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最終話 生存競争


        φ      φ


「さっき居たのって、杭田さん?」

 ベンチの埃を落として、スカートに手を添え座る叶宮那珂。隣に座ってきたというのに、杭田といい叶宮といい、俺に顔を向けないのはどういう事だろうか。叶宮は空を見上げる事も地面に視線を落とす事もせず、前を見据えたまま聞いてきた。

「ああ、そうだ」

「事件のこと?」

「知らん。偶然、隣に座ってきただけだ」

 叶宮は視線だけをちらりと俺に向けるが、すぐにまた前を向く。気にはなっているんだろうが、それを聞き出すのに躊躇を覚えている。叶宮自身に関わることであり、俺が世話をしたことでもあるからだ。

 すべてが終わった、と言うには放置したままの案件が多すぎる。叶宮自身の悩みに関して、俺は一つの解決策を用いて悩みを消してやったが、結局のところ、本質の問題は解決していない。


 叶宮那珂の抱えていた悩みは解決してやった。

 だが、

 叶宮那珂の抱えている問題は解決していない。

 

 それだけだ。

 それ以上のことはやっていない。

 過去、杭田にしてしまった失敗を、俺はしないことにした。

 助けるのはここまで、ここから先は、自身で解決してもらおうと。

「みゃ~ちゃ~ん」

 背後から気の抜けた、間の抜ける声がした。首だけで振り返ってみると、危なっかしい足取りで駆けて来る布藤岬の姿見えた。あの、黒幕とも言えるべき今回のきっかけを作った女。

「探しちゃったよぅ~。あ、来栖さんこんにちは~」

「あんたが探してんのはトイレでしょ。早く行ってきなさいよ」

「それがすっごい混んでるんだよぅー漏れちゃうよぉ~」

「……ったく」

 叶宮は面倒そうな、しかし口元に笑みを浮かばせながら立ち上がった。

 不適ではなく、不審でもなく、

 不気味ではなく、不躾ではない、

 ただの、純粋な笑み。

「行くわ。今日はちょっと遅くなる」

「夜遊びは構わんが男遊びはするなよ」

「バカ」

 呆れた様子で言った叶宮は、布藤岬を連れて、友のように二人並んで去って行った。

 記憶の失った布藤岬と友のように。

 記憶喪失、とは言っても高校に入学してからの記憶が欠如しているらしく、いつ戻るか、はたまた戻っているのかは布藤岬にしか解らない。そんな布藤岬に対し、叶宮那珂は友人として世話をしている。不自由があるだろうと学校でもよく付き添っているようだ。以前だったら、布藤岬が叶宮那珂に会いに行くことはあっても、逆はなかったというのに。これもまた、布藤岬の思惑通りと言えばそうなのかもしれない。

 自分から動かず他者を待ち続ける叶宮那珂に、思い知らせたかった布藤岬。そしてそんな叶宮那珂を、独り占めして愛でることを望んだように。

 ただ、自分から動くことを覚えた叶宮那珂が、果たして布藤岬程度が独占できるかどうかは解らない。良き友人の関係を結ぶならばいいが、以前のように、一か月前の事件のように、事を起こした場合、そこにいるのはもはや受け身だけの叶宮那珂ではなく、行動をし解決を促す思考を持った存在なのだ。

 とは言っても。

 まだまだ問題を解決するには、ほど遠いが。

「飯は食ってくるという事か」

 先ほどの叶宮の発言を思い出し、どこか外で食べてくるから夕飯は作らないという意味だと解る。

 そう、叶宮の悩みを解決するために、叶宮は今、俺の事務所で寝泊まりしている。面倒だったが、仕事だから仕方ない。

 だが、事件の解決には手が出せない。手助けできない。

 あの日、あの夜。

 叶宮が血だらけで事務所に来て助けを求めた時、俺は悩みを解決してやった。

 叶宮の悩みは事件の、殺人犯という問題ではなく、自身の、生き方についての悩みだった。

 布藤岬が自覚させようとした、悩みだった。

「ラーメンでも、食うか」

 ベンチから立ち上がり、背を伸ばす。おっさんみたいな声を上げてしまい、辺りを見回してしまった。油断すると声が出てしまう。まだ歳かなどとは思いたくない。

 俺はゆっくりと歩き出し、少しだけまた、空を見上げた。

 人生は小説のように解決して終わりということはない。

 叶宮はこれから、警察の資料だと殺人か自殺か判断が難しいが、船波七海を殺していてもいなくとも、その罪を背負って生きていく。自身の弱さと甘さが真似たい結論を、一生かかってだ。悩みは解決できるかもしれないが、問題が消えるわけじゃない。

 布藤岬のことにしても、ずっと今のままというわけにもいかない。

 だが、今すぐに解決しなくてはならないというものでもない。

 人生は長い。生きようと思えば、生きていられる。それでも突然の死が存在し、そんなときのためにも、生きることが大切なのだ。生きるという意思と、意地が。

 人生にバットエンドはなく、ハッピーエンドも存在しない。

 小説のように、白黒はっきりした終わり方などあり得ない。

 例え犯人が捕まろうが、大切な者を失った人生を歩まなければならない。

 例え犯人が捕まろうが、誰かを殺す事が出来た人生に満足するかもしれない。

 個人ではなく、囲われたモノではなく、人は世界と繋がっている。

 一人でいても、干渉してしまう。

 連鎖で螺旋に、巻き込まれる。

 それが人生だ。

 見上げた空は眩しく、俺は視線を戻した。

 地面ではなく、前に。

 叶宮那珂がそれでも見据えたように、先を。

 世界は今日も曇って晴れて雨が降る。




                END

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