飛び出せ! ウンコマン!
「おまえ、ウザイよ!」
ミサが住むワンルームの玄関に、タカシの怒鳴り声がひびく。
タカシの黒光りする革靴が、ミサのかわゆいパンプスやサンダル、ダッド・スニーカーなんかを蹴りとばしてちらかした。
「二度とこねえ」
「わ、わたし、三十歳になったばっかりだよ!? 五歳だけ、サバよんでただけじゃない!?」
「うるせえ! イイワケは聞きあきたんだよ!」
「だって……ちょ、ちょっと待って!」
「もう電話してくんな、分かったな? いいな?」
「タカシ!」
バタン! 上着をわきにかかえたままタカシが外へ飛びだして、なすすべもなくオートロックのドアの鍵が閉まってしまう。カチャリ♪
「……」
うう、
ぐすん。
ミサは泣きながらヨダレとハナミズをたらした。たった今フラれたばかりのタカシとの思い出が、メイクといっしょに涙にとけて頬を流れおちる。
「ぐすん……う……うう……うえ~ん、あんなに好きだって言ってたのに!? ウソつき! あ、あんなにつくしたのに……結婚するって約束したのに……あ~ん、死んじゃいたい……」
ミサはよろめき、力なく廊下にひざまづいた。悲しい心とは裏腹に、指をはじくみたいにヒザがポキっと小気味よく関節をならす♪
「男にフラれて……すごくみじめで……わたしって、生きてる価値あるのかなあ? わたしの存在価値って、何? わたしって、いったい何? わたしって何なの? ぐすん……わたしって、い、いったい……」
『ウンコマーン♪』
「……え?」
バカバカしいくらいの陽気なサンバ・ミュージックとともに、ミサはとつぜん自分の体が七色に光りだし、女子アナ風のきれいめオフィスカジュアルが、戦隊ヒーローの着るみたいに大げさなコスチュームにすっかり入れかわってしまって、
両親のくらす故郷のとなりの県で、地方都市の賃貸マンションで、独身女一人きりで、自分がウンコマンになっていることに気がついた。
え?
なんでミサは自分がウンコマンだと分かったかって?
そこは姿見の鏡の前で、自分のコスチュームの胸のところにカタカナの刺繍で『ウンコマン』って書いてあったからだ☆
アタマのうえにマンガのような巻きグソがのっていたが、さわってみるとプラスチック製だと分かってホッとした。
『ウンコマーン♪』
「……は?」
『オイ、こっちぢゃ』
「あ? あ?」
『コッチぢゃ、コッチ。安心せい、神さまぢゃ。この世界を作った神さまぢゃよ。ホッホッホ。はじめまして、ワシぢゃ、自己紹介ぢゃ。ワシが、この世界を支配する、全知全能の神さまぢゃ』
ミサが見あげると、いつの間に部屋へ侵入したのか、ハゲあたまの、ふんどし一丁だけ身につけた裸の老人が、白い雲の上に乗ってフワフワと宙に浮かんでいた。ミサがあっけにとられていると、ふいに宙でクルリと回転して、今度は老人のむき出しのおしりが彼女の顔へ近づいてくる。
「ギャー! わたしの顔は便器じゃないじょ~! ツバを飛ばしてウォシュレットってか~?」
『ホッホッホ、すまんのう。この雲は運転がむつかしいのぢゃ、ホッホッホ』
「え? なになに? なにこれ、テレビ? YouTube?」
『ミサよ、よく聞くがいい。おぬしはたったいま、ウンコマンになったのぢゃ!』
「……え?」
『ウンコマンになって、真の世界平和を実現するのぢゃ!』
「……は?」
それからいろいろあって、ミサは、いやウンコマンは、世界を救って、世界大統領になって、この世のありとあらゆる貧困や差別、戦争などを無くした。
しかしミサは女の子なんだから、ウンコマンじゃなくて、ウンコ・ウーマンなのでは?
【おしり】
木の葉ふるふる野糞する
種田山頭火「四国遍路」より