(4)~目の前が真っ黒でも真っ白でもなく真っ灰だったら、微妙な気持ちになりませんか~
鼻血は、残酷な描写になりますか(!?)
境界線がわかりません!
「気絶はしていませんから、大丈夫ですよ。顔以外は……」
「ほらふらついてるでしょ。軽く脳震とう起こしてるみたいだから、今は横になっていなさい」
医務係の篠原先生は、そう言って起き上がろうとする俺を無理やり戻す。
「時雨ぇ~。ごめんなさい」
さっきから涙を流して謝り続ける晴花。
気づけば、鼻血を出している。まあ、当然か。
「鼻血も出しているの? じゃあ、座った方がいいわ」
今度は起き上がることを許される。
~~
今の俺のポーズを例えるとするなら、”真っ白に燃え尽きた”ような感じだ。しかし真っ赤なそれは、真っ白なガーゼをにじませる。
あ、日記持ってくれば良かったな。
~~
「・・・そうだね。それを話したら、ただの独り言になるもんね」
「あ、今俺しゃべってた?」
「確実に、はきはきした声で」
晴花の目に、まだ涙が浮かんでいる。やはり、俺の方が悪く思えてくる。
「謝るのは、俺の方か、晴花の方か?」
「ノートの切れ端をよく見たら、ひらがな五文字しか書いてなかったけど、読み上げたことには謝ってほしいな。……いや、やっぱりごめんなさい」
「俺が”もゃし”でごめんなさい」
「……今何て? ……もやし?」
”もゃし”が浸透するまで、まだまだ時間がかかるようだ。
「晴花、”もやし”じゃないぞ”もゃし”だ」
「時雨、”もやし”じゃなくて”もゃし”なの?」
同じことを反復されても答えは同じだ。
「もゃし」
「……ほおぉ。もゃし、ですか」
納得したともしていないとも、といった表情で、晴花が言う。そんなに不思議な言葉か? もゃしは。
「髪型、戻さないのか?」
「時雨、どっちの方が良いと思う?」
前と今の髪型のことか。よく分からないから直感で。
「人の髪型にとやかく言うつもりはないが、あえて言うなら、今の方が」
「そう、そうなんだ。じゃあ今度から、これに……する」
俺の意見で決めるものか、と思った。
しばらく互いに静かになり、
「教師が聞くのも何だけど……、2人とも、付き合ってるのかしら?」
ずっと話を聞いていたらしい篠原先生が、間に割り込む。
「ええぇいやいや、とんでもにゃい!」
晴花はあたふたしている。俺も、そんなこと言われて普通じゃいられない。
「先生、俺は昔からの友人として接しているのであって、決してそのような」
「そう? ……ほかの先生方の間でも、結構話題になってるのよ~。今の時代に珍しく、堂々と仲睦まじい姿を見せつけるカップルだって」
「か、かぷ……」
噛んだ、舌も噛んだ。これは痛い。あのライタの感覚は、いたって普通の反応だったのか!
「わわわ私は、そんなこと……」
「いやねぇ、晴花さん。自分で言ってたじゃない。時雨くんと、こ……」
それ以上は、晴花に口をふさがれ、先生は話せなかった。
「せ、せんせぇ!? それ以上は……絶対!」
絶対、ダメらしい。最近、疑問ばかり残って、もやもやする。
晴花も、先生に乱暴なことしてるな、とか思って、
「晴花、そこまですると、お前が校長に呼ばれることに」
「えぁっ、しまった!」
晴花は飛び退く。篠原先生は、ひと息ついて、
「必死ねぇ、晴花さん」
苦笑いであることは、言うまでもない。
「ところで、頭くらくらしない?」
「え……?」
今気づくと、脳震とうは治った。でも、頭がふらふらして……
「時雨!?」
俺は布団に倒れこむ。
「……あまり、気が動転する話はするべきじゃなかったわね」
体が火照っている。赤いのが流動しているのが分かる。何か、晴花の話には、ついむきになるんだよなあ。冷静になれないというか、なんというか。
そういえば、何か思い出してたような。
篠原先生が何か用具を取りに、保健室を出ていたとき。俺は、(抽象的に表現して)赤いものが止まるまで、座っていた。
制服のワイシャツは、赤いしみがついていて、早めに処置しないと跡が残るので、先ほど保健室の洗濯機に入れてもらって、壁に干してある。
「……あ、小学一年のとき」
「小学、一年……?」
目の前はぼんやりして、晴花がどんな表情をしているのかは分からない。
お前は、覚えているか。
俺は、覚えている。
「ずっと、ともだちだって……」
「うん、時雨、そう言ってくれたよ」
覚えていたか。まあ、そうだよな。
「俺……何で、”友人”って言わなかったんだろう」
「……は? まだ子供だったからでしょ?」
「俺は、あのとき、晴花とけんかしてた」
「そうだっけ?」
言いたいことがばらばらに出てくるのに、それを晴花は気にも留めず答える。
「父さんに言われて、公園まで謝りに行ったんだ」
「えっと……、私が1人でブランコに乗ってたとき?」
「細かく覚えてるんだな」
「う、うん……まあ、たいせつだし」
言葉の後半は、ぶつぶつ言って聞こえなかったが、俺は気にしなかった。
「あのころの俺は、素直に謝れなかったんだろうな。ずっと”ともだち”っていう言葉で、謝った気になってたんだ。俺はもっとひどいこと言ったんだよ、晴花に」
「ひどいこと?」
「……覚えてないんだけどさ」
これは本当に覚えていない。
自分がどんなことを言ったか。
どんな言葉で彼女を傷つけたか。
俺はまさか、罪滅ぼしのつもりで今まで晴花と一緒にいたのか?
