(2)~晴のち雨~
晴花視点での回想です。
このタイミングで入れたのに、特に理由はあるわけでもなくはないです。
他と比べると、回想編のため、若干長めです。
書き切りました。
六月上旬。曇りの日。彼女は何かを言い捨て、一年二組を出た。言い捨てた言葉は、5時限目始業の鐘のせいで、相手にはよく伝わっていないだろう。
鐘が鳴り終わると同時に、彼女は廊下へ飛び出した。自分のクラスに戻るまでの間、何を考えてたのかは覚えていない。しかし、教室に戻ってから、気分が悪いのを理由に、保健室に向かったのは覚えていた。保健室の先生に、いろいろ事情を説明して、なんとか”授業をさぼること”は許してもらえた。
自分の思い、悩みを、どれだけ打ち明けたか、夢中になっていて、これもはっきりと覚えていない。
その後、先生に「ノートにでもその思いを書いた方が良い」と勧められたので、整理しながら、彼女は新品のノートに自分の思いを綴り始めたのであった。
~~
私は、いつも時雨についていました。物心ついた、幼稚園の頃には、知らないうちに時雨と遊んでいました。駆けっこ、砂遊び、ままごと、ブランコ。遊べるもので何でも遊んでいました。
小学校に入ると、時雨はたまにしか遊んでくれなくなりました。
その時の私には、彼しか遊び友達がいなかったのです。
同じ時に気づいたのは、時雨の近くにいると、雨がよく降ることと、私に、人の心を感じ取る能力があったことでした。
時雨と一緒に遊んでいるとき、砂はどろどろになって、いつも”お城”は完成しませんでした。駆けっこも、家に帰ると服がびしょびしょ。今考えれば、とても恥ずかしいことなのですが。ままごとだって、帰ってくる夫(役)は、雨で濡れて帰ってきました。ブランコでけがをしたことも、しばしばありました。
また、私が家族にその日の夕飯のメニューを聞こうとしたとき、その直前に自分からそのメニューを口走ることもよくありました。家族の皆が私に内緒で進めてきた、私の誕生日ケーキの計画も、そのせいで(自分からその計画については、あえて言いませんでしたが)驚くこともなく、家族に子供ながら申し訳なく思ったこともあります。
良い所もあれば、悪い所だってあります。その心の内に、いつも嬉しい答えが待っているとも限りません。
私は、そのせいもあってか、他に友達を、積極的につくらなくなりました。
1人で近くの公園のブランコに乗っていた時のこと。偶然、彼はその公園にやってきました。あるいは、それぞれの家族同士で、何か話し合ったのかもしれません。しかし、どちらにせよ、彼が、幹 時雨がその場所に現れたことが、私にとって純粋に嬉しかったのです。
彼は言いました。「僕たち、ずっと友達だよね」と。
その時私は”ずっと”の部分に、嬉しくも悲しくもありました。今思えば、両方の感情を持った理由もよく分かります。
それから、私は一層時雨についているようになりました。たとえ、クラスが違っても、休み時間は一緒にいたい。話をしていたい。私は、純粋に時雨と友達でいたかったのです。
中学校に入ると、時雨はあの時よりさらに近づいてはくれませんでした。昼休みだけは、彼も許してくれましたが、その頃も私には”ずっと友達”の言葉が響いていたのです。
馬鹿だと思われても仕方がありません。私にもさすがに女友達はそこそこいましたが、皆が口を合わせて、「仲良しなんだし、付き合っちゃえば」と言いました。その時初めて、私は自分の気持ちに気づいたのです。
話は高校まで進んで、私は中学校の頃と同じように時雨のところへ行っていました。やはり、クラスは一緒ではなかったので。
五月のこと。彼は、日記を始めたようでした。その内容は、日記というより”思想の集まり”のようなものでした。私には、そのどれもが、きらきらと輝いているように思えました。
でも私は、その思いとは裏腹に、日記のことを「小学生みたいな日記」と称してしまいました。自分の思いに気づいてから、時雨に素直になれなくなっていたのです。
当然彼は起こりました。口げんかで、私が彼にかなうはずがありません。成り行きで「ダサメガネ」と言ってしまったのはいいとして、彼を怒らせてしまったのは私も心が痛みました。
次の休み時間に、彼に謝りに行こうとして、「日記の続き」を聞こうとした私も、素直になれていませんでした。
次の日、私はまた時雨のところへ向かいました。私は時雨の気持ちが知りたかったのに、時雨が私のことが嫌いだと、彼に言わせようとしていました。その時、ふいに言われた、「お前のことが好き」に驚いた私は、つい声を上げてしまいました。
数日後、私はいつものように振舞おうと、時雨のクラスに行きました。
彼は、変わらず日記を書いていました。その内容の、
”晴花のことが気になっている”
に、私はまず驚きました。本当なの? と、聞きたいくらいでした。
読んでいくと、”気持ちの強さ”によって変わると思っていた天気が最近おかしい、というような雰囲気の文章が書いてありました。
