プロローグ
心臓が縮められたような圧迫感を感じたが、それは決して不快ではない。
奇妙な感触が伝える予感を少しも疑わず、青年は小さく首を回してゴーグル越しの景色を見渡す。
頭上には青い空が広がり、前方も青い空に覆われ、下方にまでも青い空が見えた。その下にようやく草原がある。
精巧な模型にしか見えない緑の大地では、人形のような牛飼いが犬を連れてこちらを見上げていた。
やがて青年の目は、空の一箇所を捉えて細まる。
一羽の鳥が旋回していた。遠目にもそれとわかる鋭い鉤爪を持った、鷲とも鷹ともつかない茶色の鳥。
大きな翼を真っ直ぐ伸ばして空を滑り、歪みのない軌道で円を描く。
あの鳥の真下にいたなら、コンパスでも使ったかのように狂いのない正円の軌跡を拝むことができただろう。
鳥の遠影を真正面に据えようと青年がやや左上を向けば、
鳥は唐突に翼を羽ばたかせ、自ら描いていた美しい円をためらいなく崩してしまった。
舞い上がった鳥は青年に横腹を向け、視界の右側へ外れようとする。
別に青年から逃げようとしているわけではない。鳥は見つけたのだ。自らの獲物を。
加速する鳥の視線を目で追えば、そこに派手な塗装を施された飛行機が飛んでいることに気付ける。
「……小さいな」
プロペラを唸らせる飛行機の第一印象は、そのまま青年の口をついた。
誰だってそう思う。鳥の大きさを小指の先とするなら、飛行機の大きさは親指の先程度。
どこの子供が飛ばしたおもちゃなのか、紙飛行機並に小さな飛行機だ。
「小さいな」
もう一度つぶやき、青年は鳥から逃げる飛行機の風防に目を向ける。
青年は目が良い。
人が乗れるはずもない超小型飛行機の操縦席で
ひっきりなしに後ろを確認している操縦士の姿を、はっきりと視認していた。
青年は左足のペダルを踏み込み、右手で握っていた操縦桿を手前に引き付け、スロットルを全開した。
青年の飛行機はすーっ、と左に曲がり、機首を持ち上げて傾き、そのまま加速を始める。
首を回さずとも正面に映るようになった鳥は、
小さな飛行機に追い付いたかと思えば、いともあっさりとそれを握り潰してしまう。
両足の鉤爪から燃料と機体の破片がこぼれ落ちる。鳥が飛行機だった鉄屑を放り捨てて三秒、爆発が起こった。