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『制服を脱いだら、恋でした。』  作者: 水前寺鯉太郎


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エピローグ:昂る風に抱かれて —Endless Tears—

エピローグ:昂る風に抱かれて —Endless Tears—

1. 永遠の静寂、降りしきる雨

四十九日が過ぎ、百箇日が過ぎても、季節は残酷なほど正確にそのページを捲っていく。

高橋凛として生きる彼女の時計は、あの日、病院の冷たい病室で健太郎の鼓動が止まった瞬間から、ゼンマイが切れたままのように思えた。

窓の外は、凍てつくような冬の雨が降っている。

「Tears」の旋律が、どこか遠くで鳴り響いているような錯覚に陥る。

凛はリビングのソファで、独り、健太郎の遺したツイードのコートを抱きしめていた。ウールに染み付いた彼の匂いは、時の経過とともに少しずつ、けれど確実に薄れていく。それが彼女にとっては何よりも恐ろしい「喪失」だった。

「……健太郎さん。ねえ、あなたを想うたびに、どうして涙は涸れないのかしら」

窓を叩く雨音は、まるであの夜、彼が流した最期の涙の音のように聞こえる。

彼が夢で言った「駅にいた似た人」との出会い以来、凛は何とか立っていた。けれど、独りきりの夜は、抑え込んできた感情が濁流となって彼女を飲み込もうとする。

愛することの喜びと、失うことの絶望。

その二つの感情が、彼女の胸の中で激しく衝突し、砕け散り、結晶となって零れ落ちる。

2. 孤独な夜の彷徨

凛はたまらず家を飛び出した。

傘も差さず、冷たい雨に打たれながら、彼女は夜の街を彷徨った。

行き先なんてない。ただ、止まってしまったら、心がそのまま凍りついて砕けてしまいそうだったから。

ネオンが雨に滲み、信号機の赤と青がアスファルトに溶けていく。

「なぜ、あなたは逝ってしまったの」

「なぜ、私を独りにしたの」

問いかけても、返ってくるのは冷たい風の音だけだ。

彼女は、かつて二人でSUVを停めて星を見た、あの高台へと続く坂道を登り始めた。

雨はやがて、粉雪へと変わっていた。

白く、冷たく、儚い雪。それはまるですべての悲しみを覆い隠そうとする、天からの供花のように見えた。

『Dry your tears with love...』

ふと、健太郎がかつて口ずさんでいた古い洋楽のフレーズが、頭の中をよぎる。

「愛で涙を拭いなさい」

そんなことが本当にできるのだろうか。この胸に空いた巨大な穴を、形のない愛だけで埋めることができるのだろうか。

3. 雪の上の「滑走路」

高台に着くと、そこには真っ白な雪原が広がっていた。

凛は、柵に手をかけ、眼下に広がる街の灯りを見つめた。

五年前、ここで二人で未来を語った。

「警部補になっても、パパになっても、ずっと一緒にいよう」

そんな約束は、今や雪の下に埋もれてしまった。

「健太郎さん……!」

凛は、力の限り叫んだ。

その声は雪に吸い込まれ、どこへも届かない。

彼女は膝をつき、積もった雪を両手で掬い上げた。冷たさが指先を突き抜け、心臓まで達する。

その時だった。

背後から、不意に強烈な風が吹き抜けた。

雪を巻き上げ、夜空を舞い上がらせる「昂る風」。

凛は顔を上げた。

すると、雪の結晶が風に乗り、まるで無数の光の粒子のように彼女の周りを取り囲んだ。

それは、まるでオーケストラの弦楽器が、最高潮クライマックスに向かって一斉に鳴り響くような、圧倒的な旋律を伴った風だった。

4. 見えない指先が拭うもの

凛は、その風の中に健太郎を感じた。

いや、感じたというよりも、彼がそこに「いた」。

「……凛さん。そんなに泣かないで」

風の囁きが、耳元で聞こえた気がした。

凛の頬を伝っていた熱い涙が、風に撫でられ、すっと消えていく。

それは、彼が指先で優しく涙を拭ってくれた時の感触そのものだった。

『明日へ続く道は、まだ終わっていないよ。僕が、君の追い風になるから』

凛は目を開けた。

そこには、自分が吐き出す白い息と、激しく舞い踊る雪があるだけだ。

けれど、彼女の心は、不思議なほどの静寂に包まれていた。

愛する人を失った悲しみは、消えることはない。

けれど、その悲しみこそが、彼と共に生きた証なのだ。

流した涙の数だけ、二人の愛は深く、永遠のものへと昇華されていく。

「……そうね。健太郎さん」

凛はゆっくりと立ち上がった。

「あなたの愛で、私の涙を拭う。……それが、私たちが選んだ『終わりなき旅』の形なのね」

5. 終わりなき愛の旋律

凛は、懐から一機の紙飛行機を取り出した。

それは、四十九日の日に彼女の手元に戻ってきた、あの真っ白な飛行機。

彼女はそれを、夜空に向かって力一杯放った。

紙飛行機は、雪の舞う嵐の中、墜落することなく、風に乗ってどこまでも高く舞い上がっていった。

まるで、肉体という重りから解放された魂が、自由な空へと帰っていくように。

「Endless rain, fall on my heart...」

「心の傷を、洗って……」

凛は独り、雪の中で歌った。

それは鎮魂歌レクイエムであり、同時に明日への賛歌アンセムでもあった。

彼女はもう、独りではなかった。

風が吹くたびに、彼は彼女を抱きしめる。

雨が降るたびに、彼は彼女の涙を分かち合う。

そして、彼女が笑うとき、彼は彼女と共に光の中で踊るのだ。

6. 未来へのプロローグ

翌朝。

街は、昨夜の雪が嘘のように晴れ渡っていた。

凛は、いつものように巡査の制服に袖を通した。

鏡の中の自分は、まだ少しだけ目が赤い。けれど、その瞳には、凛とした決意の光が戻っていた。

「……高橋巡査、出発します」

彼女は、玄関に飾られた健太郎の写真に微笑みかけ、扉を開けた。

外には、澄み切った冬の空気が広がっている。

彼女の滑走路は、ここからまた新しく始まる。

いつか、空の果てで彼に再会するその日まで。

彼女は、彼から受け取った「愛」という名の風に乗って、どこまでも高く、どこまでも遠くへ、飛び続けていく。

「Tears」の旋律が、風に乗って消えていく。

後に残ったのは、美しく、気高く、そしてどこまでも深い、青空の色だった。

凛は歩き出す。

彼女の足跡は、雪の上に真っ直ぐな軌跡を描き、未来へと続いていた。

二人の物語は、終わらない。

風が吹く限り。

涙が、愛に変わる限り。

—End of the Endless Story—

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