六話 生損狂想 1-2
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「まだ、食べるの……?」
私がカフェオレに口をつけながら言うと、岬は幸せそうな顔で頷いた。甘ったるい香りが鼻につき、ため息が出そうになるのを堪えながら、二度目の来店となる先日のカフェに来ていた。
来栖と出会った場所であり、店員と愉快な会話をしたあのカフェだ。相変わらず女性客が中心で、男性の姿は見えない。
来るには半年ほど期間を開けてから来たかったが、岬はここのケーキが気に入ったらしく、どうしてもここがいいと言い張った。来店した時のことを思い出すと、今もまだこちらに不審な視線を送ってくるウェイトレスの心情を想像するのは容易い。
ほんの十数分前の話だが、私と岬が店に入った瞬間、やはりというかなんというか店員が硬直した。
「いらっしゃ……!?」
「二名でお願いしますー」
「こ、こちらにどうぞ……」
「みやちゃんこっちだってー」
ぎこちない笑みを浮かべる店員を尻目に、岬はこの微妙に居心地の悪い空気に気付いていないのか能天気なことを言いながら店員の後をついていった。案内された席は奥の端っこだ。他の客からは見えづらく、それでいて従業員の出入り口が近くにあるので店員からは監視がしやすい場所と言えよう。完全に警戒対象にされていた。
「はぅー、みやちゃん美味しいよぉー」
「はいはい、良かったわね」
頬に両手を当て悶える岬。どうにもこの手のあざとい仕草をしたがる子だけど、何故か似合っているのだ。まぁ、似合っているからといって苛立ちが募らないわけではないけれど。
しかしこれだけ美味しいそうに食べてもらえれば、提供する店側も満足だろうと思ったが警戒が解かれる様子はなく、むしろ奇怪な動きをする岬にビクビクと怯えているように見えた。
「それにしてもー驚いたねー」
「ん? 何が?」
「ほら、あの死んじゃった子ーこんなに身近で人が死ぬなんてさー」
興味のなさそうな態度で、岬はケーキを突きながら言う。いつもの雑談の延長程度の感情しか籠っておらず、違う面白い話題を思いついたらすぐにでも切り替えそうだ。
「ん、そうだね」
カフェを飲みながら考える。珍しいことは珍しい。人の生き死にが当たり前の世の中で、こんなにも死が溢れている世界であるのに、私達は意外と生死について考えることは少ない。
真剣に考えることがバカらしい、と思っているからかもしれない。自分がそういう場面に出会うなんてことは、あるとは思っていても考えていない。それが、人間だろう。
「彼女もいたみたいだし、まだ若いのに可哀想ね」
心にもないことを言ってみた。いや、少しくらいは同情する。彼女がいて、船波さんからも好意を持たれていた。家族から愛情を受けていただろうし、そのことを考えると可哀想とは思える。だが、それだけだ。それ以上の感情は持てなかった。これはもしかしたら、嫉妬かもしれない。私には持っていないモノを持ち、焦がれたモノを持っていた彼に対する醜悪な感情だろう。だから同情はしても、階段から落ちて死ぬなんて少々間抜けな最後だとしか思えなかった。
それだけだった。この時の私は、やはり何処かおかしかったのだろう。
最低とも呼べる感情を、普通に受け入れていた。
そしてそれを呼び戻し、私に人間らしさを取り戻させたのは、愛すべき数少ない友人の岬だった。
私の発言に岬はきょとんと不思議そうな顔をすると、フォークを咥えたまま言った。
「え、彼女いたの?」
「らしいよ。聞いた話だけど」
「えーうそー」
嘘と言われても、その件で私は船波さんに相談されていたのだ。それは事実であり、岬がどう言おうと覆ることはない――はずがなかった。
「だって、教室で彼女欲しいーって言ってたよ?」
「……え?」
「あたし同じクラスだったけど、いつもそんな感じで、仲間内で愚痴ってるの見たよー」
そんなことは、ないはずだ。だって、船波さんが言ったのだ。彼女がいる人を好きになって、相談できる相手が私しかいないからと。略奪愛のような恋愛だからこそ、私に相談したのだと。
だが、言うなればそれだけだ。
それだけでしかなかったのだ。
私の情報はそれだけで、船波さんからの一方的な情報でしかなかった。
それを考慮するなら、岬からの一方的な情報も、正しいと言える。
どちらも正しく、しかし正反対の意見。
なんだこれは、どういうことだ。
何かがおかしい気がする、どこがおかしいのだろう。
違和感があるのに解らない。そこに違和感が存在しているにも関わらず、私はそれがどこから発せられているのか見えなかった。
船波さんの勘違い、だったのだろうか。それならば納得がいく。恐らくここが、というか当然だが、違和感の正体は情報の齟齬だ。
だけど、本当に?
