五話 恋愛相談 1-2
一途で真っ直ぐ、良く言えば。
頑固で我がまま、悪く言えば。
放課後で、周囲に人がいなくなってから話し始めたので誰もいない。夕暮れにはまだ早い時間帯で、校舎から雑音に等しい物音が教室に届いている。窓の外には部活動をしている生徒が多く見え、私はしばし、それを眺めた。
少し、引っかかってはいたのだ。
船波さんは私と来栖の会話を聞いて、私に相談したと言った。大人の恋愛をしていると勝手に勘違いし、相談してきた。それが私に持ちかけた理由だけど、それは果たして、理由になるのだろうか、と。
例えばさっきの質問で、船波さんが負い目なりいけないことだと自覚しているなら、私に相談するのは解らなくはない。友達に相談するには、少しばかりヘビーな内容だ、ヘビーだが、ヘビーだからこそ友達に相談するという場合もあるが、それでも周囲の目を気にして、関係の薄かった私に相談したのなら解る。だが、今の船波さんの話を聞く限り、そういった後ろめたい感情を持っているようには見えなかった。どうして私だったのだろう。何故私を選んだのか。それが謎で、疑問だった。
実は何度かなんで私に、と聞いたことがあるのだが、彼女は決まって、「大人の恋愛をしているのは、あたしの知る限り、叶宮さんだけだから……」と言うのだ。
まぁ、それはどうでもいい。どういう経緯であれ、私は相談を受け、引き受けたのだ。ならば、私がすることはアドバイス。助言をして、彼女を導くだけ。
こういった相談を受けたことがないので、どういう対処をするのが正しいのかいまいち解らないが、私は私にできることをするだけだ。来栖にもあれから電話をしているが、もう少し待てと頼りない返事しかもらえない今、私が動くしかない。
「じゃあ、さっそくだけど」
本題に移ろうか、と私は言った。
なに、簡単だ。恋愛相談と言うけれど、略奪愛だとしても、愛は愛で、恋は恋だ。
それならば、私が言えることは一つ。私だけが言えることは、一つだけだ。
「相手に好きな人がいる状態なら、塗り替えればいいのよ」
「塗り替える……ですか?」
「ええ」
簡単な話だ。結果に繋がるまでは難しいかもしれないが、語るだけなら難しいことはない。
要は、彼が好きな人を、船波さんに塗り替えてしまえばいいだけの話。
「その彼が彼女を好きだとしても、人って案外、簡単に誰かを好きになるものよ。さっき言っていたみたいに、不倫とかもその結果だしね」
「ははぁ、それで?」
「彼の記憶に、刻み付ければいいのよ。忘れられないくらい、忘れようがないくらい、強烈な記憶を」
負い目だろうと何だろうと、意識させてしまえばいいのだ。
恋は美しく儚く、愛が清く正しいものである必要など、ない。
恋愛は戦争だ。好きな人を得るために、相手の領土に、心に侵略していくもの。
だから、船波さんを無理矢理に意識させるだけの『何か』を彼に残せば、それでいい。ただこれだけで彼が船波さんに恋慕の感情を抱くわけではないので、下準備というか、計画と言えばいいのか、策略なり策謀が必要にはなるけれど、それでも一番重要なのが、覚えてもらうこと。
拭っても拭いきれない鮮烈で強烈な記憶を、思い出そうとするにも及ばず常に考えさせる状態にさせることが出来れば、それはもはやこちらの勝利と言える。
……まぁ、こんなのは恋愛なんて言えるわけではないかもしれないけれど、普通とは違い、誰かから奪うということならば、これくらいしなくちゃダメだ。
ただ好きですと言っても相手は他の子を見ている。ならば、他の子を見る余裕をなくせばいい。
自分だけを考えさせる、状態、状況に陥りさせればいい。
「そうやって相手が船波さんのことだけを考える状態になれば、きっと……?」
私の考え、思いついたことを話していると、船波さんが無表情に眼を見開き、無言で私を見ていた。あまりに過激な提案に、引いてしまったのかな。自分自身でも頭のおかしいことを言っているんじゃないかと不安ではあったが、岬との会話で、こういう考え方もありなんじゃないかと思ったのだけど、やっぱりその、あれだったかな。
常軌を逸している、だろうか。だろうな、と私は思った。
話している最中も、本当にこれが恋愛の話なのか不安はあった。いくら恋愛の経験がないとはいえ、言っていることは人でなしと後ろ指をさされても仕方ないことくらい自覚はある。
ただ、解ったのだ。
誰かの記憶に残るには、普通にしていたのではダメだと。行動し、刻み付けるほどの何かをしなくてはいけないのだと。
あの日の夜、両親を見て思い知った。
「……もちろん、こんな方法じゃなくて、他にも告白してみるって手はあるけど」
誤魔化すように、私は付け加える。ああ、これは逃避だ。私は今、安全で安心な、常識という逃げ道に入ろうとした。超えてはいけない線を見て怖気づいたと言ってもいい。船波さんの反応を見て、自分がどれだけ冷静を欠いたことを言っているのか改めて思い知る。
こんな私だから、みんな忘れるのだろう。思い出そうなんてせず、想い残すなんてこともしないで。
急に居た堪れなくなる。やっぱり、私なんかの考えじゃ、考えは、おかしいんだろう。
今すぐに逃げたい気持ちになり、私は適当に話を終わらせようと、口を開いた。
「凄いです!」
開いた口が、何も発せずそのままに固定される。見れば船波さんはキラキラと瞳を輝かせ、感動したとでも言うように両手を組み私を見つめていた。
「……え?」
「さすがです! そんなこと、全然思いつかなかった……そうですよね、私しか見させないようにすれば、彼が他の女を見ることもなくなりますし……んー! さすがです叶宮さん!」
「え、ちょっ、きゃっ!?」
感極まって抱き着いてくる船波さん。私は何が起こったのかなかなか把握できず、一拍遅れて、認められたのだと理解した。
船波さんは、私の提案を素晴らしいと言ってくれたのだ。
「ありがとうございます! やっぱり叶宮さんに相談して良かったです!」
「え、ま、まぁ……ね」
真正面からお礼を言われ、少し照れてしまう。こんなにも喜んでくれるとは思わなかった。それだけに、嬉しかったのだ。
思わず零れそうになる笑みをなんとか我慢し、未だ抱き着いてはしゃぐ船波さんに為すがままにされる。船波さんは身体を離すと、私の肩を掴み、満面の笑みを浮かべながら、少し言い難そうに口を開いた。
「あたしやってみます! それで、その……」
眉を落とし、困ったような、不安そうな顔をする船波さん。なんだろうと思っていると、呟くように小さな声で、「叶宮さんにも、手伝ってほしいんですけど……」と言ってきた。
私はそれを聞いて、思わず笑みを零す。先ほどとは違う、嬉しさのあまりに漏れてしまうだらしないものではなく、可愛いなと慈愛の類の笑みを。
「もちろん、私が言ったことだし、協力するわ」
「っ! ありがとうございますっ!」
船波さんはまた私を抱きしめた。少しばかり苦しいが、この苦しさは、なんだかくすぐったい。嫌ではない、苦しみだった。
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