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雨男ときどき晴れ  作者: いちみんればにら
六月(上旬)のこと
14/22

(6)~鉛の空に、晴れ間が見えて~

 昇降口まで行くと、晴花がいた。俺を待っていたのだろうか。

「時雨、さあ行こうか~!」

「どうせ家近くなんだから、わざわざ一緒に帰らなくとも……」

「いざ決戦! って感じがするじゃん」

「俺たちは、戦いに行くのか」

「え……違うの?」

「話、聞いてましたか?」

「聞いてたつもりなんだけど、ほんとは何なの?」

 自分の下駄箱から靴を取って、俺は下足に履き替える。

 昇降口の戸を開けると、まだ日は高かったが、灰の空の隙間程度の光では、俺達を明るく照らすことはできない。

 特に、色々ありすぎて気落ちしている今の俺には、むしろ雨が降らないと心が晴れない状況にある。

 たくさん突っ込む所があって、そのボケをさばいてくれる人が俺以外いなくて、しかも当の俺は雨男で前も後ろも真っ暗なやつで(その点は自分で認めている)。

 入学早々遠慮なく人目も気にせずやってくる晴花。

 入学から1か月で本性をあらわにしたライタ。

 2か月経ってやっと通ってきたまともなやつと思ったら、謎が多すぎて不気味な鴻上。

 それと後日談でクラスで飼うことになったグッピー。

 まあ、最後のグッピーに関しては覚えていない人が大半でしょう、そうでしょう。後付けとか今更いいだろ、とか。お前自身忘れてたろ、とか。そんなん受け入れますとも。

 でも、今までのことを整理する時間がなかったんだ。今このゆっくり帰る道で、日記にも書かずに考えるしかないんだ。

 ……あれ、これ誰に語ってるんだろう。

「ねえ、何をしに東部公園に行くの?」

 我に返ったのはその言葉が俺に投げられた時だった。さっきまで何度も同じことを聞いていたのだろうか、若干晴花の機嫌がよろしくない。

 行けば分かる、と言っても納得しないだろうから、

「俺も鴻上が何を考えてるのかわかりません!」

 質問の答えを校舎に投げ飛ばした。後ろでガシャンと音が聞こえたのはきっと偶然だろう。

「何か、いつもの時雨に戻ったみたい」

 晴花が機嫌を直したようだ、笑っている。

「……? 俺は何かに変わっても戻ってもいないぞ?」

「やっぱりこっちの時雨の方が面白いなあ」

 そう言った晴花がの顔が、いつもよりかわ……ぐはっ。

 今、俺おかしなことを言いそうになったなあ。何でだろうなあ。あははは。

「その微妙な顔が、いつもの時雨なの」

 生まれつき微妙な顔なんですか、俺は。いくら幼馴染でも、”いつもの”俺を決めつけられたくない……。

 俺は釈然としなかったが、そのもやもやは保留にしておいた。

 後でまとめて吐き出すために。……誰に?



