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雨男ときどき晴れ  作者: いちみんればにら
六月(上旬)のこと
12/22

(4)~目の前が真っ黒でも真っ白でもなく真っ灰だったら、微妙な気持ちになりませんか~

鼻血は、残酷な描写になりますか(!?)


境界線がわかりません!

「気絶はしていませんから、大丈夫ですよ。顔以外は……」

「ほらふらついてるでしょ。軽く脳震のうしんとう起こしてるみたいだから、今は横になっていなさい」

 医務係の篠原しのはら先生は、そう言って起き上がろうとする俺を無理やり戻す。

「時雨ぇ~。ごめんなさい」

 さっきから涙を流して謝り続ける晴花はるか

 気づけば、鼻血を出している。まあ、当然か。

「鼻血も出しているの? じゃあ、座った方がいいわ」

 今度は起き上がることを許される。


~~

 今の俺のポーズを例えるとするなら、”真っ白に燃え尽きた”ような感じだ。しかし真っ赤なそれは、真っ白なガーゼをにじませる。

 あ、日記持ってくれば良かったな。

~~


「・・・そうだね。それを話したら、ただの独り言になるもんね」

「あ、今俺しゃべってた?」

「確実に、はきはきした声で」

 晴花の目に、まだ涙が浮かんでいる。やはり、俺の方が悪く思えてくる。

「謝るのは、俺の方か、晴花の方か?」

「ノートの切れ端をよく見たら、ひらがな五文字しか書いてなかったけど、読み上げたことには謝ってほしいな。……いや、やっぱりごめんなさい」

「俺が”もゃし”でごめんなさい」

「……今何て? ……もやし?」

 ”もゃし”が浸透するまで、まだまだ時間がかかるようだ。

「晴花、”もやし”じゃないぞ”もゃし”だ」

「時雨、”もやし”じゃなくて”もゃし”なの?」

 同じことを反復されても答えは同じだ。

「もゃし」

「……ほおぉ。もゃし、ですか」

 納得したともしていないとも、といった表情で、晴花が言う。そんなに不思議な言葉か? もゃしは。


「髪型、戻さないのか?」

「時雨、どっちの方が良いと思う?」

 前と今の髪型のことか。よく分からないから直感で。

「人の髪型にとやかく言うつもりはないが、あえて言うなら、今の方が」

「そう、そうなんだ。じゃあ今度から、これに……する」

 俺の意見で決めるものか、と思った。

 しばらく互いに静かになり、

「教師が聞くのも何だけど……、2人とも、付き合ってるのかしら?」

 ずっと話を聞いていたらしい篠原先生が、間に割り込む。

「ええぇいやいや、とんでもにゃい!」

 晴花はあたふたしている。俺も、そんなこと言われて普通じゃいられない。

「先生、俺は昔からの友人として接しているのであって、決してそのような」

「そう? ……ほかの先生方の間でも、結構話題になってるのよ~。今の時代に珍しく、堂々と仲睦なかむつまじい姿を見せつけるカップルだって」

「か、かぷ……」

 噛んだ、舌も噛んだ。これは痛い。あのライタの感覚は、いたって普通の反応だったのか!

「わわわ私は、そんなこと……」

「いやねぇ、晴花さん。自分で言ってたじゃない。時雨くんと、こ……」

 それ以上は、晴花に口をふさがれ、先生は話せなかった。

「せ、せんせぇ!? それ以上は……絶対!」

 絶対、ダメらしい。最近、疑問ばかり残って、もやもやする。

 晴花も、先生に乱暴なことしてるな、とか思って、

「晴花、そこまですると、お前が校長に呼ばれることに」

「えぁっ、しまった!」

 晴花は飛び退く。篠原先生は、ひと息ついて、

「必死ねぇ、晴花さん」

 苦笑いであることは、言うまでもない。

「ところで、頭くらくらしない?」

「え……?」

 今気づくと、脳震とうは治った。でも、頭がふらふらして……

「時雨!?」

 俺は布団に倒れこむ。

「……あまり、気が動転する話はするべきじゃなかったわね」

 体が火照っている。赤いのが流動しているのが分かる。何か、晴花の話には、ついむきになるんだよなあ。冷静になれないというか、なんというか。

 そういえば、何か思い出してたような。


 篠原先生が何か用具を取りに、保健室を出ていたとき。俺は、(抽象的に表現して)赤いものが止まるまで、座っていた。

 制服のワイシャツは、赤いしみがついていて、早めに処置しないと跡が残るので、先ほど保健室の洗濯機に入れてもらって、壁に干してある。

「……あ、小学一年のとき」

「小学、一年……?」

 目の前はぼんやりして、晴花がどんな表情をしているのかは分からない。

 お前は、覚えているか。

 俺は、覚えている。

「ずっと、ともだちだって……」

「うん、時雨、そう言ってくれたよ」

 覚えていたか。まあ、そうだよな。

「俺……何で、”友人”って言わなかったんだろう」

「……は? まだ子供だったからでしょ?」

「俺は、あのとき、晴花とけんかしてた」

「そうだっけ?」

 言いたいことがばらばらに出てくるのに、それを晴花は気にも留めず答える。

「父さんに言われて、公園まで謝りに行ったんだ」

「えっと……、私が1人でブランコに乗ってたとき?」

「細かく覚えてるんだな」

「う、うん……まあ、たいせつだし」

 言葉の後半は、ぶつぶつ言って聞こえなかったが、俺は気にしなかった。

「あのころの俺は、素直に謝れなかったんだろうな。ずっと”ともだち”っていう言葉で、謝った気になってたんだ。俺はもっとひどいこと言ったんだよ、晴花に」

「ひどいこと?」

「……覚えてないんだけどさ」

 これは本当に覚えていない。

 自分がどんなことを言ったか。

 どんな言葉で彼女を傷つけたか。

 俺はまさか、罪滅ぼしのつもりで今まで晴花と一緒にいたのか?

