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六話 生損狂想 1-5

「殺人、かもしれんな」

「さ、殺人?」

 物騒な言葉に、驚きを隠せなかった。警察が事故と断定し、明らかに階段を踏み外した被害者が存在している状況で、それを殺人とするなんてバカバカしい。確かに杭田なんて探偵が現れて、状況的には二時間ドラマのサスペンスみたいだが、それだけだ。それだけで、殺人と決めつけるのは早急すぎる。いったいなんの根拠と、誰を犯人であると想定していると言うのだろう。

「バカじゃないの? 誰が殺すって言うのよ?」

「そうだな、状況的に見て一番怪しいのは……」

 来栖は煙を吐き、私を見た。なんだその目は、まるで私が犯人とでもいうような目つきじゃないか。私は見せつけるようにわざとらしく咳をして窓を開ける。髪に匂いがつくから嫌なのだ。それでもこちらを見続ける来栖に、私は溜息混じりに確認する。

「まさか、あんた私を疑ってるんじゃないでしょうね?」

「何も言ってないだろう。やましいところがあるのか?」

「あるわけないでしょ。そもそも、私は彼の顔も知らなかったんだし」

 だが、来栖は疑惑の視線を寄越してくる。まったくこちらの言うことを信用していない目だ。そもそも、私が彼を殺す動機がない。船波さんに相談されていたとは言え、その内容は恋愛だ。復讐や口封じなどといったモノではなく、殺す必要性がない。まぁ別に復讐という相談内容だったとしても、ほぼ赤の他人に近い人から頼まれただけで、人を殺すなんてバカな真似をするわけもないが。それくらい解っているのだろう、悪ふざけで視線を寄越していた来栖はまた煙を吐きだすと、ただ、と続けた。

「お前が殺していれば、最も上手くコトが運ぶ結果になっただろうがな」

「……どういう意味よ?」

 勝手に殺人犯にしないでもらいたい。私が殺していれば上手く運ぶ? 何のことだ?

 まずなにより気にするべきなのは、何故事故ではなく、殺人にしなくてはならないのかだ。普通ならこういった場合、殺人とバレない為に工作するもので、それが事故と片付けられるのが一番上手くコトが運んだ結果じゃないだろうか?

 それを来栖は、殺人であった方が上手くコトが運んでいたと言った。

「単純な話だ。恐らく、そうなった方が利益を得る奴がいた、というだけの話だ。俺の想像だがな」

「だから何がよ。なんで私が人殺しになると得する人が出てくるの?」

 例えばこれが推理小説のようなモノならば、殺人事件が起きて誰かに罪をなすりつけるために起こっていたとするならば、来栖の言い分も納得は出来る。

 罪を他人に着せ、あらぬ罪を被せることができる。

 だが、今回は例えそんな状態の推理小説だったとしても、来栖の話は説明がつかない。

 他人に罪を着せるのは、身代わりを用意するのは殺人事件が起きて犯人がいるという状況になるからだ。殺人ではなく事故であり、しかも本人の過失でしかない状況というのは、殺人という場合では一番上手くコトが運んだ結果だと言える。

 だからこそ、来栖の話はフィクションでもノンフィクションでも辻褄が合わず、理由となる根拠も出てこないものだった。

「詳しいことを知らん。ただ話を聞いた感じだと、それが一番しっくり来ると思っただけだ」

 投げやりに、無責任に言う来栖。

 腑に落ちないものの、今更終わった事件、事故についてあーだこーだ言っても仕方ない。不審な点がないから事故だと警察が決めたわけだし、私達がここで話し合ってもしょうがないことだ。

 それよりも、今日の本題は別にある。

「そうだ、ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ。金ならまだないぞ。諦めるんだな」

「そうじゃな……え? ちょっと、諦めるわけないでしょ。ちゃんと返してよ」

「もう少し待て。まとまった金が入る」

「一万くらいまとまった金がなくても払えなきゃダメでしょ……」

 有耶無耶にする気なのか不安だったけど、これは逆に都合がいいかもしれない。私の、これは野望と言っていいのか、それとも来栖に合わせるなら悩みや望みと言えばいいのか解らないけれど、相談事を話すのに、貸しを付けるのにちょうどいい。

 私は内心しめしめとほくそ笑みながら、恩着せがましく頼むことにした。

「はぁ、まぁいいわ。そうね、それじゃあ待ってあげる代わりに、ちょっと相談に乗ってくれない?」

 来栖は訝しんだ視線を向けてきた。今まで返せ返せと執拗に繰り返してきた私が、待つと言ったのだ。待つだけの価値があり、それだけの悩み、相談があると、来栖は感じ、面倒なことを言い出すんじゃないかと不審に思ったのかもしれない。

「なんだ、面倒なことか」

「別にあんたに動いてもらう期待はしてない。ただ、ちょっとアドバイスが欲しいだけ」

 そして私は、口にする。

 私の目的を、私の野望を。

 どうしようもないほど屈折した精神から生まれた、狂った計画を。

「今回のこの事故で死んだ彼を、どうやって利用したら私がみんなの記憶に残れるか、考えて欲しいだけよ」

 そう、事もなげに伝えた。


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