真田啓介「古典探偵小説の愉しみ」Ⅰ・Ⅱ
この書籍の凄さを一般人に説明するのはタイヘンだ。
それはミステリという文学ジャンルと私の人生に絡んでくるからだ。
まず、小学生の頃にルパン、ホームズ、乱歩の洗礼を受ける。
児童用リライトで「Yの悲劇」やそのリライトされなかったため是非読んでみたいと角川文庫で「パノラマ島奇談」、中島河太郎「推理小説の読み方」を読んでいたのだが、中学受験で読者から退いた。
中学の頃に又読み始めたが、ミステリは読まなかったのは赤川次郎や西村京太郎しか見えなかったのだが、光文社文庫で島田荘司「占星術殺人事件」を読んだのが、wikiで調べたら1990年だから17歳の頃で、解説が新保博久だったから島田荘司書誌が充実していて、氏の作品をほぼ全点読破し、当然2年前から勃興した新本格ムーブメントに立ち合い、乱歩・久作・虫太郎ら戦前派、鮎川・土屋・高木の戦後派、当時田中芳樹が好きだったので幻影城派の泡坂・連城・竹本を読み、同時に周辺のSFやハードボイルド、幻想・怪奇を読み、「虚無への供物」に打ちのめされ、ミステリを副業にしていた安吾・福永もよく読んだ。
この頃は、何を読んでも当たりでたまらなかった。
大学に入るとカノジョはできなかったが、友人と酒を飲んだり・語り合うのが面白くなっても、読者は続けた。
大学卒業の頃、京極堂や麻耶だから、この頃から本邦ミステリは失速していった。
ところが、このあたりから、国書刊行会が世界探偵小説全集を出したり、創元推理文庫が底力を見せるようになった。
だが実際にこの〈黄金時代英米本格ミステリ〉未訳大量邦訳の波に乗るのはゼロ年代以降、この頃、要町で一人暮らしを始めて、ちょうどPCを揃え、Amazonにようやくアカを作った。
その外にもBOOKOFFや日本の古本屋もよく使った。
何に?海外ミステリに、である。
これは私にとってミステリ第三の波であった。
20代の頃はやはり本邦ミステリを好んで、翻訳ミステリは読み辛く、国名シリーズやポワロもの等有名作は読む程度であった。
その頃から飯城勇三を読み、新本格では法月がいちばん好きだったことから、E.クイーンを刊行順に読破することにした。
それで面白さに開眼し、国書以外でも長崎出版とか原書房等普段ミステリを出さない出版社もミステリは①マニアが一定数いること、②コレクションしたくなること、③ネットの普及で入手できなかった原書がた易くゲットできるようになったことから、百花繚乱の英米黄金時代本格ミステリ邦訳世界が出現したのだ。
本来、新本格の法月や綾辻のリスペクトがあり、笠井潔や山口雅也の古参も参入して邦訳に盛り上がりを見せたのだが、その原動力こそ、本書の真田啓介やレオ・ブルースの小林晋、先の飯城勇三、本書でも度々登場するROMの同人たちで、つまりここにきて在野の読書人たちが、邦訳や解説を手掛けるようになった。
その存在は薄々知っていたのは、私がかれこれ30年はコミケに行っていたおかげで、「鮎川哲也未収録短篇集」や「狩久全集」のパンフレットをもらったりしたからだ。
「Re-ROM」の方は実際買っている。
幻影城を学生の頃に読んでいた世代がゼロ年代から今までの知識を総動員する活躍の場ができたということで、私は当時どれほど助けられたことか!
特に著者のアントニイ・バークリー紹介はモロに直撃した。
これほど面白い作家の全貌がほとんど明らかになっていなかったのには驚いた。
なにしろバークリーのシリーズ探偵はチタウィック氏だと思っていたのに、シュリンガムだったことに更に驚いた。
この頃、創元ではD.Lセイヤーズのウィムジイ卿ものの全長編が邦訳進行中で、本書に登場するレオ・ブルースやフィルポッツ等も含め、10年代頃まで楽しませてもらい、その火は主に論創社(本書の版元)を中心に今もくすぶり続けている。
こういった本が地方出版で初版を出し、日本推理作家協会賞評論・研究部門を受賞したのだ。
70年代頃からの活動なので、苦節50年なのである。
SFやコミックはこういった在野の研究者がいて、そこからプロになり、ならずとも業界を支えてきたのだが、ミステリでもこういった先輩の偉業がようやく認められたという記念碑的な書物なのである。
作中、真田啓介は井上良夫(乱歩と共に戦前に英米黄金時代本格ミステリを研究した在野の研究者)の評論集を出すべきだと云っていたが、それも国書刊行会の「探偵くらぶ」レーベルに収録された。
それが90年代だから、60年くらい経ってからである。
本書もそれに継ぐ、批評眼と年数と熱量があるんだよ。