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間違いメールにご注意を

──次の日。

「よう、親友。どうだった首尾は? 」

朝の教室でまったりとしている所に現れたのは自称、俺の親友を語る明人だった。

「ふ、ふふふ」

「まさか、ダメだったか! あまりのショックで前にも増して頭のネジが」

「ふふふ、バッチリだ!!! 事が上手く運びすぎて昨日の夜から含み笑いが止まらんのだよ! ふふふ」

「それは、それで危ないな」

何とでも言うがいいさ。今の俺は大変機嫌がいい。そうさご機嫌さ。

アレから夜中まで続いたメールのなかで朝生さんとの距離はだいぶ近づいたと言えるだろう。

男子の中では俺が一番親密な位置にいるはずだ。

「ふふふふ」

「おい、本当に大丈夫か」

ガラガラガラガラ

「おっはよー」

その時教室に入ってきたのは、マイエンジェル朝生さん!

朝生さんは俺の姿を捉えると、にんまりと顔を歪め、こちらに向かって一直線に歩いてくる。

「おはよう。上坂君。昨日はちゃんと眠れた? 」

「ああ、おかげさまでな。夜中までメールの練習に付き合ってもらって悪かったな」

「ふふん、どう致しまして。どう? 少しは慣れた? 」

「まあまあかな。元が機械オンチだからな。厳しい道のりだ」

「へー、上坂君機械ダメなんだ」

い、いける!

普通に会話してるぞ俺!

へへ、教室中の男子の突き刺すような視線が痛みを通り越して気持ちいいぜ!

悪いな、男子諸君。俺は勝ち組なのだよ!

うははははは!

「じゃ、ホームルーム始まるから席にもどるね。じゃ、後でね」

「おう」

朝生さんが席に戻ると俺の周りはクラスの男子連中によって埋め尽くされる。

先ほどまでの爽やかな空気はどこへ行ったのか、言い表しがたい熱気とプレッシャーが俺の全身を包み込む。

「おい、上坂。お前、どんなマジック使ったんだよ」

「ぼ、ぼ、ぼ、僕にも教えてほしいんだな。ふぅ…ふぅ…」

ワイワイガヤガヤ。

ふふ、負け犬たちの遠吠えが耳に心地よいわ!

貴様等は戦局を見誤ったのだよ! 目先のことばかりに踊らされおって、大局を見据えて動かなかった事が貴様等の敗因だ!

即ち…

「負け犬たちにくれてやる言葉は一つだけだ………悪いな」

爽やかな笑顔。

「そこまでにしとけよ。俺も含めて皆が可哀想だろう」

俺の鼻が約三十センチメートルに達したとき、横から明人が割って入り、その場は丸く収まることとなった。

俺個人としてはもう少しからかってやりたいところだったが、本気で闇討ちされる危険性をはらんでくるのでコレぐらいで我慢しておいてやろう。


そして、昼休み。

俺は大野さんと一緒に屋上で昼食を摂っていた。

もちろん携帯電話について色々教わるためである。

「…wっていうのは"笑"を省略して頭文字だけをとったもの。…これが定説」

「なるほど、そういう意味だったのか。モグモグ」

「…↓っていうのは。…語尾を、下げる時に使うの」

「ぐあ、よく考えられてるな。ますます奥が深いぜ。電子世界モグモグ」

相変わらず大野さんの携帯捌きはすごい、親指がすべるようにボタンをプッシュし、話している速度と同等のスピードで言葉を紡いでいくのだから相当なものだ。

「……ストラップ」

「え? モグモグ」

「…ストラップ。してないね」

あ、あの白いフワフワ謎生物のことか。

「ごめん。携帯も同型買っちゃったし、おまけにお揃いのストラップまでつけてたら誤解されそうだから付けなかったんだ。大野さんも迷惑でしょ? そうなったら」

「…私は、…別に」

ガチャ!