そこが違和感を覚える場所で、あっているのだろうか?
考えても答えは出ない。何もない場所で何かを見つけろと言われている気分になる。ただまぁ、それは考えても仕方ないことかもしれない。彼は死んでしまったのだし、そこに問題があるわけじゃない。不幸な事故だろうと、死は死だ。死んだ人は帰ってこない。仰向けに倒れ、頭から血を流し眠ったように横たわっていた彼は、そのまま永遠の眠りについてしまったのだから。
思考を放棄する。考えてもしょうがないことだと棚に置く。そもそも、私にとって都合がいいのは彼がこうやって死んだことで、彼に恋人がいたかどうかなど関係ないのだ。
船波さんの勘違いだった、で済む話だ。私の話には関係ない。
ただ、少し。
好きな相手のことであり、恋して愛していた船波さんが、その相手の状況のことを知らなかったということに、少しばかり引っかかりを覚えるけれども。
岬の方も不思議そうにしていたが、何かを思いついたような顔をした。
「あ、じゃあもしかしたら、噂の女子生徒の幽霊が関係してるのかな?」
「幽霊?」
「なんでも好きな人に振られて自殺した女子生徒がいるんだってー。それに呪い殺されたのかも? 見知らぬ女の子が彼の傍にいたって噂もあるんだってー」
「……ふーん」
その話は、少し困った。彼に恋人がいないだけならば、まだ問題はなかった。けれど、そこで幽霊が出てこられると、計画が狂ってしまう。その役割は、幽霊に呪い殺される役割は、私のはずだったのに。
私が彼の死で思いついたのは、そういった学校の七不思議に値するモノだった。
もし、彼が死んだ後に、彼の関係する場所で私が死ねば、それはきっと今の岬のように、噂となって残る。
学校の七不思議とは、いつの時代でも語られる代物だ。
大体が根拠のないモノが多い中、今回は実際に人が死んで、そのすぐ後に私が死ねば、根拠のある都市伝説に成りえると思ったのだ。
深く考えていない思いつき程度の案だったが、なかなか良い線をいっていると思ったけれど、こうして後から情報が出てくると、それも使い辛い。
インパクトと言えばいいのか、私の印象が薄れないだろうか。これは保留にしておいた方がいいかもしれない。
ちぇ、せっかくトラウマにも等しい思い出として、家族だけじゃなく教師や生徒のみんなに覚えてもらえると思ったのに。
私の目論見は、早くも瓦解してしまった。まあいい、他にも方法はあるだろう。上手くすれば、今回のこれだって使えなくはないのだ。
そんなことを考えているとは知らぬ岬に、私はその心内を隠しながら接する。出来れば岬もずっと、私のことを覚えていてくれると嬉しいなと思いながら。
五個目のケーキを注文する岬に、太るぞと言った時、テーブルに影ができる。
それは切り取られた人影。
店員とは違う、私達のところに来た招かれざる客。
「ちょっと、いいかな」
そいつは柔和な笑みを浮かべ、ミーハーな女子にモテそうな甘いルックスを携えながら、優しく語りかけてきた。
「今の話、詳しく聞かせてほしいんだけど」
この時、私はもうこの店には二度と来ないと誓った。恐らく店員の方も二度と来ないでくれと思っただろう。
私達のテーブルに来たのは、女性客で占められている店内の少数に値する側の人間。
いつぞやの来栖と同じく、この店では珍しい部類の、男が声をかけてきた。
「……誰よ、あんた」
私が不審な眼差しを向けると、人懐っこい顔をした彼は大仰に手を広げた。
「ああ、怪しい者じゃないよ。僕は……」
そういって男、少年とも呼べる年齢のそいつは、懐から一枚の紙を取り出す。
ああ、デジャブだ。嫌な予感がする。嫌な相手な気がする。
私の予想通り、少年が出した紙には不吉で面倒な臭いのする言葉が書かれていた。
「警察から協力を依頼されている、ただの探偵さ」
名刺には、『探偵 杭田数秘』と書かれていた。
また、きらきらネームの被害者が現れたのだった。
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