「いや違う」

「違うって?」

「今、改めて謝っておくよ。ごめん」

「改められても、覚えてないからね……うん、許す。というか、血だらけだった人に謝られると、怖い」

 ワイシャツは、薄い跡を残し、壁に掛けられている。今は、その下の(被害のなかった)Tシャツでいるが、両手が相当なのだろう。

 なんだか、前線から帰ってきたみたいな、そんな感じ(どんな感じ!?)。

「手、洗わないとな」

 立ち上がろうとするが、晴花がそれを抑える。

「タオル濡らして持ってくるから、そこに座ってて」

「お、おう」

 何だこのやりとり。なんかこそばゆい気分だ。保健室の物、勝手に使っていいのか?

 晴花が、濡らしたタオルを、絞って、こちらに持ってくる。

「これで拭くといいよ」

「あ、どうも」

「それでさ、もしかしてそのことを謝るためにここに来たの?」

「いや、殴られた拍子に思い出したんだ」

「う、ごめん」

 タオルを裏返して顔も一応軽く拭く。すると、視界がはっきりしてきた。赤いものは、ずいぶん前から止まっているようだ。

「俺の方が謝られてるな」

「そうだね……」

…………………………。

 この沈黙は何だ!? 晴花も俺も俯いたまま何も話せませんが!?

 何だよ~この空気。すごい話しづらいよ~。

『あのさ』

 言葉が重複した。向こうも話しづらかったらしい。

「何話せばいいか、忘れちゃった」

「俺はとりあえず言ってみた」

……………………………。

 沈黙が再びよみがえる。不死身か!? 貴様!

 何度でも何度でも何度でもよみがえるさ、ってか!?


 また何か話そうと口を開いた途端、ばたん、と。

「もう、じれったいなぁ!」

 篠原先生、仮にも先生ですよね。まさか立ち聞きしていたとか……

「惜しい!! 今いいとこだったのに、先生!」

「……僕は、このタイミングが正しいと思うけど」

 ライタに、鴻上まで。後ろには、もっと人が見えるな。……うん、クラス単位?

「じゅ、授業さぼって何してるんですか皆ぁ!?」

 俺にしては大きめの声だったと思う。あまりの驚きに、久しぶりに出た叫び。

 そして、その声はあっさりと野太い高笑いに負けた。

「はっはっは、時雨が彼女と保健室にいると聞いて、担任として見逃せないと思ってだな。何か大変なことが起こる前にと思ったら、クラス全員がついてきたぞ」

 相良先生は、悪びれる様子もなく堂々としている。

「俺がどんな大変なことをするって言うんですか!!」

 このとき、完全に俺の”おとなしい”キャラは崩壊。だって、クラスの皆が証人ですよ。ひっくり返せるわけがない。

「いいわねぇ、青春。甘いわねぇ」

 篠原先生は、どこか遠くを見てずっと思いを馳せている。若い先生はみんな変なんですか。

 晴花は、いつの間にか布団に入り、寝たふりをしている。事態の解決は全て俺に転嫁か、はは……。

「とりあえず、ライタを恨むから。よろしくな」

「何をよろしくって? もゃ……」

 俺は、がっくりしたまま、気絶した。貧血かな。



 その後の説明は、鴻上が全てしてくれたらしい。

 次の日、鴻上に感謝しようと思っていたが、

「晴花さんと、どこまでいったの?」

「今どのあたりなんだ? 友達以上? 恋人未満?」

 クラスの誰もが間違った解釈をしているので、逆に怒りがこみ上げてきた。

 全員に説明するのも面倒なので、結局「友達以上恋人未満の関係」で事態を収束させた。


 晴花がやってくるたびに、ささやく声がするのは、気のせいにしておこう。そうしよう。

 気がつけば、髪型は本当に長いままにしている。

「私、すごく居づらいんだけど……アウェイ?」

「2か月前からアウェイだろ。……今はもうそれだけじゃ済まないけどな。たまには、俺の方から行くから、頼むから誤解されるようなことだけは勘弁してくれ」

「ま、誤解されてもいいんじゃない?」

「血を大量に失ったせいか、確かにどうでもいいと思い始めたよ」

「とりあえず、やくもくんには、感謝しないとだね」

 ……やくも? 俺は、鴻上の名前を教えた覚えはないぞ? 保健室で俺が気絶しているときにか?

「え、時雨覚えてないの? やくもくんのこと」

「……入学早々、休んでいたことぐらいしか」

「うん、それはやくもくんが色々してたからで……って、ほんとに覚えてないの!?」

「分かりません、すいません」

「……私じゃなく、やくもくんに謝ってね」

 やくもやくもやくもやくもやくも……もやし?

 一つも、微塵も覚えていない。人を覚えるのは苦手だが、何も覚えていないことは、初めてだ。

現に、晴花がひどく驚いている。

「やくもくんって、ここでは言えないけど、すごいことしてるって、昔時雨も驚いてたじゃん」

「ここでは言えないすごいこと……だと!?」

 このとき気づいたのは、自分が前髪を切り忘れていることだった。(そっちかい!)

この作品を読んでくれた人が、もしその気になったら、

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