唐突に屋上のドアが開け放たれる。

「あー、こんなところにいた! 」

開け放たれたドアから顔を覗かせたのは朝生さんだった。

片手には可愛らしいピンクのお弁当包みが見える。

「あっれー? 大野っち。上坂君と仲いいじゃん。うりうり~」

朝生さんは、大野さんに駆け寄るとその小さな頭を乱暴にこねくり回す。

「せっかく一緒にご飯食べようと思ったのに。男の子とご飯食べてるなんて~」

「…いたい。…いたい」

あまり痛そうに聞こえない抗議の声が聞こえてくるが、それに構わずコネコネしている朝生さん。

さすがにちょと可哀想になってきたな。

いまにも大野さんのマッチ棒のような首がもげて仕舞いそうである。

「そろそろ、やめてあげたらどうだ? なんか絵的にいじめてるみたいだぞ」

「えー。大丈夫だって。大野っちはこう見えて頑丈なんだから。前の学校の時ね、階段から転げ落ちてね」

おいおい、大スペクタクルだな。

「しかも、落ちた先に先生の車が通ってね。そのままどっかーん」

ほほう、よく生きてたな大野さん。

そして、よく問題にならなかったな先生。

本当に頑丈なのか…。

「それで、私が駆け寄って大丈夫って聞いたら、…平気。…ちょと肩をぶつけた。とか言ってスタスタあるいていっちゃったんだよ? 」

「頑丈すぎだろ! 」

さすがに突っ込んだ。

うーん、まさかとは思うが自分自身をメカに改造してたりしないだろうな。

思考中。

ごめん。大野さん。完全に否定できない俺がいたよ。

「でも、意外だな。大野っちが男の子とこんなに話しているなんて、いままではこんな事なかったのに」

と、朝生さんはニヤリと笑みを浮かべながら大野さんの小脇を突付く。

「…私だって。…話す事ある。男の子とも」

しばらくの沈黙の後に、大野さんは答える。

なんだか、大野さん。いつもよりもムキになっているというか、感情的な物言いだな。

「ふーん」

そしてその様子を見てますますにんまりする朝生さん。

うーん、女子のやり取りはよくわからんなぁ。

「…私。先に教室に戻ってる。…上坂君まだご飯食べてるから、朝生さん一緒に食べるといい」

大野さんはそれだけ言い残すと荷物をまとめてスタスタと歩き去ってしまった。

これは俺に気を利かせたつもりなのだろうか。

「ほっほぅ! 上坂君。どうやら大野っちに気に入られたみたいだねぃ」

「む、そうなのか」

「あの無口な娘が。あんなに話してるなんて。めずらしいもの」

「ふーむ」

「まあ、せっかくの大野っちのご好意だから。ご飯食べよ。ね」

「お、おう」

なんだか分からないがどうやら朝生さんと二人で食事できるようだ。

ああ、大野さんありがとう。

それからは、朝生さんとたわいもない話で盛り上がった。

前の学校の事、メールの事、大野さんのこと。

なんでも、大野さんは前の学校では成績トップ。

特に理数系、工学系には強く、すでに東京大学からオファーがあったとか無かったとか。

いわゆる"天才"と呼ばれる人種らしい。

なるほど、その片鱗が大野式電波増幅器…。

楽しい昼食時間はあっという間に過ぎ去り、大音量のチャイムが夢の時間の終わりを告げる。

「さぁて、長居しちゃったね。もどろうか」

「そうだな」

「…上坂君さぁ、大野っちの事。どうおもう? 」

唐突な質問だった。

どう思うか? まあ、無口で機械好きで…。

「いい奴だとおもうけど」

「ううん、そういうのじゃなくて……」

うーん、なんだか歯切りが悪いな。

朝生さんは一体なにを言わんとしていたのだろうか。

「やっぱいいや。また今度聞くね」

「あ、ああ」

ふむ、やっぱり分からんな。

世の中不思議でいっぱいだ。

「一雨、来そうだな」

天を仰ぐと、先ほどまで晴天だった空はいつの間にかどんよりとした分厚い雲が覆っていた。


──放課後。

俺は大野さんの姿を探していた。

どうも昼休みが終わった後から様子がおかしいのだ。

