第2話 扉が多すぎる謎の温泉
鹿児島県の上空を旋回する1台の宇宙船。
乗っているのは、男女2人の源泉かけ流し星人。金髪のボブ、毛先を遊ばせたシャギーカットの上月湯菜と部下であるデカチンの珍湯太郎。
「ちょっと、あの温泉、かなり変わってるわね。近づいて見て。」
「湯菜様、了解です。」
平屋で横長の建物が2棟あり、それぞれに扉がずらりを並んでいる。2つの建物はどちらも古びているが、古さ加減が違っていて、新館、旧館と呼ばれている。もちろん、新館もたいして新しくはなさそうだ。
「日本一安い貸し切り風呂って、宣伝していますよ。平日1人なら40分200円、2人なら1時間300円。激安ですね。しかも、23部屋の個室の温泉がぜんぶ完全然かけ流しとは、素晴らしいですね。」
ドアを入ると畳1畳の棚代わりにもなる腰掛けのある狭くて薄暗い脱衣所があり、その奥に2人サイズくらいのこじんまりした内湯がある。無色透明でつるつる感のある源泉がドバドバかけ流し。43度くらいのお湯は無味無臭。
「安ければいいというものでもないでしょう?掃除が全くできてない!あのおじさん、ワンオペだからか、脱衣所の床が濡れてボトボトじゃない。客のマナーの悪さもあるけど、その都度の掃除は基本でしょう?これは源泉に失礼だわ。」
湯菜が少し興奮してきたところに、2人の客。
「ちょっと、見てください。大学生くらいの若いカップルが来ましたよ。温泉でデート?どういうことでしょうか?あ、全裸になって浴室に入ってから、お湯には入らず、いちゃつき始めましたよ。あ、入った。」
「入った?どこに?」
「そんなこと言わせるんですか?そういうプレイですか?」
「神聖な温泉でなんてことを!」
「2人とも実家住まいからここでしかできないとか、場所を変えたら興奮するとか、シンプルにラブホに行くお金がないとか、あの2人にもいろいろな事情があるんでしょう?」
「温泉でそんなことをするのは許せない!源泉に失礼だわ。止めてやる!」
「待ってください。もう出たみたいですよ。」
「もう出た???何が?」
「また、言わせるプレイですか?ともかく、この温泉施設には何の罪もないではありませんか。」
「私は艦長よ。いえ、艦長兼マン長の私の言うことが聞けないの?この若い早漏男は、温泉に来て温泉に見向きもしない!目の前にある素晴らしい温泉には入らずに、入れてばかり。しかも、すぐ出し過ぎよ。この早漏男、温泉に失礼だわ!それに、ここまで掃除が出来ていなくて温泉と言えるの?温泉から出て、脱衣所がグショグショに濡れているなんて、源泉に失礼だわ!」
「湯菜様、グショグショなんですか???僕も興奮してきました。」
「もうこんなところに温泉を供給する必要なんてない。止めてやるわ。」
だんだん興奮してきた愛菜を見て、湯太郎も興奮してきた。
「若い常連さんもいるし、遠くからも温泉マニアが来ていて、良い雰囲気じゃないですか。源泉ドバドバかけ流しの貸し切り風呂が1時間300円だなんて、このご時世に考えられない位に良心的じゃないですか。止めないでください。そんなに言われると、僕の操縦桿がロケットみたいになってくるじゃないですか。もっと激しく」
湯太郎が湯菜の手を取り、カチカチになった操縦桿を握らせると、上下に擦り始めた。
こうして、日本一安い貸し切り温泉の源泉は守られた。