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雨男ときどき晴れ  作者: いちみんればにら
六月(上旬)のこと
10/22

(2)~晴のち雨~

晴花視点での回想です。

このタイミングで入れたのに、特に理由はあるわけでもなくはないです。

他と比べると、回想編のため、若干長めです。


書き切りました。

 六月上旬。曇りの日。彼女は何かを言い捨て、一年二組を出た。言い捨てた言葉は、5時限目始業の鐘のせいで、相手にはよく伝わっていないだろう。

 鐘が鳴り終わると同時に、彼女は廊下へ飛び出した。自分のクラスに戻るまでの間、何を考えてたのかは覚えていない。しかし、教室に戻ってから、気分が悪いのを理由に、保健室に向かったのは覚えていた。保健室の先生に、いろいろ事情を説明して、なんとか”授業をさぼること”は許してもらえた。

 自分の思い、悩みを、どれだけ打ち明けたか、夢中になっていて、これもはっきりと覚えていない。

 その後、先生に「ノートにでもその思いを書いた方が良い」と勧められたので、整理しながら、彼女は新品のノートに自分の思いを綴り始めたのであった。



~~

 私は、いつも時雨についていました。物心ついた、幼稚園の頃には、知らないうちに時雨と遊んでいました。駆けっこ、砂遊び、ままごと、ブランコ。遊べるもので何でも遊んでいました。

 小学校に入ると、時雨はたまにしか遊んでくれなくなりました。

その時の私には、彼しか遊び友達がいなかったのです。

 

 同じ時に気づいたのは、時雨の近くにいると、雨がよく降ることと、私に、人の心を感じ取る能力があったことでした。


 時雨と一緒に遊んでいるとき、砂はどろどろになって、いつも”お城”は完成しませんでした。駆けっこも、家に帰ると服がびしょびしょ。今考えれば、とても恥ずかしいことなのですが。ままごとだって、帰ってくる夫(役)は、雨で濡れて帰ってきました。ブランコでけがをしたことも、しばしばありました。


 また、私が家族にその日の夕飯のメニューを聞こうとしたとき、その直前に自分からそのメニューを口走ることもよくありました。家族の皆が私に内緒で進めてきた、私の誕生日ケーキの計画も、そのせいで(自分からその計画については、あえて言いませんでしたが)驚くこともなく、家族に子供ながら申し訳なく思ったこともあります。

 良い所もあれば、悪い所だってあります。その心の内に、いつも嬉しい答えが待っているとも限りません。


 私は、そのせいもあってか、他に友達を、積極的につくらなくなりました。


 1人で近くの公園のブランコに乗っていた時のこと。偶然、彼はその公園にやってきました。あるいは、それぞれの家族同士で、何か話し合ったのかもしれません。しかし、どちらにせよ、彼が、幹 時雨がその場所に現れたことが、私にとって純粋に嬉しかったのです。

 彼は言いました。「僕たち、ずっと友達だよね」と。

 その時私は”ずっと”の部分に、嬉しくも悲しくもありました。今思えば、両方の感情を持った理由もよく分かります。


 それから、私は一層時雨についているようになりました。たとえ、クラスが違っても、休み時間は一緒にいたい。話をしていたい。私は、純粋に時雨と友達でいたかったのです。

 

 中学校に入ると、時雨はあの時よりさらに近づいてはくれませんでした。昼休みだけは、彼も許してくれましたが、その頃も私には”ずっと友達”の言葉が響いていたのです。

 馬鹿だと思われても仕方がありません。私にもさすがに女友達はそこそこいましたが、皆が口を合わせて、「仲良しなんだし、付き合っちゃえば」と言いました。その時初めて、私は自分の気持ちに気づいたのです。



 話は高校まで進んで、私は中学校の頃と同じように時雨のところへ行っていました。やはり、クラスは一緒ではなかったので。


 五月のこと。彼は、日記を始めたようでした。その内容は、日記というより”思想の集まり”のようなものでした。私には、そのどれもが、きらきらと輝いているように思えました。

 でも私は、その思いとは裏腹に、日記のことを「小学生みたいな日記」と称してしまいました。自分の思いに気づいてから、時雨に素直になれなくなっていたのです。

 当然彼は起こりました。口げんかで、私が彼にかなうはずがありません。成り行きで「ダサメガネ」と言ってしまったのはいいとして、彼を怒らせてしまったのは私も心が痛みました。

 次の休み時間に、彼に謝りに行こうとして、「日記の続き」を聞こうとした私も、素直になれていませんでした。


 次の日、私はまた時雨のところへ向かいました。私は時雨の気持ちが知りたかったのに、時雨が私のことが嫌いだと、彼に言わせようとしていました。その時、ふいに言われた、「お前のことが好き」に驚いた私は、つい声を上げてしまいました。

 

 数日後、私はいつものように振舞おうと、時雨のクラスに行きました。

 彼は、変わらず日記を書いていました。その内容の、

 ”晴花のことが気になっている”

 に、私はまず驚きました。本当なの? と、聞きたいくらいでした。

 読んでいくと、”気持ちの強さ”によって変わると思っていた天気が最近おかしい、というような雰囲気の文章が書いてありました。

 それは単に気弱くなっているだけなんじゃ、と思ったのはさておき、”雨男”に対抗する”晴れ女”と仮定して、私が挙がっていました。それだったら、今までなぜ晴れなかったんだろうと、率直な思いがありながらも、私はいつの間にやら時雨の頭を叩いていました。

