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二人の転校生

 何のことはない。

 俺が彼女と特別接点があったわけじゃない。 

 きっかけはこの手にある真新しい携帯電話。

 今時だれでも持っているものだが、こんな小さな村に携帯電話など必要がない、急用であれば少し足を使えば目的の人物とコンタクトを取れる事だろう。さらに言うならこんな田舎じゃあ山に囲まれその電波状況は最悪だ。

 だから、今までは必要なかった。

 あの夏の終わりまでは………。



「ほら!静かにせんかい! 」

バンバンバン。

教師は指し棒で教卓を数度打ちつけ、騒がしい教室の収集図る。

だが、教室は一種のカオスを作り出しており、その音は生徒達の騒がしさに飲み込まれる形となる。

まぁ、無理もない。

こんな田舎に転校生がやってくるというのだから、大事件になる。

教室を見回せば知らない顔など一つもない、それどころか全員子供の頃からよく知る顔ばかりだ。

その中に見知らぬ顔が突如加わり、しかもそれが東京の人間ともなれば話はさらに加速する。

俺達の年代にとって"東京"というところは憧れの的、誰もがハイカラで時代の最先端という認識があるのだ。

正直、僕も興味がないといえば嘘だった。

「まったく、おまえらときたら。少々騒がしいがこのままじゃぁ埒があかんわな、二人ともはいってくれ」

教師は半ば投げやりな口調で廊下で待たされていた人物達を招き入れる。

ゴトカタゴトカタゴトッ。

木造校舎のガタがきた扉が、はめ込まれたすり板ガラスを震わせながらゆっくりと開く。

「おおおおおおお」

男子連中の感嘆の声に迎えられたのは二人の少女だった。

一人は流れるようなロングヘアー、顔には満面の笑みを湛え元気印と言った表現が似合いそうな美少女だ。

もう一人は少し小柄なボブカット、メガネの反射で表情は見えないが根暗な雰囲気をかもし出している。

二人とも転校してきたばかりなので、制服も学校指定のセーラー服ではなく、東京の頃のブレザータイプを着用している。普段見慣れていないこともあるだろうが、俺達には彼女達がより一層輝いて見えたことには違いない。

「よーし、それじゃあ軽く自己紹介してもらおうか?じゃあ、朝生から」

「はい」

切れの良い返事と共にロングヘアーの少女は教壇に上がる。

颯爽といった表現が適当だろうか、ふわっと風に踊るサラサラな髪はシャンプーのCMをみているかのようだ。

しかし、なんて綺麗な女性なのだろうか。

なんといってもその整った顔立ち、触らずとも分かるスベスベな肌。

彼女が通った後の、ほのかな残り香すら眼に見えるようである。

黒板の前に立った少女は赤のチョークを手に取ると高々と振り上げたその腕で黒板を叩きつける。

カツカツッ! ボキッ! カツッ! ボキ! カツッ!

あまりに元気よく打ち付けられたチョークが何度か折れたが、無事自分の名前を書き上げた少女は満足そうに頷くと、くるりと生徒側に向きを変える。

「えーっと、東京の奏上高校から転校してきました、朝生 あそうあゆみです!趣味はスポーツです!前の学校ではバスケ部に所属していましたぁ。えーと、こちらの暮らしにはまだ慣れてないのでよろしくお願いします! 」

ニコッ!

明るく元気な自己紹介と共に放たれる極上の笑顔がこれ以上ないくらいに見事に決まる。

か、完璧だ。

感嘆が漏れるほどの自己紹介。

あえて含まれる情報を少なくし、ミステリアスな一面を残しつつも明るく振舞うことで聞き手の心に田んぼ仕事を終えた婆さんの長靴のごとき土足で上がりこむ。

今の自己紹介で撃沈した男子生徒がひぃ、ふぅ、みぃ……いっぱい。

流石は東京の女子高生、コレではこの俺様もときめいてしまうのも無理はない。

普段聞こえるはずのない自分の胸の鼓動がドクンッドクンッと身体の底で響いているのが分かる。

ま、まさか、これが一目惚れというやつなのだろうか。

──決めた。

俺はこの娘と仲良くなるぞ…。

なんとしてもこの娘のハートを射止めてみせる!!

「じゃあ、次。大野」

「…はい」

注目の二人目は覇気のない声で答えると教壇に上がる……が教壇から頭だけがひょこひょこと動く。

あまりに小柄なため頭部しか見えないのだ。

やばい、この位置からだと生首にしか見えないぞ!!

しかし、彼女はチョークを手にしたものの黒板を見上げるだけで動かない。

否、動けないのだ。

理由は誰の目からでも明らか、そう身長が足りずに自分の名前を書けないでいる。

「う~。う~~~」

ついに呻き声が彼女から漏れ始めた。

それを見かねた教師がズビシッと最前列の一名を指名する。

「おい、本田。お前の椅子を貸してやれ」

「え」

突然の指名に驚く本田君。正直子供の頃からクラスは一緒だが存在感のない人物だ。

なぜなら、いま指名されて思い出したぐらいだから…。

「い、椅子取られたら座れないんですけ……」

「立ってろ」

「……は、はい」

職権濫用によって強制的に貸し出された本田椅子が、本田君本人の手によって彼女の前に設置される。

「ど、どうぞ」

「……ありがと」

彼女は感謝を述べると本田椅子に登る。

あ、なんか本田君うれしそうだな、おい。

ようやく平均身長を手に入れた彼女は静かに自分の名前を黒板に書き付ける。

えーと、大野…あか…り?