休み時間になる度にどこかへフラフラっと消えてしまうし、授業中はずーと窓の外を眺めていて俺のほうからは後頭部しか窺うことが出来ない。

まあ、元々そういう人間だったと言えば、そうなのだ。

だから、周りに人間はあまり気にはしていない。

──だが、何かが違う。

確実に普段の大野さんではないという確信が俺の中にはあった。

その確信を胸に、こうして大野さんを探しているのだが……。

お!

窓の外を見ると大野さんが校庭付近を歩いている。

はや! もう、あんなところに!

俺は急いで階段を駆け下り、靴を履き替え大野さんの姿を追った。

全力疾走とまでは言わないまでも結構な速度で走っているのになかなか差が縮まらないのは仕様なのか?

「よ、よう。はぁはぁ。大野さん歩くの速いのな」

なんとか大野さんに追いつくことが出来たが、競歩の選手もびっくりな速歩きは以前継続中である。

だから、たまに小走りで追いつかないとそのまま取り残されてしまいそうだ。

「………」

応答なし。

聞こえていないのかな?

「あー、テステス。本日ハ曇天ナリ。本日ハ曇天ナリ。聞こえますかー」

「…そんなことしないでも。聞こえてる」

聞こえてるんだったら、はじめから答えろってんだ。

「どうしたんだ? 昼休みから様子が変だけど」

「…別に、いつもと一緒」

取り付く島も無い。

「ほ、ほら。携帯の事とかまた教えてくれよ。このボタンってさ……」

「…朝生さんに聞けばいい。…いいから、どっか行って。迷惑」

む。

さすがの俺も少しカチンッと来た。

人が折角心配してやっているのに、こんな返され方したら誰でも怒るだろう。

「そんな言い方ないだろ」

「…本当のこと。…うるさいな」

このっ!

俺は前を歩いていた大野さんの肩に手をかけ、乱暴にこちらを向かせる。

「いいかげんに! ……し…ろ」

そこまで言って俺の言葉は途切れ、いままであった怒りの熱が徐々に引いていく。

振り向かせた大野さんの目には大粒の涙が溜め込まれていたからだ。

「…うるさいな。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! 」

パシンッ!

大野さんは俺の手を叩くように振り切ると、校門の方へ駆け出す。

「ちょ、おい! 大野さん! 」

俺も咄嗟に大野さんの背中を追いかける。

ポツポツ………サァァァ。

おれが駆け出すと同時に空から大粒の雨が降り注ぐ。

よりにもよってこんなときに夕立とは、とことんついていない。

くそ、雨が顔面に叩きつけられるものだから、よく前が見えん!

持っていた学生カバンを盾にし、何とか走れるだけの視界を確保。

必死に大野さんを追うがなかなか追いつけない。

まったく、あの小さな体のドコにコレだけの力が眠っているのだろうか。

道は徐々に狭い未舗装な道になってくる。

どうやら山道を通って俺を撒くつもりらしい。

「お、大野さん! 山道は危険だから、とりあえず止まってくれ! 」

俺の声が届いているのか、届いていないのか。

どちらにしても大野さんが速度を緩める様子は無い。

こうなったら、行くしかないだろう。

幸い俺は生まれ育った土地だけに山道には慣れている。

ほれ! この通り! こんな悪条件下でもこの軽やかなステップで大野さんを射程距離に…

ズルッ!

「あ」

次の瞬間、俺の身体は宙を舞っていた。

ぬかるみに足を捕られてしまったらしい。

しかも、最悪なことに俺たちが走っていた道の脇は、ちょっとした崖となっており俺はその崖を滑り落ちていた。

大野さんの背中が遠ざかって行くのが最後のビジョン。

ガツンッ!頭部への鈍い衝撃とともに視界はブラックアウトする。


目を開けるを既に辺りは闇に包まれ、夏の虫達の大合唱の舞台となった森の中で目が覚めた。

ずっと雨露に晒されていたからだろうか、体中が冷えきっていた。

ズキンッ!

