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三話 伝存証明 1-6

 誰からも相談ということをされたことがなく、誰にも相談というものをしたことがない私は、気軽に、簡単に、誰かの悩みを話した。

 それがどういうことなのか、考えもせずに。

 来栖は一瞬鋭い視線を送ってきたが、立ち上がるとひょこひょこと歩きながら椅子に座る。貧弱な奴だ。

「ふむ」

 顎に手を当て、デスクに肘をつき尊大な態度になる。来栖はもう一度ふむ、と言い、私を見た。

「それは依頼、ということだな」

 雰囲気が、変わった。

 そんな、ことはない。気のせいだ。

 ただ、少しだけ。


 怖い、と感じた。


 私はそして、そして。

 来栖に話す。今日出会った、いや出会ったのは何か月も前の話だけど、実際に会話らしい会話をしたのは今日が初めての、彼女の話を。

「それで、どんな悩みだ」

 先ほどの違和感は霧散して、いつも、という言い方をするには短い付き合いだけど、それまでの来栖の空気になっていた。だらしなくて、陰気そうで、貧弱な男。

 やっぱり勘違いだったようだ。私はさっそく、来栖に話す。内容を、相談を、悩みを。

「恋愛相談、なんだけど……」

 口に出してから、今更ながら不安を覚える。

 来栖がやっている悩み解決屋というのがどういうものかは知らないが、恐らく探偵みたいな仕事だろう。小説やドラマに出てくるような類ではなくて、浮気調査とか犬や猫探しといった地味で地道な夢もない、現実に落ち着いているものだろう。

だから、今更ながらこういった相談内容でも大丈夫なのか気になった。

 しかし来栖は、

「ふん、子供にありがちな悩みか」

 とだけ言って、先を促す。どうやらこういった悩みでも問題はないらしい。

 ならばさっそく話してしまおう。面倒事を背負い込むのは厄介だ。実にうざったい。そんなお人好しがやるようなことは、誰か他の人に任せるのが私だったのだけれど、こうなっては仕方ない。

 引き受けたからにはやり通す、なんてことは微塵も思っていないけど、来栖に話した時点でそんなものは皆無だけど、それでも、少しくらいならやってみようと思っていた。

 もしかしたら、これで私は、あの子に覚えていてもらえるかもしれない。

 ずっと、いつまでも。

 忘れずに、思い出さずに、覚え続けてくれると。

「あのね、ちょっとややこしいんだけど」

「恋愛でややこしくないなんてことはないだろ。大抵の恋愛はまず、ややこしいところから始まるんだ」

「あのね、つまらないこと言わないで聞いてね?」

「………」

 大人しく黙る来栖を尻目に、私は彼女の話をする。相談された経緯は省略して、内容だけ。といっても好きだ嫌いだの話なので、大したものではない。

 ただ一つだけ、厄介で面倒なところがあった。

「ふむ、聞いた限りだと、好きな男子がいることだが、それのどこが悩みだ? 好きなら好きと言えばいいだろ。お前みたいに青春を無駄遣いしないよう、さっさと告白されば済む話だ」

「誰が青春を無駄遣いしてるって?」

「お前は現状に満足しているのか?」

「……別に、好きな人いないだけだし」

「恋とはするもんだぞ。待っているだけじゃ一生できないものだ。大人になれば恋人ができる、大人になれば就職できる、大人になれば家族を持てる。そんな確証もないことを、お前ら子供は信じる。順風満帆な人生というのは、それをしようとした行動に付いて来るものだ」

「そうね、あんたみたいなのには成りたくないわ」

 説教みたいなことを言い出した来栖だが、こいつだけには言われたくない。まともな仕事をしているわけでもなく、まともな人間関係を持っているとは思えず、まともな大人に思えないこいつだけには。

「それで、俺は何を言えばいい。告白場所を選んでやればいいのか? それとも背中でも押す言葉をかけてやればいいのか?」

 来栖は明らかにやる気がなくなった態度で言うが、違うのだ。

 恋愛相談なんて、小説やドラマにありふれている恋愛モノなんて、もっと簡単に済ませることができる。もちろん、友人関係で真剣に相談に乗ってあげたり、同じ人を好きになっていたり身分やらなんやらの違いで叶いそうもない恋ではなく、ただの学生の恋愛なのだ。

 難しいことはそれほどない。

 難しいのは告白する本人の勇気だけだ。

 だから、同じクラスと言えどほぼ他人に近い関係で、身分の差なんてものを意識しなくていい一般の学生の恋なら、来栖が言ったように後押しをしてあげるだけで済んでしまう。

 それだけなら、だ。

 それだけじゃないから、私は今、来栖に話している。

「違うのよ、それだけじゃないの」

「ほぅ、なら他に何がある」

「いるのよ」

 来栖が眉を潜めた。何を言っているのか解らないのだろう。

 私だって、解りたくもない。

 でも、それを聞いた時、これが恋なんだろうなって、思ってしまった。

「その子が好きな人には、もうすでに、恋人がいるのよ」


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