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七話 失意低迷


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「あれー? どうしたのみゃーちゃん、なんか元気ないけど」

「別に……いつも通りよ」

 隣を歩く岬が心配そうに見てくる。学校とは違い、いつものツインテールではなくやや短めのポニーテール。動物の尻尾みたいで可愛らしい髪型に、服装はラフでありながらもオシャレを忘れない小ぶりなワンピースにボトムス。対して私はジーパンに半袖のシャツに茶色の上着。一応首元にネックレスをしているが、飾り気が少なく、良く言えばクールで悪く言えば質素。岬と並ぶとそれがより顕著になった。

 学校が休みとなっている今日、私は岬を連れて街をぶらぶらしていた。目的があってさ迷っているわけではなく、遊びに出かけた程度の散策に近いお出かけ。本来なら学校の生徒が一人死んで喪に服すべきなのかもしれないが、同じ空間にいた人間が死んだとしても、赤の他人に近い間柄ではテレビで見る死者と変わりはしない。身近であって遠い存在だ。

 ただ、私から遊びに出かけようと誘った手前、不機嫌な態度も岬に失礼なので無理矢理に笑顔を浮かべる。不格好な私の作り笑いを見て、岬は尚も訝しんだがそれ以上追及して来なかった。珍しく私から遊びに誘ったのもあって、変に突かない方がいいと判断してくれたのだろう。こういう気の利かせ方は上手いのが岬だった。普段は空気が読めていない言動をしているのに、ちゃんとこちらが入って来ないで欲しいと思っているところは見極める。だからこそ男女隔てなく、人付き合いが出来るのだろう。その事に申し訳なさを覚えながら、私は気分転換をしたいが為に岬を誘った、こうなっている理由を思い出してしまう。

 それは昨日、来栖との会話が原因だった。


『……なんだと?』

 私の相談を聞き、来栖は口を半開きに間抜けな様で言った。

『お前、今、なんて言った?』

『だから、今回の事件でも事故でもいいけど、彼の死を利用したいから協力して欲しいって言ってるの』

 二度も言わせるなと言外に込め、私は簡単に考えた内容を伝えた。

 誰かの記憶に残るために彼の死を利用すること。

 例えば私が死んで、彼の関係がある、今回の階段などで死ぬ場合、どうやったら効果的にみんなの記憶に刻むことができるのか。普通に死んだのでは、彼みたいに近しい人以外には記憶に残らないことは確認済みだ。私もそうだし、岬だってクラスメイトありながらもさほど気にかけている様子はない。私のクラスに至っては、ほとんどの生徒が午後休みになっていたのを喜んでいた。だからこそ、そういった人達にもトラウマでもいいから私を植え付ける、忘れられず考え覚え続けさせるには、どうしたらいいかと。

 そしてまた、普通に死んだのでは、今回岬から聞いた話だが、先に怪しい呪われた怪談がすでにあり、二番煎じの私では記憶に残り難いのではないかと。

 大まかに話し、ただこの発想に至ったきっかけ、両親の話は削除して伝えると、来栖はただ一言、

『ふざけるな』

 とだけ言った。

 結構長めの私の語りに対し、来栖は簡潔にそれだけしか言わなかったのだ。目つきを鋭く、雰囲気の変わった来栖だったが、私はそんな来栖の変化よりも、ちゃんと考えず受け止めてくれていないことに腹が立った。

『ちょっと、こっちは真面目に話してるんだけど』

『尚更だ。冗談半分でもバカらしいことを、得意気に真面目なんて言うんじゃない』

 来栖は短くなった煙草を灰皿でもみ消し、新しい煙草に火を点ける。

 その態度は明らかに不機嫌そのもの。嫌な話を聞いて気分が悪くなったとでも言うように、来栖は隠すことなくむしろ訴える形で態度に示していた。

『お前、自分が何を言っているか解っているのか?』

『ああ、別に自殺補助をしろなんて言わないから安心してよ。ただの例えだし、それにあんたには関係ないでしょ』

 自殺補助は犯罪だ。さすがに赤の他人である来栖にそれを背負わせるのは気が咎めるし、まぁそっちの方が記憶に残ってもらえるなら考えるかもしれないけれど、せっかく相談に乗ってもらっている手前、無関係な人を巻き込むのはやはり気後れしてしまう。

 責任は負わせないからと伝えたのだが、来栖はそれを聞いてより一層不機嫌な顔をした。

『もう一度だけ言う』

 煙草を吸い、煙を吐きだして、言った。


『ふざけるな』


 刺すような視線。眼光。

 大声を上げているわけでも怒鳴っているわけでもないのに、来栖の言葉には重い、静かな怒りが内包していた。

『な、なによ』

 叱られている感覚。身体が委縮し、声が震え、膝が笑いそうになる。同時に恐怖も覚えるが、それはお化けや命の危険といった類とは違い、何故か解らないが胸が痛くなる、苦しくなる類の感情が湧き上がった。

