何を知ってるのよ?』

 少し冷たい言い方だったが、事実なのではっきりと告げてあげる方が優しさだろう。

 私にできることなら、とか。

 話だけでも聞くよ、とか。

 そんな戯言か世迷言か判断がしづらい対応をするくらいなら、はっきりと断る前提で話を進めてあげた方が本人の為だ。この場合、本人とは私のことか、彼女のことかは判然としないのだけれど。

 ただのクラスメイト。隣の席に座る、朝、顔を合わせれば挨拶程度の仲である事実に、彼女は黙った。知るわけない、私がどんな人間か、知るわけがないのだ。

 そして同時に、私も知らなかった。知らなかったというより、足りなかった。自分がどんな風に見られているのか、解っていなかった。

『だって、今、彼氏と電話してたでしょ?』

『………』

 絶句。あまりに予想外かつ想像外のことを言われた時、人は何も言えなくなるらしい。何処から何処まで聞いていたのか知らないが、あの会話でどうしてそんな発想に至るのだろうか。

『あの、ね。違うから、そんなんじゃないから』

『でも、放課後家に行くとか、大人だとか、そんなこと言ってましたよね?』

『いや、年上の彼氏とかじ』

『やっぱり! 年上の彼氏なんですか! 社会人なんですね!』

 こちらの台詞を遮り、無理があることを言い出す。どうやら全部の会話を聞いていたわけではなく、ところどころしか聞こえていなかったようだ。全部聞いていなくとも最初から最後まで悪態に近い言葉だったのに、彼女は来栖が彼氏だと思い込んでいる。思い込みの激しい子なのかと思いながら、私は否定する言葉を続けようとしたのだが。

『だから、そうじゃな』

『こんなこと、大人の人と恋愛できる叶宮さんにしか頼めないんです!』

『いや、大人の恋愛って……』

『お願いします、経験豊富な叶宮さんの知恵を貸してください!』

 人の話をまったく聞かず頭を下げる彼女。

 付け入る隙のなさに気圧されながらも、嫌な汗が背中に流れる。

 経験豊富だとか、大人の恋愛だとか、私に相談する理由にそれらを挙げるということは、つまり。

『私の……私の恋愛相談に乗って下さい!』


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