(1)~やはり雨~
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窓を見やると、雨がしとしとと降っている。今日は朝から降っていて、レインコートを着て学校に来た。若干ワイシャツが濡れていたものの、1時限目が始まるころには乾いた。
この雨も、夕方には止むらしい。
俺は、初対面の人と会話するとき、事前に第一印象を確かめておく。例えば、出席番号1番の相田という男。初日から声を上げて担任の相良を困らせていた。
ほかにも、自己紹介で笑いをおこしたり、積極的にクラスメイトに声をかけたりと、自己主張性の高いやつだった。簡単に言えば、「クラスに必ず一人二人いるムードメーカー」といったところか。
こういうやつと仲良くなっていれば、まず孤立はしないだろう。
俺はほとんど感情を表に出さない。というかこの思惑だって、誰にも気づかれないようにしている。誰にも知られたくない。目立ちたくない。そのくせ、孤独を恐れる。
俺はきっと都合のいい人間と思われるだろうな。
今日は……いや、今日も雨が降っていた。”今日も”と言い換えたのは、俺があまりにも雨と関係が深いからだ。
周りから、よく雨男と呼ばれていた。といっても、毎度毎度雨が降るなんて非科学的なことはない。ただ、特別な行事(修学旅行など)の日には必ずと言っていいほど雨が降るのだ(実際、旅行先で晴天の空を見たことはない)。この約16年の人生の経験から俺が一つ言えることは……
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「俺が一つ言えることは……何?」
「俺のノートを勝手に覗き見るな」
俺のノートを覗き見た人物は、同じクラスの生徒ではない。
一年一組の佐久 晴花は、俺にとって、少し苦手な相手だった。幼稚園時代からずっと同じ学校に通う幼馴染、と言えばなんと素敵な響きになるだろう。
こんな言葉で彼女を表現してしまえば、まるで俺と彼女が相性抜群というような感じを受けてしまうかもしれないし。
「ねえ、何なの? 一つ言えることって」
「俺は完成途中の作品を見られるのが一番嫌いなんだ。だから言わない」
「作品って……! そんな小学生みたいな日記引っさげて作品って……!!」
晴花は笑いを抑えつつ、俺の机をばんばん叩く。
彼女の言う”小学生みたいな”日記は、俺にとっては人生で一度しか無い日々を綴っている大事な代物であって、そんなこと言われる筋合いはさらさら無い。
先ほども言ったように、彼女は俺にとっては嫌な存在だ。俺と対照的に性格は明るく、物事を短絡的に捉えていて、友好関係なんて勝手につくれると思っている。現実はもっと複雑かつ混沌に満ちているのに。
「それより、何で休み時間になると俺のクラスに現れるんだ」
「……まあ、いいじゃん。私がこの学校でまともに話せるの、時雨だけだし」
不覚だ。この言葉に一瞬でも心が揺らいだ自分が恨めしい。俺だけとはどういうことだ。
クラスが一緒になったことは、小学校の時から一度もないが、俺のいるクラスに頻繁に遊びに来て、俺に何か話題を吹っかけては、チャイムが鳴るのと同時に立ち去っていく。まだ俺は話題に乗れていなかったにも関わらず。
一度、中学二年のころ、晴花は俺のことが好きなんじゃないかなどと考えた時もあったが、俺が見ている限りで、彼女がそんな素振りや言動は全くなかった。
俺が自意識過剰であるか、もしくは俺の観察力が鈍っているのか……。どちらにせよ、俺は俺の作品を馬鹿にする彼女を好きになったりはしない。たぶん。おそらく。七割くらい……。
「とにかく、その小学生みたいな日記の続きが気になるんだけど」
そう、そうだ。この女は、俺の心が一瞬揺らいだ隙に作品の完成形を垣間見ようとしていたんだ。
俺より頭悪いのに、こういう時は冴えていやがる。いや、俺と同じくらい……。あれ、俺より頭良かったっけ。そんなことは……ないな、うん。
「気にするな。これを馬鹿にするお前は、続きを気にしなくても生きていける」
「ひどいな~、時雨。雨男って心まですさんでるのね」
俺を挑発しているのか、甘いな。
「お前が物事の真意を見ようとしないだけだ」
「じゃあ、真意って何なのよ」
「言葉で表したらそこで終わりだろうが」
よし、これは効いたみたいだ。なかなか反撃できまい。
「うるさい! さっさと教えなさい、ダサメガネ!」
”うるさい”の4文字で片づけただけでなく、ダサメガネまで追加してきたか!
「俺のことはいい。だがこのメガネを侮辱することは許さん! 設計者に謝れ!」
さすがに正気を保っていられない。この眼鏡はいつも忙しい父が、誕生日に俺のために選んでくれた大切なものだ。似合っていようがいまいが関係ない。まあ、視力は良い方なので、たまにしか使わない伊達眼鏡なのだが。
「設計者なんてここにはいないでしょ~」
くっ、やられた。完全に晴花のペースだ。
「俺は…!!」
言いかけて、授業開始のチャイムが鳴った。我に返った時には、晴花はすでに教室から出ていた。
勝ったのか、負けたのか。晴花とのけんかはいつも曖昧なまま第三者によって終えられる。
そして、次の休み時間には、
「そういうわけで、日記の続きを見せて」
どういうわけでもなく、何事も無かったかのように俺のクラスに入ってくる。