最初の町
丘の頂上で立ち止まった瞬間、天音の目の前に広がったのは、これまで見たことのない街の景色だった。石畳の小道が夕日に照らされ、屋根や塔の影が生きているかのように揺れる。空気は柔らかく魔力を帯び、見えない力が体の筋肉を微かに震わせる。
長い旅と戦いの後、この街は彼女に新しい世界の息吹を告げていた。戸惑いと驚き、そして期待に胸を膨らませ、天音は静かに一歩を踏み出す。
「さあ、ここから新しい冒険が始まるのね……」
息を切らしながら、天音は丘の頂上で立ち止まった。石畳の小道がようやく開け、目の前に広がる街の絶景が姿を現したのだ。街――だが、彼女がこれまで知っていた街とは違った。様々な形の屋根が夕日に照らされ、まるで生きているかのように輝き、石畳には無数の小さな星のような光が踊っていた。空気そのものが柔らかな魔力を帯び、目に見えない震えが体中の筋肉を微かに震わせる。
大きな門をくぐった瞬間、軽やかな魔粉が宙を舞うような、微かな気流を感じた。まるで星屑のようにきらめく魔法の粒子が街全体に漂っているかのようだった。街の隅々にまで、物語や秘密、そしていつ飛び出してくるか分からない生き物の気配が潜んでいるようだった。
だが、天音の心を最も惹きつけたのは住民たちだった。
誇り高い姿の狼人たち――耳を立て、筋肉を緊張させ、警戒しながら巡回している。長い尻尾を揺らして笑う若い狐の商人。樽の上に乗り、好奇心いっぱいに菓子をかじる猫耳の子供。静かに通り過ぎるエルフは、長い髪を後ろにたなびかせ、まるで魔法のヴェールのようだった。
天音は、驚き、信じられない気持ち、そしてほのかな恐怖が入り混じった複雑な感情を覚えた。思わず息を漏らし、ひそやかに呟く。
「この街はすごい……日本ほど発展してはいないけど、空気は軽く、みんな楽しそうだ。」
下唇をかみ、少し考え込む。手元の袋をしっかり握りながら心の中で呟く。
「さて、まずはギルドを探さないと……せめて身分証明書を手に入れなくちゃ。あれのために宝の一部を犠牲にしたんだから……」
扉が軋む音を立てて開く。ギルドの内部が姿を現すと、熱気と香りの混ざった波が彼女を包み込んだ。革の香り、乾燥ハーブの匂い、焼き肉と古木の香りが空気に漂っている。活気に満ちた広間に、天音の目は大きく見開かれた。
胸に両手を押し当て、喜びを隠せない。
「まるで漫画の中みたい……やっとこの体験ができるんだ!」心臓が高鳴る。
ギルドの中央広間は想像以上に賑やかだった。時を経て使い込まれた濃い木の長テーブルには、獣人や鎧を纏った人間、静かなエルフ、旅で汚れたマントを羽織った女性たちが集まっている。
壁にはクエスト掲示板が並ぶ。古びた紙は釘や魔法で固定され、モンスターや財宝のイラストや印章がびっしりと描かれている。それぞれの掲示は物語を語り、危険や報酬を約束していた。
補強されたカウンターの向こうに、細めの眼鏡をかけた女性が目を上げ、天音にプロフェッショナルな笑みを向ける。天音は大きく息を吸い、前に進んだ。
「すみません……登録できますか?」と、控えめに尋ねる。
受付の女性は優しくうなずいた。
「もちろんです。こちらの用紙にご記入ください。名前、年齢、種族、使用武器、魔法の属性があれば、そして戦闘経験も。『なし』でも構いません。ではどうぞ。」
天音は軽く首を振り、心の中で思う。
「ふむ……カードを手に入れるだけだから、属性は適当に書いて、経験は『なし』にしよう。」
数分後、用紙を提出すると、受付の女性は目を丸くして言った。
「すごい……火の魔法を使えるのですね。では、カードは明日には用意できます。」
天音は微笑み答える。