 悪い事をして怒られているような、大人が子供を叱る時に感じるような、そんな気持ち。

 それでも私は、理不尽を感じながら考えずに、気持ちを言葉にした。

『別にこれくらい聞いてくれてもいいじゃない。なんでよ、怒らないでよ』

『怒るなだと? はっ』

 呆れた様子の来栖が鼻で笑ったのを見て、先ほどまであった恐怖が霧散する。未だ来栖は態度を変えず想いも変わらずにいたのだが、受け止める私の感情が変化した。

 言いようのない怒りが、心の中に芽生えた。

『お前、今自分がどれだけバカなことを言っているのか解って……いないな。いないからこそ、こんなバカなことを言えるんだろう。バカだとは思っていたが、ここまでガキとは思わなかった』

 突き放すように紡がれる来栖の言葉。

 一つ一つが私の心に突き刺さり、血が流れ、抜けない棘の痛みを発しているのが解る。

 遠慮のない、気遣いのない感情。それらが私を無遠慮に蹂躙している。

 離れていく。遠ざかっていく。

 目の前にいるはずなのに、来栖がもう私の近くにいない気がした。

『……彼の死を、利用するのがダメだって言うの?』

 それでも私は、耐えて。抑えて、私を、言葉を、絞るように、出す。

 いきなり話して賛同してもらえるモノではないことくらい、解っている。だから、ちゃんと説明して、理解してもらって、ダメなところは直そうと思っていた。

 もしかしたら、この時の私は、嫌だったのかもしれない。たった数回しか会っていないにも関わらず、私を知って、知ってくれた人が離れていくことに、恐怖を覚えていたのかもしれない。

 こうやって見限られて、忘れられることに、それが嫌だからこそ行動しようとしたのに、裏目に出てしまったのだと。

 ちゃんと言えば解ってもらえる。そう思って、私は食い下がった。

『あんまり良くないことは解ってる。だけど、ねぇ、聞いて? 違うの、そうじゃなくて……』

『それもある。だが、お前がバカなのはもっと根本的なところだ。ああいい口を開くな。何も言うな。これ以上俺に、お前を失望させるな』

 解って、しまった。

 違うんだ、私と来栖は、来栖なんかに、私のことなんか理解できないんだ。どうでも良かったんだ。来栖にとって、私なんか。

 それは、当然だ。私が彼の死を、船波さんの悩みをどこか赤の他人と思って接していたのと同様に、来栖はそれと同じ、私が彼らに抱いていた感情を持っていたんだ。

 突き付けられた現実に、言葉を失う。

 嫌だ、苦しいのは嫌だ。痛みなんて覚えたくない。解った、理解した。私は理解した。来栖が理解してくれないのを理解した。だから、もういいから、何も言わないで。お願いだから、これ以上私を傷つけないで――。

 そんな願いなど嘲笑うかのように、来栖は私を痛め続ける。

『お前の為に言ってやる。本当ならこれはルール違反だが、バカの頂点に立つお前は言ってやらんと理解できないだろう。いいか、俺がお前と出会ったのは』

『うるっさいっ!!』

 部屋全体が震えるほどの声を、身体が震えるほどの悲痛を、私は吐き出した。

 来栖とは違い、声を荒げ、私は感情に任せぶちまける。

『バカバカ言わないでよ! あんたに私の何がわかんのよ!』

『なんだそのお決まりの台詞は。お前のことなどお前以外に解るわけないだろうが』

『だったらもう黙ってよっ! あ、あんたみたいな奴に、どうこう言われたくなんかないんだからっ!』

 怒りだ、これは怒りだ。バカにされて、否定されて、黙っているなんて出来なかった。

 ただ、何故か視界がぼやけている。

 水彩画のように滲む世界。

 瞳に溜まる涙が、視界を彩っている。

『もういいっ!』

 私は部屋を飛び出した。これ以上、来栖の話を聞いていたくなかった。否定されて、傷つく言葉を聞きたくなかった。だって、来栖なら理解してくれると思ったのだ。あの変な奴なら、船波さんの相談も聞いてくれたし、それに、私と違って大人で、それでも両親みたいに私を見ていないわけじゃなく、ちゃんと向き合ってくれていると思っていたのだ。

