表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨男ときどき晴れ  作者: いちみんればにら
六月(上旬)のこと
17/22

(9)~もう恋なんてしないなんて~

久しぶりです、やっと書けました。駆け足で。

またしばらく沈黙(更新休み)が続きそうです。

「のぅわぁっちょ!?」

 私はつい、以前時雨が叫んだ言葉をそっくりそのまま叫んでしまった。

「えっ、ちょっ、まっ、えっ?」

 言葉が詰まって何も出ない。正確には「え」と「ちょ」と「ま」しか出ない。

「あ、あの……。もう一回言ってもらうのは?」

「もう二度と同じ言葉は言えない!」

 時雨が珍しくおどおどしている。とりあえず、彼のこの言動を都合よく捉えていいのだろうか。

「ほ、本気で、本心で……?」

 私はこういう状況に今まで出くわしたことが無いので、どう対処すればいいのかわからない。そんな理由から、私は疑心を持つ。

「本心なら、俺の心から見てみろよ」

「そんな簡単に心は読めないわよ!」

 どうしよう、私の顔が真っ赤だ。完全にのぼせている。今にも蒸気が噴き出しそうなくらいに。

「とにかく、答えを!」

 時雨は私を見ずに、真横に顔を向けて言う。

「ええと、えと……えと」

 どうすればいいのか全く分からない。どう答えればいいのか……?

「私は何を答えればいいのよ?」

「あれ? そういえばそうだな……」



「なんというか、君たち二人は、どんなシチュエーションでもこういう空気にするんだねえ……」

 うんうん、と僕は一人で頷く。

「こ、鴻上! ……いたっけ?」

「気が動転して、僕の存在まで忘れるなんて。全く幹くんは、なんて残念なキャラなんだ」

 僕から言わせてもらうと、第三者が介入しない限り、このじれったい雰囲気はずっと続くだろう。だから、耐え切れずに横に入るんだよ。

 幹くんが気持ちをはっきり伝えられていないのが大半だけど、佐久さんも、この状況に困惑して素直になれていないようだ。まさかこうも計算通りに事が進むなんて、君たちは代表すべきラブコメの要素をきっちり詰め込みすぎだよ。

「残念なキャラって、どういう意味なんだよ?」

「細かいことを気にしてないで、早く何を答えてもらいたいのか、佐久さんに伝えるんだ」

「そんなこと言われても……」

 どうやら、本当に分かっていないのだろう。自分の心を見せまいとするあまり、幹くん自身が自分の心を知ることができなくなっている。昔の方が、よっぽど自分に素直だったよ、幹くん。

「もういいよ。僕が幹くんの本心を伝えてあげるから」

「なっ!? お前も晴花と同じ能力を!?」

 持ってないよ。答えるのも面倒なので、僕は話を進める。高らかに、そして厳かに。

「幹くんは、佐久さんと恋人になりたいそうです」

 少しだけ、悔しさも込めたかもしれない。あくまで、ほんの少しだけだよ。

「は……?」

「ほわわわ……!?」

 幹くんは間の抜けた顔、佐久さんは一気に顔が真っ赤に。むしろ真っ白、かな?

「まあ、僕から見れば、お互いまんざらでもないみたいだし、二人とも付き合うってことで事を解決させようか!」

「まんざらでもないって……!?」

「幹くん、分かったね?」

 語尾を強めて僕は彼に強制する。僕のキャラは何とか「無茶振り得意」という地点に着地したようだ。

『は、はぁい……!?』

 意外に二人とも素直になった。まあこれで一つ、僕の悩みは解決されたわけで。あのもどかしさは、もう見てられない。



「え、いや、ほんとに?」

 晴花はあきらめが悪いようだ。も、もういいだろ。

「そうしとけば、あいつの秘密を聞き出せるし」

「……そう、やっぱりそうだよね」

 晴花はどうやらがっかりしているようだ。

「嫌か?」

「んわ? 全っ然嫌じゃないですとも! むしろ」

「むしろ嫌か」

「……もう、何で物事をマイナスに考えるのかなぁ、時雨は」

 晴花が何か呟いたような気がしたが、聞こえなかったのでよく分からないままこの話題は終わった。いや、強制的に終わらせた。既にこっちの神経が限界なので。

「それで? 鴻上、この事とお前の話はどうつながるって言うんだ?」

 俺はやや怒り気味の視線を鴻上に向ける。ここまで恥をかかされたのも、久しぶりな気がする。鴻上が登場してからというもの、俺は彼に意表をつかれ、その勢いに流されているばかりだ。

