四話 心情確認
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誰かを好きになるのは自由だ。
なら、すでに好きな人に恋人がいる時でも、それは自由に想っていいのだろうか。
「なんだそれは」
私の話を聞き、来栖は呆れた声を出した。
「お前、それはどういうつもりだ?」
「どうもこうも、そういう話よ」
話す分にはややこしいことなどない。単純明快と言ってもいいくらい、何処でも行われている恋愛模様だ。ただ、それに関与するとなると、少しばかりややこしくなる話なだけだ。
私から話すことは終わり、来栖の意見を聞こうとするが、当の本人は先ほどよりもうんざりとした表情で椅子に背中を預けていた。
「お前は恋をした事がない寂しい奴だから解らないんだろうが、これは厄介だぞ。いや、面倒という方が正しい」
「恋くらいしたことあるわよ」
「幼稚園はなしだ」
「な、なんで知ってんのよ……」
しかしだ、幼稚園と言えどやはり恋は恋だ。恋をしたことがない、と言い切るには私にも恋焦れた人がいたわけである。それが例え幼稚園の先生で、それが例え親と離れた心寂しさを埋める感情から生まれた恋慕だったとしても、恋は恋だろう。それを否定するには、人はあまりに恋を知らない、私はそう思う。
「まぁいい、お前の悲しい子供時代には何の興味もない。今も寂しいお前の人生にとって、これから寂しさと付き合う上でかけがえのない思い出だろうからな。大事にしろ」
「うっさいわね! あんたこそ、どんな青春時代送ってきたんだか。どうせクラスの隅っこで読書してただけでしょ」
「そんなことはない。良い青春を過ごしたさ。お前には想像もできんだろうが、恋人だっていたんだからな」
「はいはい、虚しくないの? そういうのはいいから、意見を聞かせてよ」
「意見、と言われてもな……」
来栖は羊羹の袋を破り、齧りつく。甘い物が好きということは解ったが、虫歯にはならないんだろうか。先ほど冷蔵庫を開けた時も、中に入っているのはコンビニのケーキなど甘い物で占められていた。体型を見ても太ってはいないし、むしろ痩せて不健康に見える。少しばかり羨ましいと思うのは、やはり私も女の子だからだろう。
「お前はどうするつもりだ?」
「え、私?」
話を振られ、返答に困る。正直、私自身に意見などない。こんな相談が初めて、というだけでなく、元々どうするかを考えている最中だったのだ。
だから、私は正直、どうでもいい。
「まぁ、相談されたからにはどうにかするつもりだけど……」
「そうじゃない」
来栖は羊羹を飲み込み、出しっぱなしで埃が入っていそうな麦茶を啜った。見たところ埃は積もっていないので最近注いだモノだろうが、あまり清潔とは言い難い。
「お前はその恋を、叶えさせるつもりなのか」
「えっ」
麦茶を飲みながら、尋ねてきた。
叶えさせるとは、つまり成就させるか、ということ。
彼女の恋を応援し、手助けし、恋人から彼を奪うということ。
「そのつもりで、話したんだろう?」
「ま、まぁ……そう、ね……」
肯定はしたものの、そこまで考えていなかった。
恋を応援する気持ちくらい、私にだってある。他人事だけど、他人事と思いながらも頑張れくらいは言える。
だが、本当にやっていいのだろうか。
既に恋人がいる相手。その恋人を別れさせ、彼女と恋仲にさせることは、正しいのだろうか。
今更ながら、あまりにも遅すぎる事実に、考えが至る。
ただ私は、もしこれで彼女の恋が叶ったら、私のことを覚えていくれると思ったのだ。
彼との恋を応援し、成就させた功労者として、忘れないだろうと。
覚えていてくれるだろうと、思ったのだ。
来栖は真っ直ぐ私を見る。
ひどく息苦しい、居心地が悪い視線。
「わかった」
「え?」
来栖は、まだ考えている私を余所に、了解した。
「お前の依頼、そいつの悩み、俺が解決してやろう」
浅はかな私を置いて、話は進んでいく。
どこかに、どこかへ。
私の知らない、場所へと。
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