(9)~もう恋なんてしないなんて~
久しぶりです、やっと書けました。駆け足で。
またしばらく沈黙(更新休み)が続きそうです。
「のぅわぁっちょ!?」
私はつい、以前時雨が叫んだ言葉をそっくりそのまま叫んでしまった。
「えっ、ちょっ、まっ、えっ?」
言葉が詰まって何も出ない。正確には「え」と「ちょ」と「ま」しか出ない。
「あ、あの……。もう一回言ってもらうのは?」
「もう二度と同じ言葉は言えない!」
時雨が珍しくおどおどしている。とりあえず、彼のこの言動を都合よく捉えていいのだろうか。
「ほ、本気で、本心で……?」
私はこういう状況に今まで出くわしたことが無いので、どう対処すればいいのかわからない。そんな理由から、私は疑心を持つ。
「本心なら、俺の心から見てみろよ」
「そんな簡単に心は読めないわよ!」
どうしよう、私の顔が真っ赤だ。完全にのぼせている。今にも蒸気が噴き出しそうなくらいに。
「とにかく、答えを!」
時雨は私を見ずに、真横に顔を向けて言う。
「ええと、えと……えと」
どうすればいいのか全く分からない。どう答えればいいのか……?
「私は何を答えればいいのよ?」
「あれ? そういえばそうだな……」
「なんというか、君たち二人は、どんなシチュエーションでもこういう空気にするんだねえ……」
うんうん、と僕は一人で頷く。
「こ、鴻上! ……いたっけ?」
「気が動転して、僕の存在まで忘れるなんて。全く幹くんは、なんて残念なキャラなんだ」
僕から言わせてもらうと、第三者が介入しない限り、このじれったい雰囲気はずっと続くだろう。だから、耐え切れずに横に入るんだよ。
幹くんが気持ちをはっきり伝えられていないのが大半だけど、佐久さんも、この状況に困惑して素直になれていないようだ。まさかこうも計算通りに事が進むなんて、君たちは代表すべきラブコメの要素をきっちり詰め込みすぎだよ。
「残念なキャラって、どういう意味なんだよ?」
「細かいことを気にしてないで、早く何を答えてもらいたいのか、佐久さんに伝えるんだ」
「そんなこと言われても……」
どうやら、本当に分かっていないのだろう。自分の心を見せまいとするあまり、幹くん自身が自分の心を知ることができなくなっている。昔の方が、よっぽど自分に素直だったよ、幹くん。
「もういいよ。僕が幹くんの本心を伝えてあげるから」
「なっ!? お前も晴花と同じ能力を!?」
持ってないよ。答えるのも面倒なので、僕は話を進める。高らかに、そして厳かに。
「幹くんは、佐久さんと恋人になりたいそうです」
少しだけ、悔しさも込めたかもしれない。あくまで、ほんの少しだけだよ。
「は……?」
「ほわわわ……!?」
幹くんは間の抜けた顔、佐久さんは一気に顔が真っ赤に。むしろ真っ白、かな?
「まあ、僕から見れば、お互いまんざらでもないみたいだし、二人とも付き合うってことで事を解決させようか!」
「まんざらでもないって……!?」
「幹くん、分かったね?」
語尾を強めて僕は彼に強制する。僕のキャラは何とか「無茶振り得意」という地点に着地したようだ。
『は、はぁい……!?』
意外に二人とも素直になった。まあこれで一つ、僕の悩みは解決されたわけで。あのもどかしさは、もう見てられない。
「え、いや、ほんとに?」
晴花はあきらめが悪いようだ。も、もういいだろ。
「そうしとけば、あいつの秘密を聞き出せるし」
「……そう、やっぱりそうだよね」
晴花はどうやらがっかりしているようだ。
「嫌か?」
「んわ? 全っ然嫌じゃないですとも! むしろ」
「むしろ嫌か」
「……もう、何で物事をマイナスに考えるのかなぁ、時雨は」
晴花が何か呟いたような気がしたが、聞こえなかったのでよく分からないままこの話題は終わった。いや、強制的に終わらせた。既にこっちの神経が限界なので。
「それで? 鴻上、この事とお前の話はどうつながるって言うんだ?」
俺はやや怒り気味の視線を鴻上に向ける。ここまで恥をかかされたのも、久しぶりな気がする。鴻上が登場してからというもの、俺は彼に意表をつかれ、その勢いに流されているばかりだ。
「うん、おかげさまで僕のモチベーションが格段に上がったよ!」
鴻上は、右手を額に軽く当て、「キリッ」オーラを放っている。
「お前、最初とキャラ変わってないか?」
「不安定だったキャラが、しっかり目標地点で着地したと言ってほしいね」
正直、「うわぁ、めんどくさい」と思ったが、言わないでおいた。
「お前のモチベーションのために、俺はあんなに頑張ったのかよ……」
俺は頭の痛みに耐えかねて額をおさえる。相当頭痛がひどいようだ。
「ところでさ、いつになったらお前は話す気になるんだ?」
俺は鴻上ににらみを効かせたつもりだったが、鴻上は笑顔で、
「……何を話すんだっけ?」
と答えたので、俺は呆れてテレビのリモコンを手にとり、電源ボタンを押そうとした。
「ああ、分かった分かった。冗談だからテレビだけは点けないで」
「ほんとかよ」
俺は軽く呟いた。鴻上はほっとした表情をしている。
「う~ん、どこから話せばよいのか」
わざとらしい腕組みが、あくまでわざとらしく誇張されている。
考え込みながら、一つの答えを見つけたように、指を立てる。
「単刀直入に言うと、僕はね、マルチな仕事をしているんだ」
は? マルチ? 仕事? 高校生の分際でバイト掛け持ちか?
