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携帯電話ショッピング

キーンコーンカーゴーン。

微妙に壊れたチャイムが一日の終了を告げ、放課後。

結局、あの後すぐに一限がスタートし、朝生さんとの会話は出来なかった。

休み時間も女子連中に学校案内と連れまわされ、昼休みなど屋上は女の花園と化し入り込む余地もなかった……。

そして、今まさに校門を女子連中とくぐる転校生二人組み。

「あれ、心の汗で明日が見えない」

教室の窓からその様子を見て悔し涙を流す俺。

正直女子連中のガードがここまで厳しいとは予想GUYだった。

なんというか、ベルリンの壁が教室を東西に引き裂いたような……。

少しでもその壁に近づくと憲兵が……

「何? なんかよう? 」

こうである。

「よう、どうやら作戦失敗のようだな。勇」

後方からの声に振り返ると諸悪の根源である明人が帰り支度を済ませ、いやらしい笑顔でこちらに歩いてくる。

どうやら悲しみに打ち拉がれている俺の姿を見てご満悦らしい。

「現れたな。元凶め」

「おいおい、そういうの八つ当たりって言うの知ってるか? 」

「ふふ、誰が八つ当たりをした。確かにお前は元凶ではあるが、心が無限宇宙のように広い俺様はそのようなことでは怒りはしないよ。なぜなら! 」

見よ!コレこそが授業中寝ながら閃いた一世一代の作戦。

バサァ!

そう、俺が取り出したのは先ほど職員室からくすねてきた朝刊の折込チラシ!!

「なんだこれ、携帯電話のチラシじゃないか」

「そのとーり!いいか、明人も知っての通りこの村は時代に忘れられた田舎だ!携帯持ってるやつなどほんの少数!ここで携帯をGETし、朝生さんと"めるとも"になり、"めーる"というもので告白しようと思うのだよ!」

「要は"ラブレター"ってことだろ。手紙じゃダメなのか?」

はぁ、こいつはなにもわかっちゃいない。

「それでは地を這うゴキブリどもと変わらないじゃないか。聞いた話では東京のカップルのほとんどはこの"めーる"によって成立しているらしい……」

「ほんとかよ………」

もちろん確かな筋からの情報だ。

月間東京マガジィーン7月号掲載の"これであなたもバカップル"の記事にはしっかりと書かれていた。

「そこでだ!今度の日曜日に隣町まで繰り出し、携帯電話を買ってこようと思うんだが!」

バンッ!

明人の前にチラシを叩きつけての親友とのアイコンタクト。

「買ってこいよ」

「ガッデーム! 目で通じろよ! 親友! 」

明人はこめかみを押さえながら大きくため息をつく。

「すまん、流れが見えない」

「つまりだ! 買い物に付き合えと! そう言っとるのよ! 俺は! 」

身振り手振りを交えて必死にアピールする。

正直なところ俺はどうも機械というものが苦手だ。

携帯電話どころか黒電話じゃないダイアルプッシュ式の電話すら怪しい。

留守電の録音の仕方が分からず、一時期我が家の留守電は、

"え? なに? もうこれはじまってんの? ブツッ! "

だったのだ。

携帯電話を買うのはいいが、実際に使えるかどうか。

そもそも、携帯電話とPHS(絶版)との区別もつきそうにない。

「ほほう、残念だが勇……。俺も田舎者で携帯なんて先生が持ってるヤツしか見たことがない」

ガーン!

「しかし、三人寄ればもんじゃ焼きと言うじゃないか! オラに力を分けてくれ」

「間違えてる上に三人いないじゃないか。まぁそこで思いついたんだが、こういうのはどうだろうか? 」

明人はニヤリと口元を歪めると、俺の耳に口を近づけた。



──そして日曜日。

「………あの野郎。図ったな」

アレから三日、結局内気な俺は朝生さんと話せず終いでこの日に至っていた。

そう、そんな俺とも今日でサヨナラ!

携帯電話を片手にナウなヤングに生まれ変わり、朝生さんとラァァブラブゥゥてんきょ……のはずだったのだ。

携帯電話を買うために駅までやってきた俺だったが。

明人との待ち合わせの場に現れたのは、もう一人の転校生"大野あかり"その人だった。

「…よろしく」

「あ、あはは。よろしくぅ。ちょっと電話してきていいかなぁ」

「…どうぞ」

シュパパパパッ!

