合い言葉も今日で終わり
「なろうラジオ大賞7」参加作品です。1000文字以下が参加条件の短編となります。
夕暮れの土手。制服の少女は、土手脇にある小さなトンネルの前で立ち止まった。
「“横断歩道ォ~!心得!右見て左見て右!”」
独特な口調でそう言いながら、少女はひょいっと覗き込む。
「“あとはァ、止まらずまっすぐ進めェ!”」
トンネルの中から少年が言い返すと、少女はふふっと微笑んだ。
「懐かし~。南先生の口真似まだできるとは」
「小五になっても毎朝言わされてたもんな」
少女はトンネルにかがんで入る。
太い水道管が工事途中で放置された跡地だ。
「しっかし、よくこんな狭いところで遊んでたよねぇ、小学生チビすぎ~」
「俺は普通。チビだったのはおまえ!」
少年の反論を無視して、少女は『ヒ密基地』の引っ掻き文字を懐かしそうに撫でる。
「漢字書けてないし」
「おまえだからな?書いたの」
「あ、今年もアンパン買ってきたよ」
「またかよ~、いらねぇつってんのに」
少女はくすりと笑う。あの頃はここでゲームもお絵描きもできたのに、今は座るだけで精一杯。
「段ボールの扉もつけたっけ。でも、合い言葉が“横断歩道ォ~!“じゃ、クラス全員知ってるから意味なかったな~」
「そもそも誰も来ないっつーの。……俺だって、おまえが来るから」
「──あのさ」
少女は、口角を上げたまま少しうつむいた。
「このトンネルさ……、なくなるんだって」
「……工事中止されてから何年も経つしな」
「撤去、だって……」
膝に顔を埋め、呟く。
「仕方ねえよ。ずっとそのまんまにはできないだろ」
「やだなぁ、ここ、なくなるの……」
消え入りそうな声に、少年はただ少女を見つめた。
「ずっとそのまんまってわけにいかない──。俺も、おまえも」
置かれたアンパンを見る。
「……”お供え”も今年で終わりにしろよな。俺はもう腹一杯だからさ」
──何を言っても、少女には聞こえない。
嗚咽をあげている少女に、少年は黙って寄り添う。
──陽が沈んだ頃、少女はようやくトンネルを出て立ち上がり……、最後に一度だけ、振り返った。
「……横断歩道、心得。右見て左見て右……」
呟いた少女に、少年は必死で叫ぶ。
「あとは止まらず、まっすぐ進め!」
その声が届くことはない──けれど、少女は前を向いた。
「あとは止まらず、まっすぐ進め!」
遠ざかる少女の後ろ姿にもう一度叫ぶと、少年はかすかに微笑み……、夕暮れの光とともに消えていった。