「…大野あかりです。どうぞよろしく」

ペコリ。

一度お辞儀すると彼女は本田椅子から離脱する。

しゅ、終了?

ミステリアスにもほどがないか?

しかし、改めて聞くと見た目によらずハスキーな声だ。相変わらずメガネの反射で表情はつかめないけど無表情って感じだな。

しかし、なんであんなにメガネ光っているのだろうか……。

「よーし、そういうわけだ。これから仲良くしてやってくれ。朝礼終わり」

ガラララピシャン。


教師が去ったのを確認した生徒一同。

ここからの行動は王道的なものが存在し、俺たちもその例外ではない。

ファーストフェイズ:全員起立。

セカンドフェイズ:速やかに転校生の包囲。男子は我先に、女子はその男子を罵りつつ小隊編成で。

サードフェイズ:男子は個人情報の引き出し、女子は共通点の模索。

転校生イベントのお決まりというか、日本人の悲しい性というか……。

ってこんな落ち着いてる場合じゃない!俺も朝生さんに強烈な第一印象を刷り込まねば!

慌てて席を立ち、いざ出陣!

その時、俺の肩を鷲掴む一本の腕。

「やあやあ、上坂勇(かみさか ゆう)くん。君も朝生さん狙いかぁ? 」

「声の方へ振り向くとそこには友人(仮)の鰐島明人(わにじま あきと)が不景気そうな面をして立っていた」

「おい、声に出てるぞ。しかも(仮)ってなんだよ。親友だろ? 」

「安心しろ。声に出ているのは仕様だ。(仮)も意図して吐いた台詞だ」

「確信犯かよ。おい」

クソッ、1分1秒を争うときに沸いてでてんじゃねーよ!

お前と話してるこの時間が、俺と朝生さんのLOVEな未来に影響せんともかぎらんのだぞ!

そういえばコイツは決まって邪魔なときに現れる。

コイツは家も近いこともあり昔からの腐れ縁であるが、予定があるときに限って厄介ごとを持ち込んでくるブッキング大王なのだ。

あー、徐々に強固になる包囲網。

内側からの脱出も困難だが、外側からの接触も困難になっていく。

「今度は声には出てないが、お前の気持ちが手に取るようだよ。勇」

「さすが我が親友。なればこの穢れた右手離してもらおうか」

そう言って俺の肩にかけられた明人の手をペチペチと叩く。

「そうしてやりたいのは山々なんだが、用があるのは俺じゃない」

明人は教室の後方のドアを指し示す。

そこには去ったはずの教員こと、担任の秋山が……顔だけドアから覗かせている。

「悪いな上坂。若いことはいい事だが、お前も大人になれや。進路希望のプリント提出してないのはお前だけだぞ」

そういえばそんな物もあったような気がする。

しかし、俺たちはまだ高校1年生、進路といわれてもいまいちピンと来ないというのが現実である。

進学にしろ、就職にしろもう少し余裕を持って曇りなき眼で見定め……決める。

「あ、俺なんかカッコイイ」

バコッ!

いつの間にか俺の目の前に来ていた教員が出席簿で俺の頭をはたく。

「何がカッコイイんだ?ん?話の途中で妄想世界に逃げ込むのは直したほうがいいぞ」

「でも、俺まだ決められないですよ」

「それでも決めるのが大人だ。いいか、今日中に提出しろよ」

言いたいことだけ言い残すと秋山は今度こそ教室を去っていく。

なにが大人だ。

責任をもてないようなことを決めれるか、それこそ大人のすることではない。

世の中は流れる時間が速すぎるのだ。

時間にケツを叩かれ、その場しのぎで人生という道をつなげていく。

こんなことをしていれば欠陥工事に気づく暇すらありはしない。

「まったく、大人が聞いてあきれるぜ。この狭い日本、そんなに急いでどこに行くってなもんだ」

「勇、お前たまに変なこというな」

「変なものか、権力に押さえつけられて無理やり吐き出させた進路にどれほどの価値がある」

「じゃあ、勇はなんか夢でもあるのか?」

「世界征服」

「………でっけーな」

「冗談だ。マジにするな」

「しかし、秋山先生の言うことももっともだぜ。今のお前に夢がないのならそれを探す努力は今すべきだ」

なんかまともっぽい事いってるなコイツ。

そう言われるとなんだかそんな気もしてくる。

「夢……か。………ん? 」

そういえばあの人の塀は……。

ハッ!

「明人!たったいま夢が出来た!俺の夢は、朝生さんとのラブラブ学園生活だぁぁ」

そういい残すと果敢に人ごみにダイブする俺。

「立派な夢だよ……まったく」

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