「いや違う」
「違うって?」
「今、改めて謝っておくよ。ごめん」
「改められても、覚えてないからね……うん、許す。というか、血だらけだった人に謝られると、怖い」
ワイシャツは、薄い跡を残し、壁に掛けられている。今は、その下の(被害のなかった)Tシャツでいるが、両手が相当なのだろう。
なんだか、前線から帰ってきたみたいな、そんな感じ(どんな感じ!?)。
「手、洗わないとな」
立ち上がろうとするが、晴花がそれを抑える。
「タオル濡らして持ってくるから、そこに座ってて」
「お、おう」
何だこのやりとり。なんかこそばゆい気分だ。保健室の物、勝手に使っていいのか?
晴花が、濡らしたタオルを、絞って、こちらに持ってくる。
「これで拭くといいよ」
「あ、どうも」
「それでさ、もしかしてそのことを謝るためにここに来たの?」
「いや、殴られた拍子に思い出したんだ」
「う、ごめん」
タオルを裏返して顔も一応軽く拭く。すると、視界がはっきりしてきた。赤いものは、ずいぶん前から止まっているようだ。
「俺の方が謝られてるな」
「そうだね……」
…………………………。
この沈黙は何だ!? 晴花も俺も俯いたまま何も話せませんが!?
何だよ~この空気。すごい話しづらいよ~。
『あのさ』
言葉が重複した。向こうも話しづらかったらしい。
「何話せばいいか、忘れちゃった」
「俺はとりあえず言ってみた」
……………………………。
沈黙が再びよみがえる。不死身か!? 貴様!
何度でも何度でも何度でもよみがえるさ、ってか!?
また何か話そうと口を開いた途端、ばたん、と。
「もう、じれったいなぁ!」
篠原先生、仮にも先生ですよね。まさか立ち聞きしていたとか……
「惜しい!! 今いいとこだったのに、先生!」
「……僕は、このタイミングが正しいと思うけど」
ライタに、鴻上まで。後ろには、もっと人が見えるな。……うん、クラス単位?
「じゅ、授業さぼって何してるんですか皆ぁ!?」
俺にしては大きめの声だったと思う。あまりの驚きに、久しぶりに出た叫び。
そして、その声はあっさりと野太い高笑いに負けた。
「はっはっは、時雨が彼女と保健室にいると聞いて、担任として見逃せないと思ってだな。何か大変なことが起こる前にと思ったら、クラス全員がついてきたぞ」
相良先生は、悪びれる様子もなく堂々としている。
「俺がどんな大変なことをするって言うんですか!!」
このとき、完全に俺の”おとなしい”キャラは崩壊。だって、クラスの皆が証人ですよ。ひっくり返せるわけがない。
「いいわねぇ、青春。甘いわねぇ」
篠原先生は、どこか遠くを見てずっと思いを馳せている。若い先生はみんな変なんですか。
晴花は、いつの間にか布団に入り、寝たふりをしている。事態の解決は全て俺に転嫁か、はは……。
「とりあえず、ライタを恨むから。よろしくな」
「何をよろしくって? もゃ……」
俺は、がっくりしたまま、気絶した。貧血かな。
その後の説明は、鴻上が全てしてくれたらしい。
次の日、鴻上に感謝しようと思っていたが、
「晴花さんと、どこまでいったの?」
「今どのあたりなんだ? 友達以上? 恋人未満?」
クラスの誰もが間違った解釈をしているので、逆に怒りがこみ上げてきた。
全員に説明するのも面倒なので、結局「友達以上恋人未満の関係」で事態を収束させた。
晴花がやってくるたびに、ささやく声がするのは、気のせいにしておこう。そうしよう。
気がつけば、髪型は本当に長いままにしている。
「私、すごく居づらいんだけど……アウェイ?」
「2か月前からアウェイだろ。……今はもうそれだけじゃ済まないけどな。たまには、俺の方から行くから、頼むから誤解されるようなことだけは勘弁してくれ」
「ま、誤解されてもいいんじゃない?」
「血を大量に失ったせいか、確かにどうでもいいと思い始めたよ」
「とりあえず、やくもくんには、感謝しないとだね」
……やくも? 俺は、鴻上の名前を教えた覚えはないぞ? 保健室で俺が気絶しているときにか?
「え、時雨覚えてないの? やくもくんのこと」
「……入学早々、休んでいたことぐらいしか」
「うん、それはやくもくんが色々してたからで……って、ほんとに覚えてないの!?」
「分かりません、すいません」
「……私じゃなく、やくもくんに謝ってね」
やくもやくもやくもやくもやくも……もやし?
一つも、微塵も覚えていない。人を覚えるのは苦手だが、何も覚えていないことは、初めてだ。
現に、晴花がひどく驚いている。
「やくもくんって、ここでは言えないけど、すごいことしてるって、昔時雨も驚いてたじゃん」
「ここでは言えないすごいこと……だと!?」
このとき気づいたのは、自分が前髪を切り忘れていることだった。(そっちかい!)
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