実妹を虐める婚約者と婚約解消したい
私の婚約者になった女は本当に嫌な女だった。
人の見ていないところでは自分より爵位が低いと嘲り誹る。
そして実妹には直接的な暴力も振るうことにも躊躇が一切ない。
ある日の昼休み、校庭の隅に植えられている楠の枝の上に腰掛けていた。
そこに私の婚約者が妹を連れてきた。
楠の下で立ち止まったかと思うと妹に一歩近寄り、何の言葉もかけずに力いっぱい頬に手を振り下ろした。
甲高い聞き苦しい高い声で妹を詰り始める。
「ユーリシャ!一体どういうつもりなの?!わたくし、あなたにお願いしていたわよね?!伯爵家の恥にならない振る舞いをしなさいと。なのにどうして試験の成績が一番なの?!」
私の婚約者が言っていることは可怪しい。
成績が一番なら伯爵家にとって誇れることだろう。
そんな風に考えている間にも婚約者と妹の会話・・・ではないな。一方的な誹謗中傷が続いている。
「お姉様・・・申し訳ありません・・・」
「わたくしよりいい成績を取るなと何度言えば解るんですの?」
理不尽極まりない言い草だ。
ただ聞いているのも腹立たしくなってきたので、私は婚約者と妹の間に飛び降りた。
「きゃっ!!」
婚約者は悲鳴を上げなにか喚いているが、妹は一瞬驚いたがすぐに平常に戻った。
いや、姉に難癖をつけられおどおどとしていたが、私がいることは気がついていたのだろう。飛び降りた私の行動には驚いたが、私の存在には驚かなかったようだ。
「これはこれは婚約者殿。妹を暴力で従えているとは・・・噂では聞いていましたが、まさか本当のことだったとは驚きです」
「エートリンク様!そ、それは、誤解ですわ!!妹の不出来なところを叱っていただけで・・・」
「私は婚約者殿がここに来る前から居ましたが、婚約者殿が私に言っていることと、私が見たものは全く違うものでしたよ」
婚約者は血の気の引いた顔色になって同じ言い訳を繰り返していた。
私は婚約者をその場に残して婚約者の妹に手を差し出した。
妹は一瞬躊躇してたが私が手を引かないことに気がついたのか、私の手の上に手を乗せた。
その手を私の肘に置き、校舎へと向かった。
「困ります・・・。この後、姉がどうなるか・・・」
婚約者のきーきーした詰り声が聞こえる。
「ああ。私の考えが足りなかったかな?では、こうしよう。ユーリシャ嬢は私の家から学園に通えばいい」
「そんなこと、できません・・・」
「まぁ、その辺のことは私に任せておきなさい。学園では一人にならないこと。それと、私の婚約者に呼び出されても、私の名を使って断るように」
「ですが、姉はそんなことでおさまるような人ではないのです」
「ならいっそ学園を変えるかい?私は距離を取ることを勧めるけど?」
「寮生活になりますし、私のためにそんな費用を父が出してくれるはずがありません」
「父上にも軽んじられているのかな?」
「・・・・・・」
「はぁ〜・・・トカレノフ伯爵家は一体どうなっているのやら」
婚約者の妹のクラスに到着したので妹が私の肘から手を離した。
「今日の授業が終わったら、私が迎えに来るまでこの教室で待っていなさい」
「ですが・・・」
「ユーリシャ嬢。君はどうしたい?家から出たい?それとも家族からの理不尽を全て呑み込んで我慢し続ける?」
「私は・・・」
「放課後に答えを聞きに来るから、それまで考えるといいよ。私は君を助けられるし、放置もできる」
「・・・わかりました」
「では、放課後に」
放課後にユーリシャの教室に向かうと婚約者が既に妹の腕を掴んでいるところだった。
「やぁ、婚約者殿。今日はよく会うね」
「エートリンク様・・・。この教室に来るということは妹に用事があるということですか?」
「そうだよ。ユーリシャ嬢。君の返事を聞きに来たよ。結論は出たかな?」
俯いて唇を噛んでいたユーリシャは顔を上げ、私を見た。
「エートリンク様。・・・助けてください」
「いいよ。君が望むなら助けてあげるよ」
「エートリンク様!ユーリシャが何を言ったのか知りませんが、本気にしないでくださいませ。この子はトカレノフ家にとって恥もいいところなのです。エートリンク様の手を煩わせるようなことではありません」
「煩わしいと思うかどうかは婚約者殿が決めることではない。ユーリシャを助けないより、助けるほうが私の心の平和が保てる」
