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『制服を脱いだら、恋でした。』  作者: 水前寺鯉太郎


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第二話:非番のドレスコード、あるいは職務質問の誘惑

第二話:非番のドレスコード、あるいは職務質問の誘惑

1. クローゼットという名の戦場

土曜日の午後。佐々木凛は、自室のベッドの上で頭を抱えていた。

目の前には、広げられた数少ない「私服」の山。

「……何を着ればいいの。正解がわからない」

普段の彼女のクローゼットは、ネイビーの制服、予備の白シャツ、そして数着の地味なスラックスとパーカーで構成されている。警察学校時代から数えても、ファッションにリソースを割いた記憶がほとんどない。

「デート」という単語の重圧が、凶悪犯との対峙よりも凛を追い詰めていた。

可愛すぎるフリルのブラウスは、鏡の前で合わせた瞬間に「公務に支障が出る(出ないが)」と却下。かといって、いつものジャージでは「誤認逮捕の謝罪」としてはあまりに失礼だ。

結局、彼女が選んだのは、ネイビーのタイトなロングスカートに、柔らかなベージュのニット。そして、母から譲り受けた小ぶりのネックレス。

鏡の中の自分は、どこか見慣れない「ただの女性」に見えた。

「……よし。身分証、手錠……じゃなくて、財布、ハンカチ」

危うく腰のベルトに意識が行きそうになるのを堪え、彼女は戦場(待ち合わせ場所)へと向かった。

2. 駅前、19時。不器用な合流

駅前のカフェテラス。街灯が灯り始めた街並みの中で、高橋健太郎は先に待っていた。

彼はチャコールのセットアップに、白いタートルネック。教師らしい清潔感がありつつも、学校で見せる「タカケン」よりも少しだけ大人びた雰囲気を纏っている。

(あ、いた……)

凛は深呼吸をし、背筋を伸ばして近づいた。警察官としての歩き方が染み付いているため、どうしても足取りが堂々としてしまう。

「お待たせしました、高橋さん」

高橋が振り向く。その瞬間、彼の目が見開かれた。

「……佐々木、さん?」

「はい。……変、でしょうか。やはり制服の方が落ち着きましたか?」

「いえ、逆です! すごく、綺麗です。一瞬、誰か分からなくて……あ、いや、もちろん分かったんですけど、その、ドキッとしました」

高橋のストレートな言葉に、凛の耳たぶが急激に熱くなる。

「……それ、公務執行妨害に近い発言ですよ」

「はは、またそれですか。今日は非番だって約束したじゃないですか」

高橋は優しく笑い、彼女をエスコートするように歩き出した。

3. レストランでの「職業病」

高橋が予約していたのは、少し落ち着いた雰囲気のイタリアンレストランだった。

運ばれてくる料理はどれも絶品で、会話も弾む。高橋の話す学校での失敗談や、古典文学の面白さ。凛は、自分が思っていた以上に彼との会話を楽しんでいる自分に驚いていた。

しかし、事件はメインディッシュの最中に起きた。

隣のテーブル。三人組の若い男たちが、少し騒がしく酒を飲んでいた。

凛のレーダーが、無意識に彼らを「観測」し始める。

(左の男、さっきから店の備品をポケットに入れてないか? ……真ん中の男、目が泳いでいる。薬物……いや、単なる飲み過ぎか? 右の男、あのバッグの置き方は盗難のリスクが高い……)