「必ず取りに来ます。」
受付の女性は興味深げに目を輝かせ、言った。
「あなたの瞳の色、とても素敵ですね。自然なゴールド色ですか?」
天音は背筋にぞくりと走る感覚を覚え、ひそやかに呟く。
「ええ……そうです。ありがとうございます、受付の方。」
「では、また明日、天音さん。」
外では、夕日が沈み始め、空を桃色と黄金色に染めていた。彼女は最寄りの宿を探し始める。石畳にはランタンの光が灯り始めている。
宿の扉を押すと、ベルが柔らかく鳴った。温かい香りが立ち込める――焼きたてのパン、スパイシーなシチュー、薪の燃える香り。室内は暖かく、天井から吊るされたランタンの黄金の光に包まれていた。現しの梁が構造を支え、床は歩くたびにかすかにきしむ。
天音はカウンターに近づき、室内を見渡す。旅人たちが談笑し、冒険者たちは汗を拭い、小さな毛並みの良い犬がテーブルの間を駆け回っていた。
大きく息を吸い、丁寧に尋ねる。
「すみません……部屋はいくらですか?」
宿の主人は温かい笑みを浮かべて彼女を見た。
「こんにちは。一晩、シングルベッドでよろしければ、銅貨三枚です。」
天音は軽く眉をひそめ、好奇心から尋ねる。
「では、ベッドが二つある部屋は?」
一人で来ているのを見て少し驚いた宿の主人は、少し間を置いて答えた。
「銅貨四枚です。」
天音はまるで魔法のように、光り輝く金貨を取り出して、落ち着いた笑みを浮かべながら差し出した。
「これにします。お釣りは結構です。」
宿内は一瞬、驚きの沈黙に包まれた。小さな部屋の料金を金貨一枚で支払った少女に、すべての視線が集まる。興奮した囁きが広がった。
「誰だ、あの子は?」
「貴族かも?」
「ここで見たことないな……」
天音は囁きを無視して、直接自分の部屋へ向かった。木の階段を上りながら考える。
「金貨一枚って、円でいくらになるんだろう? 本当にお金の管理を覚えないと……全部金貨で払っていたら、そのうち剥ぎ取られるかもしれない。」
部屋の扉を閉めると、中を観察する。小さな木のベッド、控えめなタンス、そして街の輝く屋根が見える窓。深く息を吐き、足を組んで座り、静かだが威厳を感じさせる姿勢を取る。
「さあ、出てきていいわよ。」
影の中からエレノアが現れ、すぐにひれ伏す。
「私のためにベッドを用意する必要はありませんでした、女神様。」
天音は微笑みを浮かべ、落ち着いた声で答えた。
「あなたの言う通り、私は女神。お金なんて大した問題じゃない……さあ、真面目に話しましょう。」
空気が重くなる。天音は真剣かつ粘り強い口調で、空虚だが鋭い視線を向ける。
「魔王は一体、私に何を期待しているの?」
エレノアは敬意を込めて頭を下げ、低く囁く。
「魔王ヴェル・クラースによれば、あなたの存在は神々によって予期されていなかったのです。」
天音は少し目を細め、困惑する。
「予期されていなかった…?」
「ここで起こるすべては神々の意思によるものです。彼らは計画し、命じ、統制する。この世界では、自由は特権ではありません。しかし、彼らが直接動くことは決してありません。」
天音は少し考え、うなずく。
「なるほど……つまり、あなたたちは本当に選択の余地がないってことね。」
エレノアは続ける。
「教会は神々とその使徒の直接の代理です。彼らは非常に強力な使い手で、一撃で国を滅ぼすことも可能です。」
寒気が天音の肩を走り、首筋が逆立ち、皮膚が冬の風に触れたかのようにぞわっとする。彼女は信じられない声で呟く。
「マジで…?! これじゃ、もう終わりだわ。」
エレノアは少し頭を下げ、慎重に思いを明かす。
「女神としての進化は、彼らの目には異端です。おそらく標的にされるでしょう。」