「うん、おかげさまで僕のモチベーションが格段に上がったよ!」

 鴻上は、右手を額に軽く当て、「キリッ」オーラを放っている。

「お前、最初とキャラ変わってないか?」

「不安定だったキャラが、しっかり目標地点で着地したと言ってほしいね」

 正直、「うわぁ、めんどくさい」と思ったが、言わないでおいた。

「お前のモチベーションのために、俺はあんなに頑張ったのかよ……」

 俺は頭の痛みに耐えかねて額をおさえる。相当頭痛がひどいようだ。


「ところでさ、いつになったらお前は話す気になるんだ?」

 俺は鴻上ににらみを効かせたつもりだったが、鴻上は笑顔で、

「……何を話すんだっけ?」

 と答えたので、俺は呆れてテレビのリモコンを手にとり、電源ボタンを押そうとした。

「ああ、分かった分かった。冗談だからテレビだけは点けないで」

「ほんとかよ」

 俺は軽く呟いた。鴻上はほっとした表情をしている。

「う~ん、どこから話せばよいのか」

 わざとらしい腕組みが、あくまでわざとらしく誇張されている。

 考え込みながら、一つの答えを見つけたように、指を立てる。

「単刀直入に言うと、僕はね、マルチな仕事をしているんだ」

 は? マルチ? 仕事? 高校生の分際でバイト掛け持ちか?

「そんな困惑顔しないで。言い方がまずかったかな?」

 俺を馬鹿にしているとしか思えない。何だろう、こいつの反応はいちいち癪に障る。俺は今にも殴りかかりそうな拳を強く抑え込み、鴻上を睨みつけることで我慢する。

「……ごめん。はっきり言うとね、芸能界の人なんだ、僕」

「へえ。……あぁぁぁぁ!?」

 俺が驚いているのを見て、鴻上がしたり顔をし、晴花は爆笑している。

「俳優が最初で、他にエッセイとか、歌手とか、アニメの声優とか……。そうそう、いまやってるアニメの声」

「あ、え、うん、は…………あ!?」

 すべてに相槌して、最後の言葉に再び驚愕する。何だって。今放送中のアニメは、俺が録画しているのしか……。

 とっさにリモコンの電源ボタンを押す。真っ暗だったテレビ画面が、三色の光によって彩られる。レコーダーの左下に、録画マークである赤いランプがついている。二人の少年少女が並んでいるのが映った。


“俺に、できるのか……?”

「俺に、できるのか……?」

 低く、深みのある声。

“できるよ、君なら”

「できるよ、君なら」

 高く、透きとおった声。


 キャラクターの違った声色が、同一人物からテレビを反復するように発せられる。それも、俺のすぐ後ろから。

 紛れもなく、鴻上八雲の口から出た声だった。

「こんな感じ。どうかな、理解してもらった?」

「……声優だってのは分かった。だが二人ともお前がやってたのか!?」

「うん、エンディングまでちゃんと見てれば確かなことさ」

 しばらくして、エンディングロールが流れた。“声の出演”欄に、「くもり 八束やつか」の名前が対応するキャラクターに振られている。数えれば、実に四つ。

「四人、一役……」

「そう、その“曇 八束”が僕のタレント名。何となく分かったでしょ?」

 なんてこった。男女の声を分けられるのはどうでもいいとして、俺の気に入った番組が、よもや鴻上にほぼ占領されていたなんて……。俺は両手で顔を覆い、ひざまずく。

「あれ、驚きのあまりに泣いちゃったの?」

 晴花が寄って笑いに来た。

「それは誰だって驚くよ~。身近にこんな人がいたら」

「違うだろ……。俺が落ち込んだのは、俺の尊厳そのものが一瞬にして打ち砕かれたからだよ……」

 俺の話は聞かずに、「くよくよするな~」と背中をぽんぽん、と叩く。さっきまでの動揺ぶりはどこ吹く風のようだ。

「今年からね、僕は留年にならない程度に学校に出席して、芸能活動と掛け持ちしていくつもりだから、たまに会ったときはよろしくね、幹くん」


「幹くん、じゃねえ……」

「……え?」

「俺は、時雨だ。幹は名字で、時雨が名前なんだよ」

「それは、分かってるよ」

「分かってるなら、時雨と呼べ」

「……キャラ、大丈夫? やけに不安定だね、今日は」

「あ? 俺だって着地態勢に入ってんだ。お前と同じで、焦点定まってねえんだ」

「時雨が不良口調になってる……ふふっ」

「佐久くん! 僕には聞こえていますよ!」

「時雨が急に委員長キャラ!?」

「ち、ちげえよ……。別に、そんなんじゃねえし」

「彼、一人劇始めたね」


 俺の情緒が安定するまで、しばらくかかったそうだ。途中から立ち聞きしていた姉が、見かねて二人を家に帰したらしい。全く、抜け目ない。そして、おかしな俺。

 そして、俺は翌日長い夢から覚めたように起きた。学校まで走り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