「っ痛ぅ」

身体を起こすと頭部に痛みが走る。

しかし、その痛みのおかげでだいぶ意識がハッキリしてきた。

確か俺は大野さんを追って山道を走っていて、それで…。

上を見上げると山道までは結構な高さだ。

生きているだけでもありがたいと思わなければならないかもしれない。

おそらくは落下時のダメージだろう。

頭部の痛みだけではなく、体中がギシギシと痛む。

だが、ずっとこうしているわけにもいかない。

どうする……。

そうだ、携帯電話!

こんな時こそ使わねば!

俺は携帯電話を取り出す、が。

「け、圏外…」

残念ながらこの地域では携帯電話は使えないようだ。

なんのための携帯電話だ、ちくしょう。

はぁ、そういえばこの携帯電話は朝生さんと仲良くなるために買ったんだったな。

そういえば、朝生さん。

昼休み何を言おうとしていたのか……。

「…上坂君さぁ、大野っちの事。どうおもう? 」

俺は……。

どうなんだろう。

なんで、こんな目にあってまで大野さんを追いかけたのだろうか。

─心配だから。

そう、心配だったから。いつもの様子が違ったから。

だが、他の人達が気づかない程度の変化だ。

大野さんだって人間だ。たまには気の乗らない日があってもおかしくはない。

もちろん体調が悪かったのかもしれない、女の子には例の日もある訳だしなぁ、あはは…。

…ほんと、なんでだろうなー。

プルルルル! プルルルル!

その時、ならない筈の電話が鳴った。

一瞬、夏の虫が大きな音を上げたのかと思ったが、確実に俺の携帯からの音だ。

「電波状況がよくなったのか」

発信者は、"大野あかり"。

ピッ!

「もしもし」

『…あ。…上坂…君? 』

「ああ、俺だよ」

『…今何時だか分かる? 今どこにいるの』

幸い、携帯には故障が無かったので闇夜に浮かぶディスプレイにはハッキリとデジタル時計が時を刻んでいた。

えーと、なんだ。もう零時なのか。

『…こんな時間までどうしたの? いま青年団の人達が、上坂君をさがしてるんだよ? 』

そんな大事になってたのか。

こんな時間まで音信不通なら、それもそうか。

「そりゃ、ありがたい。実は大野さんをストーキング中にドジってな。まだ、山の中で転落したままなんだ」

『…え。だ、大丈夫! ケガとかしてない』

「少し頭を打ったけど、この通り普通に会話できる程度には平気さ」

『…そう、よかった』

(おーい、おーい)

闇の奥から青年団の人達の声が聞こえてくる。

どうやら、助けが来たようだ。

「ここだー! ここー! 」

俺は上を歩いている人達に向かって大きく声を張り上げる。

「お、上坂んとこのぼっちゃんか!? 無事か? 」

「なんとか! ただ、体打って動けないんです! 」

「おーし、今から助けるから。そこ動いちゃならねーぞ! 」

「分かりました! 」

ふぅ。

「大野さん? いま青年団の人に見つけてもらえたよ」

『…今日はごめんね。…うるさいとか言って』

「いや、俺も結構乱暴だったかもしれない、ごめん」

『…ううん。…上坂君は私のこと、心配してくれただけ。私、ちゃんと分かってたの。上坂君が心配してくれた事。…きっとそんな上坂君に甘えてみたかっただけなの』

「大野さん…」

『…とにかく、ごめんね。…明日からは普段どおりの私だから。…もう、大丈夫だから』

「うん」

『じゃあ、また明日』

「また、明日」

プツッ! ツーツー。

はぁ、明日からは普段どおりか。

また、無口で機械好きでちびっ子が復活するわけか。

結果論だが大野さんが普段通りに戻るなら、俺がこうして体中を痛めただけの価値はあったのだろう。

あれ?