 栗毛で短髪の少年は、金剛寺ライタという。

 彼は、教室の前の戸、入ってすぐの空き机に載せられた、ハンドボール大の水槽を眺めていた。傍にあった餌を、水槽の魚にあげているようだ。

「そのグッピー、教室で飼ってるの?」

 灰がかった黒髪の、鴻上八雲は、その事情を知らないようであった。

「……ああ! やくも、お前は良いやつだ!」

 振り返り、目を輝かせて言うその少年は、まだ小学生のような感性を持っていながら、それなりの知性もわきまえている。

「僕の質問の答えになってないよ?」

「すまない! つい嬉しくて……。このグッピー、イズマって言うんだけどさ、オレの家族なんだ!」

 軽く頭を下げ、再び的外れな答えをする。知性も持ち合わせているはずなのだが。

「う、うん……そうみたいだね」

 黒髪の方は、多少ついて行けなかったようだ。

「おっと、質問に答えられてないよな。まあ、この事情を話すには軽く10分程度かかるから、おすすめはしない」

「じゃあ、やめとくよ」

「意外とあっさりなのな!」

 三度言うが、金剛寺は知性に満ちているはずなのだ。

 しかし、その風貌と振る舞い、話し方からは、なかなかそれを見出せにくい。

「それより、いいのか?」

「いいって?」

「2人とも、もう下校したみたいだけど」

 金剛寺は窓の方、つまり昇降口、学校正門の方を見て言う。

「うん、おそらく追いつくし……」

 ぽつりと言った一言は、金剛寺には届いていない。

「せっかくだから、金剛寺くんと話そうと思ってね」

「おう、どんと来い!」

「何で構える……?」

 冷めた一言に、金剛寺はとぼとぼと鴻上のもとへ行く。

「金剛寺ってどこかで聞いたことあったなあ、と思っててね」

「さすがにばれるよな、こんな苗字じゃ」

 降参したかのような動きをして、金剛寺は言う。鴻上は、ただ様々な情報を得たいがために遠回しな言い方をする。

「まあ、諸々(もろもろ)のことはあえて言わないとして。そんなお家柄なのに、どうしてこんな公立高校なんかに入ったのか、気になって」

「”なんか”は無いだろ。オレが、唯一勝ち取った自由だからな。今は、こいつらといるのが俺にとって一番の幸せ、だろうか」

 今はいない、幹時雨の席を見ながら言う。

 気恥ずかしいことをさらっと言う金剛寺を見ると、聞いた鴻上の方が恥ずかしくなる。

「二人には、言ってないのかい?」

 ここで言う、二人とは、言うまでもなくあの二人のことだ。

 一瞬難しい顔をしたが、金剛寺は変わらない口調で、

「オレから言う機会は、まず無いだろうな。気づかれたら、そん時は全てを話す。本当は今すぐにでも正直に話したいんだが、それができない身分なんでね」

「親友に聞かれたら、答えないわけにはいかない。……そういう理屈で、家族を納得させるんだね?」

「ああ、早めに気づいてくれるのを祈るよ。……お前って、最初は遠回りな質問するくせに、許した途端、直球で聞いてくるのな」

「うん、遠慮ないってよく言われるよ」

 ふと鴻上が腕時計を見る。話している間に、時間はとうに過ぎていたようだ。

「結構話してたか?」

「そうみたいだね。そろそろ僕は行くよ」

「おう、あんまりあいつらを2人きりにするなよ」

 その忠告は、鴻上の本心に気づいて言った言葉なのかどうかは、定かではない。

「分かったよ。あ、それと、僕が君の秘密を知った代わりに」

 そう言って鴻上は金剛寺の前に差し出したのは、何も書かれていない茶封筒だった。中に、紙が三つ折りで数枚入っているようだ。

「これは?」

「これから僕が2人に話に行く内容。あまり人目のつかないところで読んでもらいたい」

「前もって用意してたみたいだな……。ま、おかげで俺の気分はすっきりするかもな」

「じゃ、また明日」

「おう……」

 と言いながら金剛寺はさっそく封筒の中の紙を開いてみた。

 教室には金剛寺1人。今すぐ読んでくれと言っていたようなものだったからだ。

 その内容を数秒見て、金剛寺は少なからず驚愕した。

「鴻上、お前一体なにもの……」

 教室の戸を開け、廊下の隅々を見渡すも、既に鴻上の姿は見えなかった。

「2人とも、明日ちゃんと学校来れるといいな。俺は確実に来るけど」

 それから5分も経たないうちに、金剛寺は鞄を背負って教室を出た。


「いや、オレ1人じゃなかったから、何か意味深な語りやめて」

 気づかれた……だと!? 金剛寺は私の存在に感づいていたのか、振り返って私を見る。

「何か、やくもも気づいてたけど、スルーしたっぽいな」

 ばかな、私の存在に気づくなんて……あなたは何者!?