「こんな愚かな妹!!のことよりわたくしとカフェにでも行きませんか?そのほうが余程実りある時間になると思いますわ」
「すまないね。今日は先約があるんだ」
婚約者が掴んでいる手を放させて私の肘に手を置かせる。
ユーリシャは私にされるがままエスコートされる。
我が家の馬車まで婚約者が後をついてくる。
その間もユーリシャが如何に愚かであるか、令嬢とは思えない声量で喚き続けた。
流石に馬車にまでは乗り込んでこなかったが、馬車が動き出してもまだユーリシャの悪口を言い続けていた。
屋敷に帰るとユーリシャのために離れの部屋が整えられていた。
昼の間にユーリシャを連れ帰る可能性があると連絡だけ入れておいた。
婚約者でもない相手を本邸に住まわせるわけにはいかないのでユーリシャには不便をかけるが、離れで我慢してもらうことにした。
「ここでゆっくりするといい」
「明日の授業のための教科書がありません」
そう言うので私が使っていた教科書とノートを渡した。
「ありがとうございます」
「衣装などは姉が残していったもので悪いが、それらを使ってくれ」
「何から何まで申し訳ありません」
「気にしなくていい。私がしたくてしていることだからね」
父上に婚約者の振る舞い、ユーリシャの立場のことを説明した。
父上にはユーリシャを連れ帰ったことを叱られたが「虐められている人を助けることはいいことだ」と褒めてもくれた。
詳しくは会って話がしたいこと、ユーリシャは暫く預かることを私と父上の連名でトカレノフ伯爵に手紙を出した。
返事は『勝手なことをされては困る』だった。
まぁ、当然と言えば当然の返事だろう。
『次の休日トカレノフ家へ伺います』と返事を送った。
トカレノフ伯爵は『お待ちしております』と答えを返してきた。
休日の昼食を食べ終わった後、ユーリシャと一緒にトカレノフ伯爵邸へと馬車を走らせる。
当然父上も一緒だ。
ユーリシャは恐縮していて、その仕草はどこか笑いを誘った。笑うと傷つける気がしたので笑わなかったけれど。
トカレノフ邸の中で一番いい応接室なのだろう。この屋敷に来るといつも案内される応接室にいつものように案内された。
話し合いは長く続き、私は「婚約者殿と婚約を白紙に戻したい」とトカレノフ伯爵に伝えた。
「それはどうしてでしょうか?」
「妹を虐めたり、爵位が下の相手には傲慢な態度をとったりするような女性を我が侯爵家の妻に迎え入れることは出来ないからですよ」
「それは誤解では?!」
「いえ、私のこの目で、この耳で聞いているので間違いはありません。トカレノフ邸でもユーリシャを虐めているでしょう?あぁ!トカレノフ伯爵もご一緒になって虐めているのでしたか?」
「し、失礼な!!我が子を虐めるなど!!」
「ない。と言えるのですか?ユーリシャから聞かされた話はトカレノフ伯爵が話している内容と違うようです」
「ユーリシャは生来の嘘つきなのです!!」
「我子のことを庇うのではなく嘘つきですか・・・では、それを確かめましょう」
「どうやって?」
「ユーリシャの部屋を見に行きましょう」
「そ!それは!!」
ユーリシャが立ち上がり、ユーリシャの部屋へ案内してくれる。
ユーリシャの部屋は家族が住まう二階にはなく、四階の最奥だった。
部屋の大きさはベッドと机と小さな衣装棚が置かれただけで扉が支えて開けられないほどだった。
衣装棚には学校に通うための衣装が三着と室内着と寝間着が二着ずつ掛かっているだけだった。
夜会用のドレスは一枚もない。
トカレノフ伯爵がなにか言い訳をしていたが耳を傾けるような話は出てこなかった。
ユーリシャに必要な荷物を纏めるように言い、我が家から連れてきた侍女をユーリシャの元に残した。
「トカレノフ伯爵。我が婚約者の今後に関わることなので、婚約者殿も応接室に呼ばれるがいい」
婚約者を呼びにこの屋敷の執事が向かう。
そこは二階の家族の部屋だった。
現れた婚約者はユーリシャの部屋に吊るされていたような貧相なドレスではなかった。
私達が来ることが解っていたからだろう。かなりいいドレスを身に纏っていた。
「ユーリシャ嬢とはまるで違う扱いなのですね」
「いや、それは・・・」
言い訳にもならない言葉を羅列して、しばらくすると下を向いて押し黙った。
「ユーリシャが家族から顧みられない原因はなんなのでしょう?」
父が質問するとトカレノフ伯爵は躊躇いながらも口を開いた。