そういえばなんで大野さんの電話だけ通じたんだ?

たしか、ここは圏外だったはずだ。

もう一度、ディスプレイに視線を落としてみるがやはり圏外だ。

一体なぜ。

あー、そうか。大野さんまたあの電波増幅器を使ったな……。

村中の人が電化製品の異常動作でパニックになってなければいいけど。



──次の日。

あの後、怪我の手当てや一応脳の精密検査やらで連れまわされ、床についたのは深夜二時を過ぎてからだった。

おかげで今日は怪我によるものよりも、睡眠不足によるダメージのほうが体に残っていた。

はぁ、とりあえず授業中は眠らせてもらおう。

これは授業に対するサボタージュではない。そんないい加減な気持ちで受けては逆に失礼だと思い、授業を受けない事なのだ。

いつでも授業に対する真っ直ぐな俺の心が自然に夢の世界へといざなっていくのだから仕方ない。

さーて、今日はどんな夢を見ようかなっと。

「…おはよう」

「あ」

声のほうを振り返ると、大野さんが立っていた。

いつもと変わらない。いつもの大野さんだ。

「おはよう。あ、そうだ。大野さん、俺今日告白しようと思うんだ」

「…そう。…上坂君が。そう決めたなら」

「それで、ぜひとも大野さんにも立ち会ってほしいんだよ」

大野さんは少しだけ驚いた表情をした。

まぁ、無理もない。

他人の告白に立ち会えなど言われて驚かない人間がいるだろうか。

「ほら、メールで告白するから。間違えたりしたくないだろ。技術指導ってことでね」

「…なるほど。…技術指導。わかった、立ち会う」

「じゃあ、放課後にな」

俺は席につくと朝生さんのほうを眺めてみる。

いつもどおり他の女子たちと楽しそうに話している。

俺の心に、迷いはない。



──そして放課後。

誰もいなくなった教室に俺と大野さんがいる。

「…準備はいい? 」

「ああ」

教室が夕焼け色に染め上げられた頃には、準備は整っていた。

あとは、この送信ボタンを押すだけだ。

「…最後に、聞いていい? …なんで朝生さんなの? 」

大野さんの質問。

この質問にどのような意味が込められていようが関係ない。

俺の気持ちは既に決まっていて、あとはこのボタンを押すだけ、ただそれだけなのだ。

「ノーコメント」

「…そう」

大野さんは少し寂しそうに俯く。

こうしてみると大野さんも随分と表情が豊かになったものだな。

以前ならば、眉一つ動かすことなどなかっただろう。

「じゃあ、行くよ。送信っと」

運命のボタンがいま押される。

これで後戻りはできない。あとは返事を待つだけだ。

ピロリロリィ。

数秒後、大野さんの携帯からメロディが流れ出す。

「…ごめん]