 階段を駆け下り、商店街を駆け抜け、走り続ける。

 バカみたいだ。何を血迷ったことをしたのだろう。たった数回、数日前に出会った人間に、私は何を口走ったのだ。そうだ、相手は変わらない、大人だろうと、今まで出会ったことがない類の人種だろうと、なんだろうと、何も変わらない。

 クラスメイトや両親となんら変わらない、私のことなんか考えることもない、人間じゃないか。

『っつ!?』

 脚が縺れ、息が上がり、私は盛大に転んだ。

 膝を擦りむき、腕が熱く血が滲んでいることが解る。

『はぁっ、はぁっ』

 荒れる呼吸。収まらない鼓動。

 心はぐしゃぐしゃに、頭はぐちゃぐちゃに、世界が混沌と回っている。

『はぁっ……はぁ……はぁ……』

 周囲に誰もおらず、私はうつ伏せの状態で息を整える。

 段々と落ち着いていく心臓。

 そして、どうしてこれほどまで心が乱れ、感情的になってしまったのか解った。

 解って、しまった。

『……ははっ』

 枯れた笑いが零れた。

 他人の言葉なら良かった。それならばまだ、怒りはしてもここまでならなかった。

 滴が落ちる。道路に、地面に。

 雨粒のように、ぽろぽろと。

『ふぁ……』

 止まらない。止められない。苦しくて痛くて、張り裂けそうで、爆発しそう。

 解ったのだ。どうしてここまで感情的になったのか。

 簡単な話だ。私は来栖に、裏切られたと思ったのだ。

『ふっ……うぅ……うぇ……』

 座り込むように起き上がり、私は顔に手を当て隠す。誰に見られるわけでもないのに、咄嗟に。

 嗚咽は止まらず、水滴は流れ続ける。

 裏切られた。それは、信用していなければ、信頼していなければ起こりえない感情。

 私はいつの間にか、来栖にそこまでの感情を抱いていたのだ。

 この人なら、私を突き放さないと。

 この人なら、私を忘れないかもしれないと。

 根拠も想いもなく、ただ一方的な感情だけで、何も思い出を作っていなかったのに、私は来栖に依存した。

 だからこそ、これほどまでに苦しみと痛みを感じた。

 それと同時に、諦める。

 私じゃ無理なのだと、諦められた。

『ひっ、ひっく……うぇぇ……』

 力なく立ち上がり、私は帰宅した。迷子になった子供が親を探しているように、頼りなく儚く弱々しく、とぼとぼと、歩き出した。

 幸いにも、誰にも見られず帰宅することが出来た。女子高生が泣きながら、しかも擦り傷だらけの姿を見たら、何事かと思うだろう。説明できるわけもないし、その時は誰とも話したくなかった。それから誰もいない家に帰宅し、痛む身体に耐えながら風呂に入り、そのままベッドに飛び込んだのだ。

 枕に顔を押し付けて、底の見えない暗闇を見つめ続けながら。

 

「みゃーちゃん!」

 ハッと、顔を上げる。気が付けば不審な様子で岬が私の顔を覗き込んでいた。

 いけないいけない、昨日のことを思い出してぼーっとしてしまった。慌てて私は岬に返事をする。

「あ、ごめん。なに?」

「……本当に、どうしたの?」

 心配そうな顔をして、いつもみたいに語尾を伸ばすこともなく、岬が尋ねてくる。そんな彼女を見ていると、昨日のことをぶちまけたい感情が出てきた。

 けれどダメだ。それは、ダメだ。

 言えない、ではなく、言いたくない。

 もし話して、岬が来栖みたいに私を見捨てるかもしれないと考えるだけで、怖かった。

 怖くて苦しくて痛く、嫌だった。

 だから、

「何でもないわよ。ほら、行きましょ」

 まだ心配そうに見つめてくる岬の手を握り、私は歩き出す。繋がった手から温もりを感じながら、改めて自分の卑怯さと学習のなさを実感した。

 きっと私は、岬にも依存しているのかもしれない。来栖のように、何処かで求めていたのかもしれない。岬ならば、裏切らないと。だからこそ、今日誘ってしまったのだと。

 少しだけ、理解した。

 クラスメイトのことを、みんながやっていることを、学んだ。

 傷つけられたくないから、誰もがこうして本心を隠して、愛想笑いをして、やり過ごしているのだろう。私は来栖の言う通り、子供だった。バカだったのだ。

 だけど、もう少しだけ。

「ん? なぁにぃー?」

 振り返り岬を見れば、いつも通りの彼女が笑顔を浮かべている。

 だから私は、少しばかり感じた暖かさと、温もりを大切に仕舞って、何でもないと笑って返した。

 こうやって、みんな大人になっていくのだろうと、思いながら。


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