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雨男ときどき晴れ  作者: いちみんればにら
五月のこと
6/22

(4)~衝撃~

~~ 

 校長室って、どんな雰囲気だろうか。小学校の校長室には、6年生の時、清掃区域として入ったことがあるが、それ以外は全く関わることが無かった。大体は相当悪いことしないと入れない部屋なのだと思っていた(そんなことは無いだろうけど)。

~~


「歩きながらでも、日記書くのね」

 やはり見られていたか。というより、なぜ晴花はついてきた。そして、なぜ俺は無意識にペンを動かしているうえに、晴花にそれを見られていても気にしなくなっている!?

 何か、日頃思いつめすぎているのだろうか。今は、校長室で何を言われるかがとても心配だ。心配です。心配でございま候。

「日記を書くのは俺の勝手だろ」

 無意識に書いていたけど。

「それは、そうだけど」

 それから校長室に着くまで、晴花は一言も話さなくなった。

 そして、それを少し寂しく思ってしまう俺。どうしたんだ、一体。


 ”校長室”という看板がかかった部屋の前に着くと、思ったよりそこの廊下は騒がしかった。

 といっても、事件の噂を聞いた野次馬が集まっていただけで、いつもはもっと静寂なのだろう。教師たちが「静かにしろ」と言ったところで、この群衆は静まらないだろう。

 このとき、

「黙れ、がやがやとうるせぇんだよ」

 と傍で静かな怒りが響いた。乱暴ながら、その言葉は群衆を圧した。俺もこんなこと言えないかなあ。

「無理無理、時雨にはできないって」

 反対側から囁く晴花の声がした。ちくしょう、また俺の心を読んだな。できないなんて言うなよ、いつかやってやるさ。後が怖いけど。

「うんうん、そういう冷静さが、時雨の良いところでも悪いところでもあるのよね」

「……それは慰められたと思っていいのか?」

 先に教師1人が、失礼します、と部屋に入った。続けて、謎の生徒(今はこう言っておく)、俺、そしてなぜか来た晴花、もう1人の教師の順に校長室に入る。

 前には、機能性の(ついでに値段も)高そうな横長の机、そこの椅子に座る人がいた。その方こそ、我が”県立林高等学校”の学校長、飯盛いいもり校長であった。

 名前の方は……覚えていない。確か、セイキチだったか、ショウキチだったか……。

「こういう形で生徒と話すのは、十年ぶり位ですな」

「飯盛校長。冗談はお控え願います」

 見るからに硬そうなその教師は、眼鏡に七三分けという、古風なスタイルだった。一組担任の、杉田先生だっけ。数学を教えていたような……。

 何だかんだで、1か月経っても教師の顔と名前が一致しない。クラスメイトの名前は覚えたが、顔までは覚えられない。だからいつまでも謎の生徒の名前を思い出せないのだ。

「これは失礼」

 一つ咳払いをして、飯盛校長は話し始めた。

「今回の件、教師たちから話は聞きました。数日前から、クラスの何人かにからかわれていたと」

 そんな話だったのか。同じクラスなのに全く気付かなかった。晴花との会話ばかりで。

「そして今日、飼っている魚にまで悪口を言われ……、生徒一人を投げ飛ばしたのですか」

「申し訳ありませんでした」

 そう言って謎の生徒は頭を下げた。後悔はしているのだろう。

「校長、いかがなさいますか」

 飯盛校長は、しばらく顔をしかめていた。が、急に笑顔になって、

天晴あっぱれ! 素晴らしい暴挙に出ましたな!」

「は!?」

 校長以外、皆があっけにとられた。

「飯盛校長! 一体何をおっしゃって……」

いではありませんか。自分はともかく、他人を侮辱することを許さない。そういう考え方が、現代の日本人には欠けているのです」

「そうは言っても……」

「もちろん、処分はきっちりさせてもらいます。ですが、相手側に非があるのも事実。……ここは、喧嘩両成敗ということで、1週間の停学処分とさせていただきます」

「なっ……」

 さすがの杉田先生も、言葉を失ったようだ。暴挙に出ているのは校長の方では? とはまさか言えまい。

 謎の生徒の方は、嬉しそうな表情を必死にこらえているように見える。

「えっと……私たちの方は、どうなるんでしょうか……?」

 すっかり忘れていた。俺まで停学になるんじゃないだろうな??

「この2人は?」

「近くにいた生徒です。事情を詳しく聞くものと思い、この2人も呼んだのですが……」

 呆然としている杉田先生に代わって、もう一人の教師が説明した。この人は、見たことあるんだけど何も思い出せないな。

「では、処分は無しで問題ありません。ただ、今後のことも考えて、クラス全体で話し合う場を設けた方が良いでしょう」

 何よりも先に安心した。俺もなかなかの小心者だな。

「杉田先生。学年主任として、他のクラス担任にもこのことをお伝え願います」

「……はっ。はい、分かりました」

 やっと我に返りましたか。話は聞こえていたのかは疑問だが。


 飯盛校長が、この学校に長くいることがうかがえる。彼の采配には、微塵の隙もない。加害者の思いをくみ取りながらも、被害者への配慮も忘れていない。

 彼が座っている奥に、2枚の額が飾ってある。

 縦長の書道用紙に、1枚は、


 ”何度倒れても、立ち上がることを忘れるな”


 と書いてある。なめらかな筆運びと共に、文字の力強さが見て取れる。

 もう1枚は、


 ”満身創痍まんしんそういも、生きた証”


 とある。”満身創痍”は、簡潔に言えば”全身傷だらけ”といった意味だろうか。

 『たとえ体中が傷だらけでも、生きることを諦めるな』

 そんな思いが伝わってくる。特に、”証”という字が、強く印象に残る。

 この2枚、どちらも雰囲気が似ているから、同じ人が書いたのか。もしや、飯盛校長がこれを……!?

 

 その時、何かと何かが繋がった。

「飯盛……双玄……」

 隣の晴花が、不思議そうに俺を見つめている気がした。

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