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雨男ときどき晴れ  作者: いちみんればにら
六月(下旬)のこと
22/22

(4)~気づけばそこは、○の目の中で~

おひさしぶりです。

 怖い。怖い怖い怖い怖い。

 だれか、なんとかしてくれ。


 ま、まあ、待て。うぇいと。とりあえず落ち着こう。

 ここはどこで、自分はなんだ? ――公立林高等学校。そして自分の名前は幹時雨。なんだ、と訊かれたら、言葉に詰まるくらい、自分でも自分がよく分かっていない。

 今何時だ? ――12時半。昼休みの真っ最中だ。

 今自分はどういう状況にある? ――追われている、そして逃げている。

 いったい何に追われて、何から逃げている? ――怖いもの。本能で逃げ出したくなるもの。具体的には、黒髪を長くだらんと伸ばして、這いよってきそうな混沌に満ちた亡霊。……亡霊?

 どうして追われている? ――――さぁ。皆目見当がつかない。こんな人に追われる覚えがない。


 かつて友人がひと騒動を起こし、自分も巻き添えをくらった長い廊下を突っ走りながら、時雨はどこからともなく焦燥感に駆られていた。心臓の拍動も、走っているのとは無関係に速く脈を打っている。

 某県立林高校の校舎の構造はいたって単純だ。三つ並んだ教室棟の間に、一階と二階でそれぞれ二つずつ渡り廊下がある。上空から見下ろすならば、ちょうど「日」を横にしたように見えるだろう。

 ”修理中”のテープが張り巡らせた突き当りを曲がり、奴の視界から消えようとする。すぐさま目に留まった教室に潜む。

 しかしこの策もすぐに効かなくなるだろう。さっきそれをして、油断しきっていた友人が一人、奴の毒牙にかかった。甘く見てはいけないのだ。手弱女な相貌をしているからといって、けっして「弱」という言葉は奴には適用されていない。

 どうしてそんな怪物に追われなければいけないのか。呼吸をある程度整え、酸素をしっかり吸い込んだ時雨は、改めて考えてみる。


・その一。異世界に飛び込んだ。

 これは却下。ファンタジーには割と疎い。よってそういう短絡的な結論には至れない。そもそもこれは早々に消すべきだ。

・その二。奴が危ない薬にやられた。

 これもなかろう。奴は普段であればそのくらいの分別はつくはず。でもよいこのみんなは、こういうときにはおまわりさんをよぼうね~?

・その三。奴が元々危ない人だった。

 これは割とありそうな気がする……。根が「ぶっ飛びガール」な人だったからなぁ……。というわけで一時保留。

・その四。時雨が奴を変えてしまった。

 ……できることならそうでないことを祈りたいばかりだが。具体的に何をして変えてしまったのか、と訊かれると、身に覚えがないので、ひとまず中身は置いておく。


 こんなところか。正直、どれも的外れな気もする。だいたい、現実味を帯びちゃあいない。非科学的な、〝きちがい〟じみた話なんて、晴花の「相手の心を読む力」だけで十分だ――――


「……こーこーにーいーたー?」


 自分が、止まった。自分の見ている世界が、凍りついた。

 奴だ。場所を変えようとして奴と鉢合わせてしまったのだ。黒味の茶髪を首のあたりで切りそろえて、一見清純そうに見えるが、その獣のような狩りの目がイメージのすべてを逆転させる。

 ……そう。彼女は〝獣〟だったのだ。「奥さまは魔女だったのです……」的なシチュエーションだったらどんなにか、この世界に感謝していたことだろう。

 可愛らしい声に騙されてはいけない。愛くるしい相貌に見とれてはいけない。

 奴は狼のように雄たけびを上げるのだ。不意に獲物を仕留める獅子の目つきに変わるのだ。

「がおー。こわいだろー?」

「ひい…………え?」

 あれ、狼の雰囲気じゃない。ましてや獅子でもない。

「むー。先輩が直々にお迎えに上がりましたというのに、そのへんてこな顔はどうなのさー?」

 どうなっている。彼女の言葉の使い方はどうなっている。

「いや、そんなことよりーっ。そんなに話したことないのに、逃げるとは失礼じゃないかー?」

 ……というか、今までよく知りもしない相手に、勝手に妄想を膨らませていた自分の頭はいったいどうなっている。ついに限界が来たか? 兆候は六月の初めあたりからあったのだが……。


 しかし彼女のことは知っていた。公立林高等学校二年、森山あらし。書道部における、時雨の先輩にあたる人であった。

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