俺は駅構内に設置されている硬貨オンリーのピンク色の公衆電話に駆け寄ると、十円硬貨を叩き込み、自宅よりも押し慣れたダイアルをプッシュする。

プツッ、プルルルルル。

『はい、鰐島ですが? 』

ワンコールで電話口に現れたのは元親友の鰐島明人である。

ああ、たった今親友の縁を切ったところだ。

「説明してもらおうか? 硬貨に限りがあるので手短に」

『お、その様子だと無事エンカウントしたようだね』

「手短にといったぞ」

俺は追加の十円玉を投入口に流し込みながら答える。

『いや、悪い悪い。でもまぁ、彼女携帯持ってるし、東京育ちだし、俺に聞くよりも遥かに良いと思うわけだ。そこで親友のために一肌脱いで頼み込んだわけ。そしたら……いいよ。って言うもんだからさ! いやぁ、大野さん良い人だねぇ! 』

ご丁寧に物まね入りだ。

「つまり、あれか? 俺は大野さんと一緒に携帯を買いに行くわけか! 」

『その通り、良かったな。デートできて』

ブツッ! ツーツー。

十円分の通話時間はあっという間に過ぎ去り、明人との通信も途絶える。

で、でーと?

俺が? 大野さんと?

くるりと大野さんの方に振り返ると、いつも通り無表情の大野さんが立っている。

しかし、今日は制服ではなく私服を着用していて、シックな黒いワンピースがふわっと風に揺れる。

やばい、すごくかわいく見えてきた。

はっ!

いかんいかん! 俺は朝生さん一筋なんだ! ギアナ高地で身につけた明鏡止水の心でぇ……。

「…どうしたの? 隣町。いくんじゃないの? 」

必死に心を落ち着けていると、いつの間にか近くまで来ていた大野さんが俺の顔を覗き込む。

いつもはメガネの反射で見えない大野さんの目が、俺の頭が影になり薄っすらと覗く。

ドクンッ!

「あ、あ、あー! そうだったなぁ! それじゃあ、い、行こうか? 」

引き込まれそうになった視線を振り払い、ぎこちない動作と上擦った声でキップ売り場にむかう。

い、いかん。

気をしっかり持っていないと。

震える手でキップを購入すると、大野さんと共に電車に乗り込む。

一両編成の電車内は休日だというのに誰一人乗っていない。

この電車よく廃線にならないな。

とりあえず、適当に真ん中の席にドカッと座る。

人がいないと座る場所には困らない。

大野さんも俺の隣にちょこんと座る。

けたたましいベルと共に電車がゆっくりと動き出す。

ウィィン。ガタンッゴトンッガタンッ……

ま、間が持たない。

なにか話しかけなければ!!

「えーと、いい天気だぁねぇ」

「…そうだね」

タタンッタタンッタタンッ

電車はいよいよ加速がつき、小刻みで心地よい揺れが俺たちを包む。

夏の日差しが車内を明々と照らし、逆に影となった部分はより深い闇を湛えている。

エアコンのゴーという音がやけに耳障りだ。

「…ねぇ。窓、開けていい? 」

「え? 窓? あー、いいんじゃない? 」

そう言うと大野さんは電車の窓に手をかけると上に持ち上げる。

「…うー。う~~」

が、電車の窓はビクともしない。

あ、大野さんの顔が真っ赤になってる。

どうやら全力で持ち上げているようだ。

「…ふぅ。…開かない」

「どれ、貸してみて」

大野さんが場所を譲り、今度は俺が窓に手をかける。

グイッ!

「あれ? 」

異常に重たい。

ってコレ。フレーム歪んでないか?

ええい、畜生。

「ふんぬぅぅっぅ! 」

今度はかなり本気で押し上げて見る。

ガリッ!

少しだけ動いた。

よーし、次は全力で!

「フルパワー! 」

バンッ!

全力を込めた一押しで窓が一気に上まで押し上げられる。

生暖かい風が夏の匂いと共にぶわっと車内に流れ込み、先ほどまで聞こえなかった蝉時雨が降り注ぐ。

「…すごい。…ありがとう」

「はは、どういたしまして」

大野さんは車窓に顔を近づけると、その小さな体に思いっきり空気を溜め込み、排出する。

「…東京だと。こんなこと、できないから。…一度やってみたくて」

「そうだなぁ、あんなに人がいたらできないかもな。考えてもみなかった」

一度、ニュースの映像で東京の朝の通勤ラッシュというものを見たことがあったが、あの状況では窓を開けるどころか身動きすら取れないのではないか?

