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一話 生存確認

 死んでしまう。

 死んでしまう。

 今日を生きて明日を見て、昨日を忘れ一昨日が消える。

 何処までいっても死んでしまう。

 一昨日の私は消え去って、昨日の私は蜃気楼。

 今日の私は削られて、明日の私は夢の中。

 死んでしまう。

 死んでしまう。

 このまま世界から、死んでしまう。


 ―――だから私は、生きてみる。

 一昨日を強烈に、昨日を鮮烈に。

 明日を鮮明に、今日を克明に。

 生きてみる。

 生きてみる。

 死なぬために、生きてみる。

 生きるために、生きてみた。


     φ      φ


 世界がはっきりと感じられる瞬間を、私は知らない。

 いつでもどこでも、どんな時でも私の視界の中に居続ける現実は、けれど現実感を伴って存在することはなく、何処か漂う空気のように希薄な印象を匂わせながら流れていた。時間が流れていた。

 手足は見えるのに感触がないような、感触はあるのに見えないような、そんな漠然とした感覚でしか世界を捉えられていなかった。

 世界は本当にあるのだろうか。そんな、中学生が考えそうなどと定番の返しをされてしまいそうな想いがずっと私の心には燻っていて、それがどうしても拭えない幼稚な自分に嫌気をさしながら、今日も毎日を生きている。

「ふぁ……」

 はしたなく大きな欠伸をしてしまい、世間の体裁を取り繕う形で口元に手をやるが、それほど気にしてはいなかった。

 周囲を見渡せば教室という名の牢獄が見え、私と同年代の男女が蔓延っている。彼らは私のことなど気にしてはいない。特筆すべき点などなく、凡人とも言える私に興味を持つ人間など、片手で数えるという言い回しを否定するのにちょうど良い表現と言えよう。

 誰も私を見ることはなく、誰も私を気にすることはない。

 これだけ見れば寂しさを覚えられるかもしれないが、私自身、気にしてはいなかった。

 他人からどう見られることに、気を配っていなかった。

 いつかどころか今でさえ忘れらていそうな私なのだ。今更他人の目を気にしたところで、そもそも私が教室にいると認識している人間はどれほどいるのか。

「みやちゃん帰ろーっ!」

 そんな私にも、こんな私だからこそ、声をかけてくる、きてくれる人間はいた。快活で爛漫、元気に気さくに明るく華やかな、布藤岬ふどう みさき。ツインテールという狙っているのか天然なのか、どちらにしても痛々しい髪型をしていながらも妙に似合っている彼女が、頬杖をついて欠伸をしていた私に声をかけてきた。帰ろうと、ここから立ち去ろうと。

「ああ……うん……」

「みやちゃーん? 起きてるー?」

「起きてるよ」

 気だるげに私が答えると、岬は「いつもローテンションなんだからー」と不満を漏らす。元気一杯の彼女と比べられるのは荷が重すぎる、というより比較対象とするにはあまりにもかけ離れているので、私の方こそ不満というか比べないで欲しいと思ってしまうのだが、数少ない、それこそ片手で数えられる友人の一人と考えると、大事にしないといけない相手だと解っていながらも疲労を覚えてしまう。

 それでも、だからこそ、こんな私だからこそ、声をかけ気にしてくれる友人がいるからこそ、私は寂しさを感じずにいられるのかもしれない。

 私は強くない。私の態度を見て、クールだとか大人びていると評価するクラスメイトは大勢るが、その認識は間違っている。

 クールなのは言葉少なく話す相手がいないから、大人びているのは積極性と意欲がないからだ。

 こんな私でも、独りになれば寂しいと思うし、クラスのみんなが楽しそうに会話しているのを隣で一人ぼうっと聞いているのは、疎外感を覚えてしまう。それならば自分から話しかければいいだけの話なのだけど、その場限りの関係ならともかく、ずっと暫く、友人関係として長く会話する、気遣った会話をしなくてはならないのは、苦痛の何物でもない。

 だからこそ、私はあまり人と喋らず、自分からも話しに行かず、結果としてクールや大人びているという評価を頂くことになる。

「駅前のカフェ行こうよ! 新作のケーキが出たんだよ!」

「私、甘い物ってあんまり好きじゃないんだけど」

「大丈夫だよ! 美味しいよ!」

「いや、そこは関係ないんだけど……」

 無理矢理、引っ張られる形で岬に連れ出される。

 教室を見れば、岬にまたねと挨拶する女子や男子が見え、同時に私にも似たような気遣った挨拶を投げかけてくる。

 その事に申し訳なさと、気遣いをさせてしまった後ろめたさと、こんな時くらいしか声をかけない彼らに、こんな時にしかという何とも卑屈な想いを浮かべてしまう自分に嫌気がさす。

 きっと彼らは、私を覚えていないだろう。

 それは今この時というわけではなくて、今この時ももちろんあるが、卒業したり、そこまでいかなくとも学年が上がりクラス替えでもしてしまえば私のことなど忘れてしまう。

 その事に、私は言いようのない寂しさを、切なさを覚える。

 我儘過ぎる、自分勝手な想いに自分を嫌いになりながらも、どうしても考えてしまう。

 私はこうして、クラスに存在しているけれど、彼らにとって、私という存在は―――


 居ても居なくとも、生きていても死んでいても、同じなのだろう、と―――


     φ      φ


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