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二話 1-2 共存確認


     φ      φ


 先ほどから店員が視線を送ってくる。まるで牢屋に入れた犯罪者を見張る眼差しだった。それも仕方ない。下手をしたら本当に、犯罪者になる可能性の男が目の前にいるのだ。

「なんだお前、食わないのか?」

 男が私のアップルパイを見て、そんな暢気なことを言った。

 置かれている状況が理解できていないとしか思えない発言だったが、窘める前に、男は私のケーキをかっさらうと大して美味そうに食べるわけでもなく、作業や課題のように口に運び咀嚼する。食べ物があるなら食べる行為をしなくてはならない、とでも言うかの如く、ただ口を動かす行動を取っているように見えた。

 いくら私が甘い物をあまり好きではないと言っても、勝手に食べられ黙っているわけにはいかない。失礼極まりない行為であるし、ジロリと非難の眼差しを向けてやった。

「人の物を盗るなって、教わらなかったの?」

「食べないのは失礼だろう。こんなに美味いのに」

「だったらもっと美味しそうに食べなさいよ」

 暖簾に腕押しとは少し違うが、まったく応えている様子がない。わざとやっているのか天然なのか、ケーキを失敬したことに対し何とも思っていないようだった。文句を言う気力も失せ、どうせ元々あまり食べたいわけではなかったのだし、食べていないのだから金はこいつに払わせよう。私は一緒に来たコーヒーを啜りながら、この不可思議な男が何なのか考える。

 男、名前はまだ聞いていないが陰気な雰囲気を漂わせるこの男は、初対面にも関わらず金を貸してくれと言ってきた。直接的には言ってないが、それでも金はあるかとまるで自分は持ってないような言い方だったのでそう解釈している。無論、店員も同じ感想を持っているため、見張る形で私達のテーブルを、男から視線を外さずにいた。

 金がないから出してくれと見知らぬ男に言われ、聖人でも善人でも偽善者でもない私がはいそうですかと払うほど愚かではない。むしろ了承するのが善い行いと評価を下すのは疑問があるけれど、当然の如く拒否した。

『は? 何を言ってるの?』

『難しいことじゃない。いや、金を持つというのは確かに難しいことだが、聞いているのはそれほど難しいことじゃない』

『……聞いていることも十分難しいことを言っていると思うけど』

『お前に金があれば、難しいことじゃないだろう』

 意思の疎通以前の問題だった。

 おちょくられているのかと思ったが、男は真剣に、陰気そうな表情で椅子から立ち上がると私達のテーブルへとやってきた。その際、店員が反応していたが気にしない。私には関係のないことだからだ。

 男は私達のテーブルへやってくると、そのまま私のアップルパイを食べたのだ。

 普通なら萎縮ないし怪しい男に警戒を持ってもいいのだが、それほど危険を感じていなかった。見るからにひ弱そうに見えたのもあるし、身長は意外とあったが筋肉というよりただ伸びただけといった印象で、周囲には人が大勢いるので、バカな真似はしないだろうと考えたのだ。

 この考えが浅薄であるのは否定しない。甘い思考だと言われれば反論のしようがない。

 クールに大人びていると評価するクラスメイトが今の現状を見れば、さらにその評価を強固とする意見を述べるかもしれないが、実際は違う。

 先述した通り話す相手がいないので、そういった口数の少ない人が誤解されやすい評価を受けてはいるが、実際はみっともなく怯えながら店を出るだろう。

 ただの女の子のように。

 ただの女の子なのだから。

 普段の私なら、そういう行動を取るはずだ。

 じゃあ何故、そうしないのか。

 これはきっと、男の第一印象が問題だったのだろう。

 私に似ている、そんな錯覚を覚えてしまったから、シンパシーなんて感じているわけではないが、そんなヒドイ事はしないんじゃないかと思ってしまっている。

 よくよく考えれば、女子高生に金がないかとたかる真似をしている男だ。信用できる相手ではないのだが、もぐもぐと無心に食べ続ける男を見てちょっと可愛いと思ってしまった。

 可愛いの基準が解らないと世の男子は言うだろうが、可愛いと思った私にもよく解らない。とりあえず面白い行動は可愛いと言っておけば通じるだろう。

「みやちゃんみやちゃん」

「ん、なに?」

「知り合いなの?」

「は? そんなわけないでしょ」

 何を思ってそんな馬鹿げた事を、と思ったが岬の言い分はもっともだった。突然金があるかと聞いてきて、唐突に相席を始めた見知らぬ男。拒否するわけでもなく、同席を認めている。しかも金がないかと初対面で言うわけがない。知人でない方がおかしい。

「じゃあ、なんでこの人いるの?」

「それは……」

 なんと答えればいいのか悩んでいると、

「俺はお前のために来た」

 と、意味不明なことを言い出した。

「は? 誰のためって言ったの?」

「お前だよ小娘。友達もいなさそうな、幸薄いと顔で公言している恥知らずのお前にだ」

「……喧嘩するために来たの間違いじゃない?」

 恩着せがましく失礼なことを言われ、苛立ちを隠さずにいられなかった。

 やはり勘違いだったのだろう。可愛いと思ったのも私に似ていると思ったのも間違いだ。

 こいつはただの無銭飲食者で、これから冷たい鉄格子の中で暮らすことになる犯罪者だ。

 店員を呼んでさっさと追い出してやろうとしたら、男は私のコーヒーをまたもや無断で勝手に飲みながら言った。

「いいか、小娘。お前の悩みを解決してやる。お前じゃ解決できないことだが、俺なら出来る。だからここの代金を払えというだけの簡単な話だ」

「岬、ちょっと店員呼んできて。無銭飲食者がいるって通報してきて」

「待てよ嬢ちゃん。そんな突っ張っているとモテないぞ。女は少しバカな方がモテるんだ。お前に胸はないが、度胸がある。それは大切なモノだ。大事にしろ」

「黙れ変態。私のサイズは標準だ」

 男は私の胸部を見て、続いて岬の胸部に視線を移す。

 そして、ふっ、と笑って言った。

「標準というは、基準に達しているモノを言うんだぞ。そんなことも知らないのかお前は」

「今すぐ通報されたくなかったらさっさとどっか行け」

「待てと言っているだろう。そう慌てるな。お前の胸に興味なんぞこれっぽちもない。俺が

興味を持っているのはお前の悩みだけだ」

 男はコーヒーを啜りながら、気が付いたように言った。

「あ、関節キッスだ」

「殺す」



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