その点ここの電車ならば乗っていたとしても、老人が二、三人といったところだ。

少々のことなら誰も文句をいったりしないだろう。

「…それに、…空気がおいしい」

そう言うと、大野さんはもう一度大きく息を吸い込む、すぅと静かに膨らむその胸は小さいながらもはっきりと女性を誇張しており…。

俺としても自然とそちらに目が行ってしまう。

そのまま、ゆっくりと視点を上げていくと、そこには大野さんの横顔があった。

吹き込む風が大野さんの髪を躍らせ、いつもの無表情な顔がすこしだけ綻んでいる。

唐突に、大野さんの表情がいつもの無表情に戻り…

「…あ。…そういえば」

「え、え! なに? 」

いかん! ちょっと見惚れてしまった。

しっかり、意識を保たねば……。

「…朝生さんに告白。するんだよね? 」

ぶ!

大野さんの口から放たれた爆弾発言。

一体、どこで情報が…………。

「な、なぜそのことを」

「…鰐島君から。聞いた」

うん、殺そう。

帰ったら真っ先に殺しに行こう。

俺は明日からただの殺人犯です。

「…そのために。携帯、買うんだよね」

「そ、そうだ。でも、このことは内密に……後生だから……」

「…わかった。それで、どこの機種にするの? 」

「キ、キス? 」

「……キス、じゃなくて。機種、どこの会社の携帯にするのかって」

ぎゃふん!

俺様またやらかしちまったYO!

田舎者丸出しな上に下心も丸出しじゃないか!

「すびばぜん。なんにもわがらないんでづ…」

ぶわっ、あまりの情けなさに涙があふれてくる。

なんてダメなヤツなんだろう。くっ!

「…泣かなくても、…新規で加入するなら。ここの、会社がおすすめなんだけど」

大野さんがゴソゴソとポケットから取り出したのは、まさに携帯電話!

学校の先生がもっているような黒くて四角いものではなく、流線型のフォルムでオレンジ色のカラーリングが施され、白いふわふわした謎の生物のストラップが2つぶらさがっている。

こ、これが携帯電話!

「…ここの会社、一人で加入するなら、一番安くなると思う」

「会社によって違うんだ……」

「…うん、それにデザインも、いっぱいあるし。使い方も、それぞれ微妙に違う」

「衝撃の事実だな…」

「…それにね……」

大野さんがさらにポケットからなにやら大きな機械を取りだし、ってぇぇえええええ!?

大きなっておい、なんだよその中華鍋みたいなアンテナ!

いや、そもそもなんだよそのポケット!

中は四次元に繋がってるのか!?

「…これが。私の作った簡単な、電波増幅器なんだけど」

「はぁ……」

いやいやいや、よくは分からないが簡単に出来るようなもでないことは俺にもわかるぞ。

ちょっと女の子っぽいところを見て油断してしまった!

大野さんは東京ではなく、宇宙からきたグレイ型宇宙人にちがいない。

等身も似てるし。

メガネの具合もそっくりじゃないか?

俺がそんな疑心暗鬼に捕らわれている最中にも、大野さんのポケットからはコード類や計器類などがゴロゴロ出てくる。

「…コレを使えば、山に囲まれた、ここでも携帯が使えるの」

「す、すごいな」

大野さんは機器のセッテングを一通り終えると、最後に携帯電話にコード類を接続する。

「…ほら、この画面端のマークあるでしょ?これは、電波が届いてるかどうかを示すものなの」

「う、うん」

「…いまは棒が一本しかないよね?…つまり、電波状況があまりよくないの。そこで」

パチンッ!

大野さんが電波増幅装置のスイッチを押す。

すると車内のスピーカーが一斉にノイズを吐き出しはじめ、運転席からは車掌さんの悲鳴が聞こえてくる。

先ほどまで快調だったクーラーも断続的に冷たい風を吐き出すようになり、

「な、なんだぁ! 」

慌てふためく、俺の肩を大野さんがポンポンと叩く。

振り向くと大野さんが携帯電話を差し出し、画面端を指差している。

ピッ!