天音は眉を上げ、皮肉交じりに呟く。
「トラブルを避けようと思ってたのに……まあ、望み通りだわ。」
エレノアは落ち着いて答える。
「彼らの力はあなたの前では無力です。だからこそ、魔王は戦争を終わらせるためにあなたの協力を求めているのです。」
天音は冷たく皮肉な笑みを浮かべる。
「なるほど……つまり私に望むのは、他の神々を倒すことね。」
軽い嘲笑が喉から漏れ、顔には小さな笑みが浮かぶ。目には驚きと楽しみが混ざり、予期せぬ光景を見ているかのように輝いている。
「さあ、立ち上がってベッドに座りなさい。もう十分聞いたわ。」
エレノアは丁寧にベッドに腰を下ろした。
天音は満足げに心の中で思った。
「今日の昼から行動が変わったわね。神性が勝って、負の感情を避けるようになった…今、本当に本物の女神になりつつある。」
「しかし、女神様、今後どうされるおつもりですか?」とエレノアが尋ねた。
「介入するつもりは全くなかった…むしろ、他の人たちと一緒に家に帰るつもりだったわ。でも、別世界への転移はまだ赤で表示されている…」と天音はベッドに横たわりながら答えた。
「仮に将来その力を持ったとしても、この世界の神々とあなたの世界の神々は全て、あなたの背後に立つでしょう。」
「どういうこと?私の世界の神々も?」
「あなたの立場はもはや人間ではありません。ここでは神々が直接世界と関わっています。あなたの世界の神々は…誰にも予測できません。人間界に神が存在することは、宇宙の均衡を崩す可能性があります。」
「そんなに大事なのね!まあ、とりあえず今は避けるわ。」
「でも、どうして我々の神々はあなたの召喚を止めなかったのですか?」
「何を考えているのか誰にも分からないわ…」と天音は皮肉な笑みを浮かべた。
「最後に一つだけ:私の目の色は?」
「それは“神の目”、鮮やかな黄金色です。祖父の語っていた伝説の中でしか聞いたことがありません。」
「祖父…まあいいわ。でも、次回私が気付かない変化を受けたら、ちゃんと教えてね。」
「お知らせしなかったことをお詫びします…次回は必ずお伝えします。」
天音はベッドで体を向ける。
「明日は図書館に行って、いくつかのスキルを書こう。でも今夜は…おやすみ。」
エレノアは穏やかで敬意のある声で横になった。
「おやすみなさい、女神様。」
天音はスマホを取り出し、雪平との写真を眺めながら呟いた。
「もし私の立場だったら、どうしてたかな…?」
しかし、眠気は訪れなかった。彼女は眉をひそめ、困惑する。
「どうして疲れてもいないし、眠くもないの?」
エレノアは、神々は眠らず、疲れもしないと説明した。
「でも、一晩中起きていたくはないわ…うーん、そうだ、いい方法がある。」
天音はキーボードを取り出し、新しいスキルを書き込んだ。
→ [睡眠]
勝ち誇ったような笑みが顔を照らす。
「よし!成功ね!これでやっと眠れる。」
だが、ある考えが頭を離れなかった。
「このスキル、本当に変わってる…スマホを充電するものまであるなんて…なんて変な世界!」
宿の部屋で静かに夜を迎え、天音は深く息を吐いた。外の街は夕日に染まり、ランタンの光が温かく揺れている。
今日一日の出来事を振り返りながら、彼女は心の中で決意を固める。
「明日は図書館で新しいスキルを書き込み、もっと強くなる。だけど、焦らず、慎重に……」
影の中から現れたエレノアに目を向け、微笑みを返す。二人は沈黙の中で世界の重みを感じながらも、確かな信頼で結ばれていた。
窓の外、街の光が星のように瞬く。天音はそっと目を閉じ、静かに言った。
「さあ、明日もまた、新しい一日を始めるわ。」