大野さんは携帯を取り出すとそのメールを見て、固まる。

「…ねぇ、あれだけ確認したのに。…送る相手。間違えてる」

そう、俺の告白メールは朝生さんにではなく、大野さんに送信されてしまっていた。

何度も確認した上で送ったはずだが、大野さんの所へ届いたメール。

「それでいいんだ」

「…え? 良くないでしょ。…ほら、もう一回教えて、あげるから」

大野さんは俺の携帯に手を伸ばす。

だが、俺はヒョイとその携帯を顔の位置まで持ち上げると、大野さんの手は届かない。

「だからさ、これでいいんだ。俺は送る相手を間違えちゃいない。何度も確認したからな」

ついに大野さんの目はまん丸になり、非常に驚いた表情になる。

はは、やっぱり面白いな。

「…え? 」

俺はゆっくりと携帯を握っていた手を広げると、白いものが俺の手から零れ落ちた。

「よく見るとコイツもかわいいな。それに便利だし」

そう、おれの携帯にぶら下がっているのは大野さんからもらったストラップ。

「…それ」

「ああ、大野さんからもらったストラップ。これでお揃いだな」

「…あ」

ようやく事態を把握したのだろうか。

夕日で真っ赤に染め上げられていた大野さんの頬が、更に赤みを帯びていく。

「…でも、…どうして」

「そうだなぁ、俺も気づいたのは昨日の夜だ。崖から落ちたとき、救助を待つ間考える時間はいっぱいあったからな。そして気づいたんだ…おれが本当に好きだったのは朝生さんじゃない。大野さんだったってことにな。いまから思えば朝生さんのことを考えてる時間よりも、大野さんのことを考えている時間のほうが長かった。いつも俺の心のなかにいたのは大野さんだった。そんな単純なことに俺は昨日、崖から落ちるまで気づくことができなかったんだ」

「…そう」

「誤解も解けたところで、聞かせてほしいんだが。返事」

結局洗いざらい喋ってしまった。

メールでの告白の意味は微塵もなかったが、これでいい。

大野さんがどのような判断を下したところで、俺の気持ちはすべて伝えることができたのだから。

いつもはやかましい蝉たちも今だけは静かに、大野さんの返事を待っている。

「…わたしの。答えは」

俺は瞼を閉じ、彼女の返事をを待つ。

さて、イエスか。ノーか。

次の瞬間、俺の襟首に大野さんの手が回され、甘いにおいが鼻先を掠める。

目を見開くとそこには大野さんの顔があり、俺の唇は大野さんの唇で塞がれていた。

大野さんと俺の身長差からすると、大野さんが俺の首にぶら下がって口付けをしている構図になるのだが、そんな無理な体勢での初めてのくちづけは不器用で、情熱的で、機械的で、随分と長い間その体制のまま俺たちはお互いの唇を合わせていた。

ガラガラガラガラ!

唐突に開かれる教室の扉。

って! まてこの状況は非常にまずい!

咄嗟に俺と大野さんは間合いを広げるが、時既に遅しといったところだった。

教室のドアから現れた人物はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべており、慌てふためく俺たちを見てご満悦のようだ。

しかも、よりにもよってその人物は朝生さん。

「ほっほう、忘れ物取りに帰ってきてみれば、随分と面白いものが見れたね。息まで切らしちゃって、うふふふふ」

「あ、あの。これにはいろいろと深い事情がありまして」

「あーいいのいいの、気にしないで。私が知らないところですべて上手くいったみたいだから」

俺の弁明はききとどけてもらえないらしい、まあ決定的瞬間を見られて弁明もクソもないけどな!

「大野っち。……よかったじゃん」

「……うん。…ありがと」

「あーあ、でも先越されちゃったな。私も上坂君狙いだったのに」

ぶ!

「ほんとうに! 」

「うん、ほんとぉ。うしし」

つまり、転校生二人は俺にぞっこんだった訳で、つまりどちらを選んだとしてもオッケーだった訳で、上手くすれば転校生どんぶ…。

バチンッ!

「ぎゃぁ」

突如俺の左手を襲う、激痛。

あまりの痛さにのた打ち回る俺を大野さんが冷ややかな目で見下ろしてる。

その手には黒い物体が握り締められており、バチバチと紫電を放っていた。

は!

まさか俺、スタンガられた?

「あははは、上坂君。この調子だと浮気はできそうもないね」

「ぐぅ、まさか。スタンガンまで所持しているとは」

「…防犯、浮気、対策」

その様子をみてますます笑顔になる朝生さん。

そんなに楽しいですか、人の不幸が。

いや、一概に不幸とは言い切れないか、こうして大野さんと恋人になれたのだから。

俺は大野さんその小さな頭に手を乗せる。

ぽふっ。

「誓うよ。俺は君を幸せにする」

「……うん。……知ってる」

そういって、大野さんは微笑んだ。

近未来ならぬ近過去のお話。

携帯電話をはじめて持ったときは結構嬉しかった気がしますが今ではそうでもないかもしれませんね。

つたない文章ではありますが読んでいただいてありがとうございました。

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