それは単に気弱くなっているだけなんじゃ、と思ったのはさておき、”雨男”に対抗する”晴れ女”と仮定して、私が挙がっていました。それだったら、今までなぜ晴れなかったんだろうと、率直な思いがありながらも、私はいつの間にやら時雨の頭を叩いていました。
日記を見られて戸惑っていた彼を見たのはそれが最初でした。やっぱり1行目のこと? と思って、一つ、「心を読んだ」という冗談を言ってみました。実際、彼の心は複雑で、いざという時にしか見たりはしないのですが、このときは、卑怯になるから、絶対見ないと決めていました。
急に黙り込んだ彼は、何か考えている様子でした。
「ここ数日の俺がおかしいのも……」日記のことが本当であれば。いや、そうであってほしいから。
私は、分かっている、と答えました。その直後、廊下側から大きな音がして、彼の真意を聞き損ねてしまいました。
成り行きで、校長室に行くことになった(正確には、そうなった時雨についていった)私は、歩きながらノートに書き続けている時雨の背中をずっと見ていましたが、我慢できずノートの中身を覗き込んでみました。
残念ながら、私のことについては、彼の中ではノートには残らなかったようです。話しかけても、「日記を書くのは俺の勝手だろ」と言われ、私は校長室に着くまで、気持ちの整理がつきませんでした。
時雨の心が読めるのは、ほんの一瞬の隙だけです。
例えば、”俺もあんなことできないかなあ”という願望が表れると、勝手に私に伝達されるように、すっと頭に入り込んできます。それをきっかけにして、一言二言の心の呟きを、読み取ることができるのです。
校長室に入る直前、そんなことをして時雨がしょんぼりしたのを見て、私は気が少し楽になりました。
校長室を出る直前、校長先生を見て何かを呟いた時雨がとても気になり、私は気が少し惑っていました。
気になって彼に聞いてみると、「自分でも訳が分からない」というので、あれこれ私が言っていると(途中、彼のことをかなり強めに押したような気がします)、彼のクラスの担任である相良先生に”仲良し”と言われ、私はそのことにとても喜びを感じました。彼は、「仲良しじゃない」と言いましたが。
時雨のクラスに戻って、彼はすぐにペンを走らせながら日記に何かを綴っていました。
内容は、校長先生の意外な正体(?)に関してと、彼の思い出でした。
そういえば、時雨は書道習っていたっけ。部活も確か、書道部。そう思いながら、私は私が知らない彼の思い出に触れて、涙がこぼれました。
あの時、最後の文を見て、時雨に突っ込む前に涙を拭いておけば、時雨に私の涙を見られずに済んだのに。
不運にも、彼のクラスメイトにも見られたのには、とても情けないと思いました。
その後1週間、彼のクラスメイト、金剛寺 ライタ君は、学校では見かけなくなりました。しかし、きっかり1週間後には、違和感なく私と同じで、時雨の周りにいたのでした。
五月最後の日、時雨にとっては梅雨という節目にさよならを告げる楽しい日です。私にとっても、嬉しい日……のはずでした。
話し相手の中に、私がいない。
日記を読んで最初に思ったこと。彼に直接聞いて、はっきりと言われたこと。その時私は、本当に自我を失っていました。その間の私は、まるで心だけが別の場所に飛ばされたような感覚でした。
少しして、遠くから「涙」という言葉が聞こえてきました。涙は、できるなら時雨に見せたくなかった。そう思っていたはず。
我に返ると、やはり私は泣いているのでした。なぜだか、もやもやしていて、まるで雲のような気持ちがしました。……こんな表現、時雨しか使わないかな。
その間私は何を口走ったのか、とても気になりました。時雨の微妙な表情を見る限り、まさかあのことを。こういうときにも、一瞬だけ、こぼれた気持ちの片だけ拾えることがあります。
すみません、と聞こえたので、なんとかあのことではないようです。
すっきりした私は、彼の言いたいことが何だか分からなくても、分かっているような気がしました。
逆に、少しでも罪悪感を持ってくれたらしい時雨を慰めていました。
……やっぱり、時雨は。
六月上旬のこと。私はいつものように彼の日記を覗き込みます(人には”覗く”という言葉を言わせないで、私はこういう表現をよく使っています)。
今度の理論は、”私と時雨の気持ちの均衡”でした。私の中では、もう正解に近づいている! と思い込んでいました。
私の存在に気づき、日記の中で話をそらす、という新しい技法を用いた時雨に、思わず手で叩きそうになりました。それで瞬間的に掴まれたのですが、さらに私は驚いて、あわてて手を戻しました。
この後言われたライタ君の言葉で、私は飛び出してしまったのです。
「恋人同士に見える」
動揺して、言葉がつっかえました。
私は、時雨のことを、恋人とか思っていないし。
そう言ったつもりだったのに。……いっそのこと、私の気持ちを今ここで出し切ってしまおうか。それは学校のチャイムによって遮られ、彼には届いていないのでしょう。
でも、このノートに、その思いをとどめておけるなら。私は、自分の気持ちを今ここで。
私は、彼を、幹 時雨のことを…………。
~~
そのノートの続きは、その時、彼女以外に知る者はいない。