 日記を見られて戸惑っていた彼を見たのはそれが最初でした。やっぱり1行目のこと? と思って、一つ、「心を読んだ」という冗談を言ってみました。実際、彼の心は複雑で、いざという時にしか見たりはしないのですが、このときは、卑怯になるから、絶対見ないと決めていました。

 急に黙り込んだ彼は、何か考えている様子でした。

「ここ数日の俺がおかしいのも……」日記のことが本当であれば。いや、そうであってほしいから。

 私は、分かっている、と答えました。その直後、廊下側から大きな音がして、彼の真意を聞き損ねてしまいました。


 成り行きで、校長室に行くことになった(正確には、そうなった時雨についていった)私は、歩きながらノートに書き続けている時雨の背中をずっと見ていましたが、我慢できずノートの中身を覗き込んでみました。

 残念ながら、私のことについては、彼の中ではノートには残らなかったようです。話しかけても、「日記を書くのは俺の勝手だろ」と言われ、私は校長室に着くまで、気持ちの整理がつきませんでした。


 時雨の心が読めるのは、ほんの一瞬の隙だけです。

 例えば、”俺もあんなことできないかなあ”という願望が表れると、勝手に私に伝達されるように、すっと頭に入り込んできます。それをきっかけにして、一言二言の心の呟きを、読み取ることができるのです。


 校長室に入る直前、そんなことをして時雨がしょんぼりしたのを見て、私は気が少し楽になりました。


 校長室を出る直前、校長先生を見て何かを呟いた時雨がとても気になり、私は気が少し惑っていました。


 気になって彼に聞いてみると、「自分でも訳が分からない」というので、あれこれ私が言っていると(途中、彼のことをかなり強めに押したような気がします)、彼のクラスの担任である相良先生に”仲良し”と言われ、私はそのことにとても喜びを感じました。彼は、「仲良しじゃない」と言いましたが。


 時雨のクラスに戻って、彼はすぐにペンを走らせながら日記に何かを綴っていました。

 内容は、校長先生の意外な正体(?)に関してと、彼の思い出でした。

 そういえば、時雨は書道習っていたっけ。部活も確か、書道部。そう思いながら、私は私が知らない彼の思い出に触れて、涙がこぼれました。

 あの時、最後の文を見て、時雨に突っ込む前に涙を拭いておけば、時雨に私の涙を見られずに済んだのに。

 不運にも、彼のクラスメイトにも見られたのには、とても情けないと思いました。


 その後1週間、彼のクラスメイト、金剛寺 ライタ君は、学校では見かけなくなりました。しかし、きっかり1週間後には、違和感なく私と同じで、時雨の周りにいたのでした。



 五月最後の日、時雨にとっては梅雨という節目にさよならを告げる楽しい日です。私にとっても、嬉しい日……のはずでした。


 話し相手の中に、私がいない。


 日記を読んで最初に思ったこと。彼に直接聞いて、はっきりと言われたこと。その時私は、本当に自我を失っていました。その間の私は、まるで心だけが別の場所に飛ばされたような感覚でした。

 

 少しして、遠くから「涙」という言葉が聞こえてきました。涙は、できるなら時雨に見せたくなかった。そう思っていたはず。

 我に返ると、やはり私は泣いているのでした。なぜだか、もやもやしていて、まるで雲のような気持ちがしました。……こんな表現、時雨しか使わないかな。

 その間私は何を口走ったのか、とても気になりました。時雨の微妙な表情を見る限り、まさかあのことを。こういうときにも、一瞬だけ、こぼれた気持ちの片だけ拾えることがあります。

 すみません、と聞こえたので、なんとかあのことではないようです。

 すっきりした私は、彼の言いたいことが何だか分からなくても、分かっているような気がしました。

逆に、少しでも罪悪感を持ってくれたらしい時雨を慰めていました。

 ……やっぱり、時雨は。



 六月上旬のこと。私はいつものように彼の日記を覗き込みます(人には”覗く”という言葉を言わせないで、私はこういう表現をよく使っています)。

 今度の理論は、”私と時雨の気持ちの均衡”でした。私の中では、もう正解に近づいている! と思い込んでいました。

 私の存在に気づき、日記の中で話をそらす、という新しい技法を用いた時雨に、思わず手で叩きそうになりました。それで瞬間的に掴まれたのですが、さらに私は驚いて、あわてて手を戻しました。


 この後言われたライタ君の言葉で、私は飛び出してしまったのです。

「恋人同士に見える」

 動揺して、言葉がつっかえました。


 私は、時雨のことを、恋人とか思っていないし。


 そう言ったつもりだったのに。……いっそのこと、私の気持ちを今ここで出し切ってしまおうか。それは学校のチャイムによって遮られ、彼には届いていないのでしょう。

 でも、このノートに、その思いをとどめておけるなら。私は、自分の気持ちを今ここで。



 私は、彼を、幹 時雨のことを…………。


~~


 そのノートの続きは、その時、彼女以外に知る者はいない。

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