八話 合縁奇援 1-4
来栖は煙草をもみ消し、私の思いついた、考え付いた結論を口にした。
「お前に相談をした奴、船波七海が全ての発端の可能性がある、ということだ」
「船波さんが……犯人?」
それは、些か突拍子もないことでもある。状況的に考えると、船波さんが彼を殺して、私に罪をなすりつけている、そんな推理と呼んでいいのか解らない、結論がある。
来栖が言った『たまたま』。一回ならともかく、いくらでも続いて構わないが、でも続いた結果、それが繋がってしまうのが問題だった。
でも、本当にそんなことがあるのだろうか。船波さんは彼に恋をしていたのだ。好きな相手を殺すなんて真似、するだろうか。
私の疑問に来栖は、似ているだろ、と言った。
「お前も少なからず、似たことをしようとしただろ」
「似たことって……別に私は、誰かを殺そうとなんてしてないし、好きな人なんて」
「自殺も人殺しだ。自分を殺す、殺人だ。人を殺す考えの時点で、それは変わらん。それにお前は、自分の為に自殺しようとしただろ。愛する自分を他人に覚えてもらう為に、愛する自分を他人に植え付けるために。同じだ。ただ、方向性が違うだけの話だ」
「方向性って……?」
「船波七海は、他人を自分に植え付けようとした、ということだ」
私は自分を他人に残そうとして、船波さんは他人を自分に残そうとした。
愛する人を残す、その点だけ見れば、来栖が言っていることも解らなくはない。
ただ、私とは違い、船波さんが何故、殺さなければならないのか説明はつかない。自分の中で思い出として残すならば、何も殺す必要はない。高校時代の、青春の一ページとして刻むなら、何も相手を亡き者にすることなどないのだ。
それなのに、船波さんは殺人という手段を選んだ。
その説明が、つかない。
「わざわざ殺す必要の説明がつかないわ」
矛盾点を指摘すると、来栖は小さく「まだまだ子供か」と呟いた。テーブルの上にある灰皿に視線が行くが、ぐっと我慢する。今日は一応助けてもらったのだ。杭田だけでなく、それ以上に、私という存在をこの世に留めてくれた。感謝の気持ちもある。ならばここは、ちょっとした失礼な言葉も耐えてあげるのが大人の対応というものだろう。
「お前と同じと言っただろう」
私と同じ。記憶に残す、ということ。
他人と自分の違い。
ただ、それだけじゃなく、同じと違いはそれだけじゃなく。
「船波七海は、自分が恋人だったと、周囲に認識させる目的もあったということだ」
「どういうことよ? 船波さんが恋人って……あれ? そういえば、船波さんって結局、恋人だったの?」
杭田の話では、船波さんは自分が恋人だと隠していた、と言っていた。しかし、私が相談された時は、そんな話は聞いたことがない。聞いたことがない以前に、そもそも恋人がいるからどうしたらいいかと、相談してきたのだ。どちらも船波さんの発言で、どちらを信じるべきかは、一先ず杭田の話と来栖の話を総合するなら、彼に恋人はいなかったという話になるのだが。
「一つ聞くが、お前はその男、彼か? そいつに彼女がいる話を聞いたことがあるのか」
「え、ないけど」
友人もいない私にそんな他人の色恋沙汰を知る機会などない。いや、待て。そういえば、岬が同じクラスで、恋人が欲しい発言を聞いていた。岬の話も合わせれば、やはり恋人はいなかったことになるのだけれど。
いったい何が正しいのだ。
「船波七海は既成事実を作ろうとしている」
来栖が言った。
「お前の友人の不動岬が聞いた話を元にすれば、大方の予想は付く。船波七海が恋人だと、周囲に認知させるために殺した。ただそれだけの話だ」
ただそれだけの、話じゃない。そんな話、それだけで済むはずがない。
恋人だと周囲に認めさせるために殺した?
「ちょっと待ってよ。それはおかしいわ」
「何がだ。話しに筋道を通すなら、これが一番しっくりくるだろう」
全ての辻褄を合わせるなら、来栖が言っていることも解る。だが、そもそもそれは、一番最初の前提が肯定されてなくてはいけなくて、しかもそれは、途中から否定されている。
「船波さんは恋人だと認めてもらいたかったんでしょ? だったら、それなら、彼女がいないって解っているなら、普通に告白すればいいじゃない」
そうなのだ。わざわざ殺す必要なんてなく、告白して了解を貰えばそれで解決してしまう。晴れて恋人同士になれば、それこそ自他共に認めるカップルの誕生になる。人を殺すなんてリスクを取る必要もなく、また、二度と会えなくなる人殺しをする必要もなくなる。
「したんだろうよ」
それらの疑問を、来栖は説明する。
「すでに告白をして、済ませてしまったんだろう。そして断られた。だからこそ、船波七海は殺人の選択肢しか残されていなかったんだ」
来栖の話を聞いて、悲しくなった。
愛するが故に殺した――のではないことを、知ったからだ。
愛する人を独り占めしたい、そんな意図は、気持ちは確かにあっただろう。
でも、それだけじゃない。
例え本人が、船波さんがそう思っていても、目的が周囲から認められることだとしたら、それは違う。
船波さんは恋人関係であることを、他人に求めたのだ。
自分ではなく、他人の心に。
本心ではなく、疑心を使って。
来栖が私と同じと言ったのは、その通りだ。
私も船波さんも、同じ。方向性が多少違ったとしても、同じだった。
どちらも自分のために行動し、そしてどちらも自分を他人に求めている。
船波さんは本当に愛していたのだろうか。最初は、告白した時は愛があっても、その後の、今も愛があれば、こんなことはしなかっただろう。
結局、人間はみんな自分が大事。
それは私も同じで、私の悲しみは、そんな私もみんなとなんら変わらないことに、思ったのかもしれない。
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