そして、画面端のマークに棒が二本追加された。


──隣町。

「…ごめん、なさい」

「いや、いいよいいよ。ただ、電車の中では携帯電話の使用は控えた方がいいな。ペースメーカーつけてる人はまず間違いなくあの世逝きだから」

電車の機器に多大な影響を及ぼした大野式電波増幅装置だったが、なんとか隣町までたどり着いた。

俺たちは逃げるように電車を降り、現在に至るわけだ。

「…私、機械のことになると。後先考えられなくて」

「よぉく分かったよ」

ただの無口眼鏡ッ娘だと思っていたんだがな。

どうやら俺の予想を遥かに超えたサイコ娘だったようだ。

「さて、気を取り直して当初の目的を果たそう。電気屋さんにいけばいいのかな? 」

「…うん。…このへんの地域には、専門ショップがないから。それがいい」

そんなわけで俺たちは最寄の大型電気店へと向かうことになった。

全国にチェーン展開している大手電気店、こんな偏狭の地にまでシェア拡大を狙ってくれてありがとう。あまり利用することもないが、今は大いに感謝しておこう。

しかし、こうして歩いてみるとこの隣町にも着々と近代化の波が押し寄せているのが分かる。

つい先日まで田んぼだった場所は、月極駐車場へと変貌を遂げ、見上げれば山と空しか見えなかったパノラマには、大型ショッピングセンターの看板がフェードインしている。

一体、いつの間にコレだけのものを作り上げているのか。日本の土木作業員は化け物か! などと考えてしまうのも無理はないだろう。

そんな事をを考えているうちに俺たちは目的地の電気屋前にたどり着いていた。

大きなガラス張りの自動ドアをくぐるとクーラーによってキンキンに冷やされた空気が迎えてくれる。

ビバ文明の利器。

さて、お目当ての携帯電話コーナーは……。

俺は田舎者らしくキョロキョロと商品の置いてある場所を探す。

そのとき唐突に左手にやわらかい感触が…。

「…こっち」

大野さんでした。

どうやら迷っている俺を手をとって導いてくれるらしい。店内の空気で冷やされた手は冷たく、見た目に違わず小さかった。

ああ、女の子って柔らかいんだな。

「…ここ」

携帯電話コーナーの前にやってくると、その手は簡単に離される。

ちょっとだけ残念な気がした。

「おお、これは」

俺の目の前には所狭しと並んだ携帯電話がズラリ。

ついにこのときがやって来たか。

「…基本的にはこの会社の方が性能がいい。…私のもこの会社だから」

「なるほど、どれがいいかなぁ。これだけあると迷っちゃうなぁ」

「…このあたりは性能は大体同じだから、…好きな、デザインで選べばいい」

うーむ、どうしたものかなぁ。

好きなデザインかぁ。

ん!

その時俺の目に留まったのは見覚えのあるフォルム。

たしか、これは大野さんの携帯と同じものだ。

「ふむ」

俺はその携帯を手に取ると、二つに折られたボディを開いてみる。

中のディスプレイには絵がはめ込まれているだけで実際に動いたりはしないが、ボタンをポチポチといじってみる。

不思議と手になじむ感じ、ボタンも押しやすいし画面も大きくて見やすそうだ。

よし!

「これにするよ」

「……え」

「大野さんと同じヤツ。大野さんが選んだものなんだから。いいやつなんでしょ? 」

「…うん。現状では1番。…でも、それでいいの? ほかにも、あるけど」

「いいさ、それに同じものの方が教えてもらいやすそうだから」

「…上坂君が。それで、いいなら」

「よし! じゃあ早速買ってくるよ」

商品をレジまで持っていくと、各書類への記入が待っていた。

大野さんに教えてもらいながらボールペンを握る俺。

むう、なんだかメンドクサイな携帯電話って。

何度自分の名前と住所を記入したか分からなくなった頃にようやく書類を書き終えることが出来た。

「ふぅ」

「では、お客様。電話番号やメールアドレスの設定が終わりましたら受け渡しいたしますので、三十分ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか」

よろしいもなにも、はい、と答えるしかないじゃないか。

「…うん」

うんって答えましたね大野さん。

「さて、三十分暇になったな」

「…あの」

「ん? 」

「…私、すこし。見てみたいところ、あるんだけど」

心なしか眼鏡がいつもより輝いている。

これは一般人で言うところの目を輝かせている状態なのだろうか? まぁどちらにしても大野さんには携帯の買い物に付き合ってもらっているわけだから、こちらとしても付き合ってあげるのが礼儀というものだろう。

「いいよ、で? どこかな? 」

「…あっち」

大野さんが指で指し示したのは、パソコンコーナーの一角。

そこには配線や基盤をむき出しにした機械類が並べられている。

どうやら、パソコンの一部らしいが…。

それを見て眼鏡もとい目を輝かせる大野さん。

正直、どこが楽しいのか理解できない。要はあれかプラモデルを見て、ガラス越しに目を輝かせる少年に似た心境なのか?