「……色んな説明はいいとして。とりあえず、かぎかっこ付けて話そうな」

「私の隠れ蓑に気づくなんて……」

「いちいちそういうの要らないから。それにやくもも気づいてたから。おかげでシリアスな展開が残念なオチになっちまったじゃねえか。あと3回も俺が知的とか言われると逆に傷つくから」

「申し訳ありません……」

「う~んと、謝らなくていいよ。とりあえず君が何者なのか、教えてくれ」

「私は……」



「時雨、またぼーっとしてる」

 気づけば俺は、慣れた帰り道を車道に飛び出ることなく歩いている。

 無意識のときの、自分の行動に確信を持てない。

「うん、俺は今ぼーっとしている」

「いやぼーっとしてたら反復しないでしょ」

 晴花が苦笑いで言う。

「……でははっきり言おう。俺はぼーっとしていてもそれは常人のぼーっととは違う。何より周囲の情報が頭に入ってきている!そしてここの角を曲がると俺達の目的地がある!」

「おぉ……、すごさが1ミリも感じられないのはなぜ?」

「この場合、ミリでは単位が違うぞ」

「私は”すごさが1ミリも心に届いてきません”って意味で言ったの」

「はあ……」

 俺は頭をぺちぺち叩く。

「痛い……」

「そりゃ自分の頭叩いたら痛いでしょ」

「だよなあ……」

 俺が言った”痛い”は、もちろん頭を叩いたから言ったのではない。自分より頭が悪い(……と思っている)晴花に155km/hの剛速球をくらったから言った言葉なのだ。

「私に負けて、悔しい?」

「論争では俺が勝ったんだよ」

「はいはい。時雨の勝ちねぇ~」

 くっ、こうなっては俺の方が負け惜しみに聞こえてしまう。

「俺の負けです……」

「訳の分からないこと言うね。ほらほら、東部公園に着いたよ!」

 晴花が無理に俺を引っ張り公園へと入れる。

 その無邪気な顔に、俺は一瞬心をうば……ぐほぉっ。

 また変なこと言いそうになったなあ、俺。はははははは。晴花はいつもの俺に戻ったって言うけど、今の俺は変わってるんじゃないかな~。

「中学校くらいから、行かなくなったし、よく見てなかったけど、すべり台とか新しくなってるな」

 他にも、新しくなったり、使えなくなった遊具が並んでいる。

「私はよく行くけどな……」

 ぼそっと呟いた晴花の言葉が聞き取れなかった。

「え?」

「それよりさっ! このブランコはずっと変わってないんだよ!」

「ブランコ……」

 俺が小学生の時、晴花に謝りに行った、この場所。何が理由で謝りに行ったのかは覚えていないが、子供がゆえに素直に謝れなかったんだ。

「あの時から俺はもゃしだったんだな……」

「その言葉、地味に流行らせようとしてるでしょ」

「どうせ、流行らないさ」

 自虐的に言うも、流行ることが無いのは「言いづらい」という点ではっきりしている。既にライタと晴花で実証済みだ。どうだ、参ったか、はっはっは……むなしいな。

「そうだね、空しいだけだよ時雨」

「嫌なタイミングで心を読むんだな、晴花」

「違うよ~、勝手に伝わってくるんだよ~」

 そ、そうだったのかああああぁ。と言う顔で俺は愕然としてみる。


「あの、そろそろ僕の話をしてもいいかな?」

 突然横から割って入ってきた鴻上。

「い、いつの間に!?」

「僕は、角を曲がるあたりから後ろにいたけど……気づかなかった?」

「私は分かってたよ、やくもくん」

 最近、俺はこの中で一番あほなのではないかと思いつつある。

「えっと、幹くん。事実をさらっと言うから、ちゃんと聞いててね」

「は、はい!」

 何故に敬礼をしたんだ、俺?

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