「そんな困惑顔しないで。言い方がまずかったかな?」
俺を馬鹿にしているとしか思えない。何だろう、こいつの反応はいちいち癪に障る。俺は今にも殴りかかりそうな拳を強く抑え込み、鴻上を睨みつけることで我慢する。
「……ごめん。はっきり言うとね、芸能界の人なんだ、僕」
「へえ。……あぁぁぁぁ!?」
俺が驚いているのを見て、鴻上がしたり顔をし、晴花は爆笑している。
「俳優が最初で、他にエッセイとか、歌手とか、アニメの声優とか……。そうそう、いまやってるアニメの声」
「あ、え、うん、は…………あ!?」
すべてに相槌して、最後の言葉に再び驚愕する。何だって。今放送中のアニメは、俺が録画しているのしか……。
とっさにリモコンの電源ボタンを押す。真っ暗だったテレビ画面が、三色の光によって彩られる。レコーダーの左下に、録画マークである赤いランプがついている。二人の少年少女が並んでいるのが映った。
“俺に、できるのか……?”
「俺に、できるのか……?」
低く、深みのある声。
“できるよ、君なら”
「できるよ、君なら」
高く、透きとおった声。
キャラクターの違った声色が、同一人物からテレビを反復するように発せられる。それも、俺のすぐ後ろから。
紛れもなく、鴻上八雲の口から出た声だった。
「こんな感じ。どうかな、理解してもらった?」
「……声優だってのは分かった。だが二人ともお前がやってたのか!?」
「うん、エンディングまでちゃんと見てれば確かなことさ」
しばらくして、エンディングロールが流れた。“声の出演”欄に、「曇 八束」の名前が対応するキャラクターに振られている。数えれば、実に四つ。
「四人、一役……」
「そう、その“曇 八束”が僕のタレント名。何となく分かったでしょ?」
なんてこった。男女の声を分けられるのはどうでもいいとして、俺の気に入った番組が、よもや鴻上にほぼ占領されていたなんて……。俺は両手で顔を覆い、ひざまずく。
「あれ、驚きのあまりに泣いちゃったの?」
晴花が寄って笑いに来た。
「それは誰だって驚くよ~。身近にこんな人がいたら」
「違うだろ……。俺が落ち込んだのは、俺の尊厳そのものが一瞬にして打ち砕かれたからだよ……」
俺の話は聞かずに、「くよくよするな~」と背中をぽんぽん、と叩く。さっきまでの動揺ぶりはどこ吹く風のようだ。
「今年からね、僕は留年にならない程度に学校に出席して、芸能活動と掛け持ちしていくつもりだから、たまに会ったときはよろしくね、幹くん」
「幹くん、じゃねえ……」
「……え?」
「俺は、時雨だ。幹は名字で、時雨が名前なんだよ」
「それは、分かってるよ」
「分かってるなら、時雨と呼べ」
「……キャラ、大丈夫? やけに不安定だね、今日は」
「あ? 俺だって着地態勢に入ってんだ。お前と同じで、焦点定まってねえんだ」
「時雨が不良口調になってる……ふふっ」
「佐久くん! 僕には聞こえていますよ!」
「時雨が急に委員長キャラ!?」
「ち、ちげえよ……。別に、そんなんじゃねえし」
「彼、一人劇始めたね」
俺の情緒が安定するまで、しばらくかかったそうだ。途中から立ち聞きしていた姉が、見かねて二人を家に帰したらしい。全く、抜け目ない。そして、おかしな俺。
そして、俺は翌日長い夢から覚めたように起きた。学校まで走り続けていた。