「……凛さん?」

高橋の声で、凛はハッと我に返った。

「あ、すみません! 何か言いましたか?」

「いえ。……もしかして、あの人たちをプロファイリングしてました?」

「……バレましたか。申し訳ありません。どうしても、不審な動きを見ると、つい」

凛はフォークを置き、ガックリと肩を落とした。

「せっかくのデートなのに、私……。昨日もあなたを投げ飛ばしたし、今日もこんな。可愛げなんて、これっぽっちもありませんよね」

「そんなことないですよ」

高橋は穏やかにワイングラスを置いた。

「凛さんは、この街を、人を守りたいと思ってる。その真っ直ぐなところが、僕は好きなんです。……あ、もちろん、投げ飛ばされるのは一度で十分ですけど」

「高橋さん……」

「でも、今日は僕の前。少しだけ、その重いバッジを下ろしてくれませんか? 僕が守れるのは、せいぜい教え子たちの成績と、今、目の前にいる女性の機嫌くらいですから」

高橋の手が、テーブルの上でそっと凛の手に重なった。

警察学校の厳しい訓練で少し硬くなった彼女の手を、彼の温かい掌が包み込む。

凛は、生まれて初めて「守られる側」の温度を知った気がした。

4. 招かれざる「教え子」の影

食後のデザートを楽しみ、二人が店を出た時のことだ。

夜の駅前通りを歩いていると、前方に数人の人だかりが見えた。

「あ、あれ……」

高橋の顔が曇る。

人だかりの中心にいたのは、高橋の教え子である佐藤と、その仲間たちだった。彼らはコンビニの前で、通行人に少し威圧的な態度で絡んでいるように見える。

凛の身体が、一瞬で「佐々木巡査部長」に戻った。

「高橋さん、あれはあなたの……」

「ええ。……佐藤、またやってるのか」

高橋が止めに入ろうとした瞬間、佐藤がこちらを振り向いた。

「おっ、タカケンじゃん! げっ、隣にいるの……昨日の『投げ飛ばし女』!?」

「投げ飛ばし女って言うな! 佐々木さんだ」

高橋が叱りつけるが、佐藤たちはニヤニヤと二人を囲んだ。

「えー、デート? 警察官と教師がデートとか、マジ受けるんだけど。ねえ、お姉さん、今日は先生を投げないの? それとも、夜は先生が投げられてる……ぶはっ!」

佐藤の言葉が終わる前に、凛がその一歩前に踏み出した。

その気迫に、佐藤たちは思わず後ずさる。

「……君たち」

凛の声は、低く、冷徹だった。

「今のは、公然わいせつ罪……ではないけれど、侮辱罪、あるいは軽犯罪法違反に抵触する可能性がある。そして何より——」

凛はふっと表情を和らげ、高橋の腕に自分の腕を絡めた。

「私の大切な時間を邪魔する者は、容認できません。……高橋先生は、今日、私の『確保』下にあるの。文句あるかしら?」

「…………っ!!」

佐藤たちは顔を見合わせ、その威圧感と「まさかの宣言」に圧倒され、脱兎のごとく逃げ出して行った。

5. 月夜の「執行猶予」

「……すみません。また、出過ぎた真似を」

生徒たちがいなくなると、凛は急に恥ずかしくなって腕を離そうとした。

しかし、高橋はその腕を離さなかった。

「いえ。かっこよかったです。……『確保』、されましたね、僕」

「……口が滑りました。忘れてください」

「忘れられません。一生、執行猶予なしで拘束してほしいくらいです」

高橋の冗談めかした、けれど本気の言葉に、凛はもう降参するしかなかった。

月明かりの下、二人はゆっくりと歩き出す。

「次は、どこへ行きますか? 高橋さん」

「そうですね。次は……凛さんの『職業病』が出ないような、もっと静かなところがいいな」

「……努力します」

「あ、でも。また誰かに絡まれたら、その時はまた守ってくださいね。僕のヒーロー」

「……もう、からかわないでください!」

凛の頬は、冬の夜風の中でも、ずっと熱を帯びたままだった。

教育と治安。相容れないようでいて、どちらも「誰かの未来」を想う仕事。

二人の不器用な恋路には、まだ多くの赤信号が待ち構えているかもしれない。けれど、今夜だけは、点滅する信号機さえも、二人を祝福するイルミネーションに見えていた。

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