しかしまあ、クラスの連中驚くだろうな。

大野さんのこの表情を見たら。

そう、笑っているのだ。

いつも無表情で、感情の波が乏しい大野さんが屈託のない笑顔で機械を眺めているのだ。

この話を信じてくれる人間がどれほどいるだろうか、いやいないだろうな。

実際に目の当たりにしている俺も信じられないのだから。

やっぱり、大野さんも人の子なんだなぁ。

「…どうしたの」

俺の視線に気づいたのだろう。

大野さんがこちらに振り返り首をかしげる。

「あ、いや。楽しそうだなって思ってね。大野さんが笑ってるの初めてみたから」

「…私、笑ってた?」

「ああ、そりゃもう楽しそうにね」

大野さんはまた元の無表情に戻ると、自分の顔をぺたぺたと触れてたしかめる。

「…笑って、ないみたいだけど」

そりゃそうだろうよ。

無表情に戻ってから顔を触っても笑ってると認識できるわけがない。

「そうだなぁ、でも、大野さんは本当に機械が好きなんだな」

「…うん」

………ほら。

笑ってるじゃないか。



帰りの電車内、俺たちは早速携帯電話の初期設定をはじめた。

商品の箱の中には分厚い本が二冊も同封されていたが、パラパラと目を通しただけで気が遠くなっていく感覚を味わうことが出来た。

まったく、マニュアルを作っている連中に言いたい。

お前らが分かるマニュアルを作られても、初心者にはわからないのだと!

で、結局。大野さんに教えてもらっているわけだが。

「…そう、そこで真ん中のボタンを押し込むの。…違う。そこは長押し」

やはり機械オンチはすぐには直らない。

さっきから大野さんの手を煩わせてばかりだ。指示は聞こえているし、理解も出来る。

だがそれが脳から指先へ送られるプロセスで違う情報へと置き換えられてしまうのが機械オンチの特殊技能といったところだろうか。

言われたボタンとは違うボタンを連打してしまうような事もしばしば。

「ぬ、ぬぅ。こうか! 」

「…身体を傾けても、カーソルは、動かない」

分かっているのだ。

そんなことは百も承知である。

しかし、俺は"レーシングゲームでもカーブ時には身体を傾ける村"の村民であるからして、脊髄反射でかたむいてしまうのだ。

「うぅん。難しい」

「…大丈夫。一応、個人情報、打ちこめた」

「しかし、先は長そうだな」

「…じゃあ、メールのやり方」

ついに、来たか!

メールをするために携帯電話を買ったのだ。

メールができなければお話にならない。

「…まず、私から送るから。返信、してみて」

ピッピッピピッ!

す、すごい。俺が両手を使って一生懸命打ちこんでいたのに、大野さんは片手ですらすらと文章を打っている。

きっとあの小さな親指にはお手製加速装置が仕込まれているに違いない。

「…送信」

ピロリロリンロンリン。

数秒後、俺の携帯にメールの着信を知らせるメロディがカラーランプの明滅と共に流れる。

画面には"新着メールあり"と表示されている。

来たぞ、記念すべき初メール!

おぼつかない手つきで大野さんからのメールの封を開ける。

なるほど、これはなかなかワクワクするな。

メールも電子情報とはいえ手紙である。この封を切る瞬間の期待感というものはやはり同じものを感じる。

えーと、なになに。

<送信者:大野 件名:テスト * 送信テスト。届きましたか? 届いたら返信して下さい>

ふむ、前から思っていたがどうして文面になるとこう、敬語になるのだろうか。

不思議だ。

とにかく返信だ。

えーと、まずは返信ボタンを押してぇ、えーと…。

さっき習った通りにやっては見るものの、大野さんのように上手くはいかないな。

結局俺が返信できたのは電車が駅にたどり着いたころだった。

「ふう、やっと着いたか。あ、大野さんごめんな。要領悪くて、どうも機械と相性が悪くてな」

「…別にいい。…遅くても、やり方を理解できたのなら。…すぐに慣れる」

「だといいな。今日は買い物に付き合ってもらったり、教えてもらったり。ありがとう」

「…私も、パーツ見れたし。…楽しかった、だから気にしないで」

「じゃあ、今日はここで。また明日な」

「…あ」

俺がその場から立ち去ろうとすると、背中を引っ張られる感覚で俺は動きを止めた。

大野さんが俺のシャツの裾を掴んでいたのだ。

「…あの、これ朝生さんのメールアドレス」

しまった! それがないとこの携帯電話も何の効力ももたないじゃないか!

