自称恋人の証言
私の母は長年既婚者の男性と交際していた。いわゆる不倫である。
私がこのことを知ったのは高校生の時帰りが遅くなった時に現場を目撃したからだ。
当時の私は誰にも言えなかった。もちろん父にもそんなことは言えなかった。しかし、私が大学進学を機に一人暮らしをすることになった時、父から母と離婚することを考えていると告げられた。
この時、父は母のやっていることを知っているのかもしれないそう思った。だが、思いつめた顔をする父にこの時私は何も言えなかった。ただ離婚に賛成していることを父に伝えた。
こういう経緯もあり、母とは疎遠にしていた。だが、私が大学を卒業して社会人をして三年か四年経った頃だったように思う、その母から通話がかかってきたのである。
「孝さんの奥さんが亡くなったわ!」
おい、なんでそんなに人が亡くなったことをそんなに嬉しそうにいうのだ。
「これで結婚してもらえるわ!」
そんなわけないだろう。
開いた口が塞がらないというのはこういうことなのかと自分の身に起こって実感した。
なんでこの人はわからないのだろう。
相手は自分の相手をしてくれるお金のかからない気安い関係の人が欲しかっただけだということがわかっていない。
相手に婚姻関係を結んだ相手がいて、自分が他人だということが全くもってわかっていない。
なのに献身的に相手をする。
そりゃあ感謝してくれるだろう、お金も払っていないし。奥さんに見限られているのなら尚更。
だけどその感謝で夫と子供を全てほったらかしにできるのかと聞かれればわからない。少なくとも私は違うと言いたかった。
結婚するかどうかなんてわからないじゃないか、なんて言ったが夢を見ている母は止まることはなかった。
「今まで奥さんにジャマされてきたけどもう大丈夫だわ!」
一体何をジャマされたっていうの?結婚してくれるなんて言われてたわけじゃないでしょ?そんな疑問を聞く前に通話は切れた。
いやな予感しかしなかった。
相手の苗字が少しばかり珍しかったから近所の葬儀場の死亡広告を見て当たりをつけてその会場に向かった。何もなければいいと思いながら。
その会場には母がいた。ロビーで母より年上の男性に声をかけていた。
「ねえ孝さん結婚してくれる?」
「うんうん」
やばい。
そんなことを話している母を急いでひっぺがし、タクシーに押し込んで強制帰宅させた。
一体何をしているんだ。この男性が叫んだりとかして大ごとにならなくてよかった。そう安心しつつこの人を家族のもとに送ろうと思って声をかけた。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけても反応がなかったから私は母はさっき言っていたことを思い出して声をかけた。
「あの、たかしさん?」
そう一言声をかけるとその人はさっき『うんうん』と当たり障りなく言っていた時とは見違えるくらいの勢いで話し始めた。
「やあやあ!さっきはありがとう!!」
さっきとは打って変わってハキハキとしたこの発言に私は少しばかりたじろいた。でもこのたかしさんは特に気にしているようではなかった。
「いやあ、さっきの女には長年付きまとわれていてね!妻の葬式にまで来るとは思いもしなかったよ!」
会社からすっ飛んできたのでスーツ姿であった私を会場スタッフだと思ったのか“たかし”さんはそう話し出した。私をスタッフだと思っているからそう話しているのだとわかる。でもこの人にとっては私の両親が離婚したことも私と父が母の不倫について悩み苦しみ、ようやく自分を肯定できるようになってきたことも。きっとなんでもないことなんだな、私たちは苦しんだのに。そんなことが頭をよぎった。
「そうなんですか」
思いきり罵る言葉がでなくてよかったと少しばかり胸を撫で下ろした。
「ははは、お嬢さんみたいな人だったら結婚してもいいんだけどなあ」
何を言っているんだこいつは。一瞬にして体が芯から凍りつき、頭が理解を拒んでいるかのようだった。
「ああ、あなたが自称恋人ですか?」
どこからかやってきた男性が放った言葉は明らかに私を小馬鹿にしたものだった。
そんなわけないだろ!その目は節穴か!?
そういってやろうと思ったがその男性の後ろにこの人の奥さんらしき人と会場のスタッフらしき人が見えた。多分この人は“たかしさん”の息子で母の騒ぎで本物のスタッフさんが呼んで来たのだろう。
なんでこの“たかしさん”には家族がいるんだろうか。しかも、そばで支えてくれるような家族が。羨ましいような、妬ましいようなそんな感情が湧き出たと思ったら私の口は自然と言葉を紡いでいた。
『これからは二人で生きていくから邪魔しないで』
あなたたちも私と同じ思いをすればいい。
自称してないな、自称してると言われてるだけで。
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