俺は差し出されたクマたんのキャラクターがプリントされた可愛らしいメモ用紙を受け取る。

「あ、ありがとう」

「…それと」

大野さんは自分の携帯を取り出すと、白くてフワフワした謎生物のストラップの一つを外すと、俺に差し出した。

「…これ、携帯電話の画面が汚れたら、…これで拭くの。だから、はい」

「おお、そんな便利アイテムだったのか。じゃあ有り難く」

「…朝生さんとの事。応援、してるから。…がんばって」

「あ、ああ」

「…じゃあ、明日。学校で」

そう、言い残すと大野さんは夕焼けの田舎道に消えていった。

駅前に取り残された俺は一人こう思うのだった。

は!

携帯もおそろいでストラップもおそろいって!!

色々と誤解されるんじゃないか!!

よし、折角もらったストラップだが、コレは携帯にはぶら下げないでおこう。

俺は白いフワフワ生物とメモ用紙をポケットに押し込むと帰路に着いた。



ようやく家にたどり着き、自室に入るとやっと一息入れることができた。

今日はなんだかんだで疲れたな。

大野さんの意外な一面も見る事になったし…。

……大野さん…か…。

そういえば、今日まではろくに会話すらしたことなかったな。

まさか、機械好きのハイテク少女だったとは。

明人の野郎、その事知ってて大野さんに頼んだのか? だとするならばヤツもなかなかやるな。

さて、では行ってみようか。

ポケットからメモ用紙を取り出し、そこに書かれたアルファベットの文字列を慎重に打ちこんでいく。

ついに朝生さんとメル友になるときがきたぞ。

高鳴るドキのムネムネが抑えられない!

四苦八苦しながらメールを打っているうちにはや三十分。

やはり、慣れるまでは時間がかかりそうだ。

とりあえず文章を打ち終え送信準備は整った。後はボタン一つで朝生さんにこのメールが届くって寸法だ。なんて便利社会になったのだろうか。

でわ、いざ送信!

無駄に送信ポーズを決めておそらくは朝生さんの住んでいる方向であろう方面に向けて電波を発信する。

多少、俺自身が電波受信しているのでは無かろうかと気づいたのは送信ポーズを決めてから三分後になってからのことだったことはココだけの話である。

<送信者:上坂 件名:携帯買いました * どうも、クラスメイトの上坂です。本日携帯電話を購入したので、この機会にメル友になって頂きたいなと思いメールした次第です。なにしろこんな田舎ですので携帯電話を持っている人物も限られており、数少ない携帯仲間としてこれから仲良くしていただければなと思います。まだ不慣れなもので返信に時間がかかったりするかもしれませんがその辺はご容赦ください。>

ピロリロリンロンリン。

数分後、朝生さんからの返信が届いた。

やっぱり都会の人はメールのスピードが違うなぁ。ゴッドスピード?

さて、どんな内容だろうか。

コレで"キモイ"とか一言だけだったら俺、首吊るしかないな。

そんなネガティブ思考でメールを開くことにより、もしもの時のダメージに保険をかけつつ……

<送信者:朝生 件名:Re:携帯買いました * 上坂君携帯買ったんだw確かにこっちには携帯持ってる人少ないよね↓だからメル友が増えるのは大歓迎o(^ー^)o これからよろしくねwあと、そんなにかしこまらなくてもいいよぉ。友達なんだからフランクに行こうぜぃ(^.^)b>

こ、これは!!

なかなかに好印象なのでわ!!!

やはり俺の作戦に抜かりはなかった!

しかし、さすが都会の女子高生。記号をあわせて絵を作るとは……。

それに、wとか↓とかいまいち理解できない記号が散りばめられている。

一体どのような意味が込められているのだろうか。明日にでも大野さんに聞いてみよう。

朝生さんとのファーストコンタクトはかなり好印象。性格も思ったとおりの明るいサバサバした性格のようだ。

ま、まさに理想系!

おぉっと! こんなことしてる場合じゃない。

メールの返信をせねば!

そしてこの日の夜は朝生さんとのメールで更けていった。

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