「ユーリシャがアンリッタより賢いことが始まりだったのだと思います。アンリッタが理解できないことを一つ年下のユーリシャには理解できることに気がついて、そこから執拗にユーリシャに辛く当たるようになったのです」
「そんなことで?親であるあなた達までユーリシャを?!」
「アンリッタが収まらないのです。私たちが一緒にユーリシャを粗雑に扱うまでアンリッタは意識が途切れるまで喚いて暴れて、手がつけられなくなるのです。初めはユーリシャに『すまない』と謝りつつアンリッタの気に入るように振る舞っていたのですが、いつの頃からか私たちまでユーリシャを・・・」
父はため息とともに「話になりませんね」と言うとトカレノフ伯爵は身を縮まらせた。
ノックの音が響いてトカレノフ伯爵が入室の許可を出す。
トカレノフ伯爵と違い婚約者は満面の笑みを浮かべて私の横に座ろうとする。
「アンリッタ!こちらに座りなさい!!」
婚約者は憎々しげな表情でトカレノフ伯爵を見て、不満そうにしながらもトカレノフ伯爵の隣に腰を下ろした。
応接室に戻り話を再開する。
婚約解消の話になると婚約者は叫び声を上げた。
「ご冗談でしょう?」
「いえ。本気です。高慢な妻は侯爵家に必要ないので、高慢であることを許してくれる相手を探していただきたい」
「婚約解消などという恥をわたくしにかかせるおつもりですか?!」
「あなたという恥ずかしい婚約者がいる私の名誉はどのように守っていただけるのか?」
「わたくしが恥だというのですか!!」
「だから、そう言っているじゃありませんか。婚約者殿は知らないのかもしれませんが、学園中の噂になっていますよ。ユーリシャ嬢を預かってから調べただけでほら、この通り」
バサリと婚約者の噂に関する報告書をトカレノフ伯爵の前に置いた。
「あまりこちらの言い分を拒否されるのなら、ユーリシャ嬢への虐待を王家に申し立てることになりますよ。きちんと王家に調べていただいたほうがすっきりしていいかもしれませんね」
「いや、そこまでする必要は!!」
トカレノフ伯爵が大きな声で拒絶する。
「では私と婚約者殿の婚約解消をお願いします」
「わ、わかりました!!婚約解消を認めます!!」
「お父様!!」
「もう諦めなさい」
「でしたら、侯爵家より良い家との縁組をお願いしますね!!」
そう言い残して婚約者は応接室から出ていった。
残るはユーリシャの身の振り方の話になる。
トカレノフ伯爵は先程渡した元婚約者、アーリャの行いの数々に目を通していた。
父上が「コホン」と咳払いをしても気が付かないようで、顔色を青くして報告書から目が離せないようだった。
「トカレノフ伯爵!!」
父がしびれを切らしたようだ。かなり大きな声で声を掛けた。
ハッと顔を上げ父上を見る。
「ユーリシャ嬢のことを話したいと思うのだが?」
「へ?えっと・・・はい・・・」
「ユーリシャ嬢と話し合って、ユーリシャ嬢は第二首都オーヘンにある学園に通いたいとのことだ。ただその費用はトカレノフ伯爵は出してはくれないとのことなのだが、本当に出さないのかな?」
「いえ!!ちゃんと出します!!ユーリシャが行きたいと言っているのならその費用は出そうと思っております」
「そうですか!それは安心しました。ではユーリシャ嬢はオーヘンの学園に通わせるということでいいですね?」
「・・・はい」
「ですが、今までのトカレノフ伯爵のなさりようでは信用がないことも理解してほしい。それに私が関わってしまった以上、ユーリシャ嬢を遠くにやるのは心配なのでね、ユーリシャ嬢の向こうでの生活にかかる費用はまず、私が立て替えて支払おう。そして私からトカレノフ伯爵に必要な費用を請求するという形を取りたい」
「いえ、そんなご迷惑は掛けれません!!」
「いや、迷惑とかそういう話ではない。トカレノフ伯爵が本当にユーリシャ嬢の生活費や必要な費用を支払ってくれるか心配してのことだ」
元々悪くなっていた顔色が一層悪くなっている。
「ちゃんと支払います!!」
「水掛け論に無駄な時間を使う必要はないだろう?私が立て替え、私から請求書を送ってその費用を支払ってもらうだけで私も安心できるんだ。是非ともお願いするよ」
「・・・わかりました。ユーリシャのことをよろしくお願いします・・・」
「うむ。これで私も安心できる。まず、ユーリシャ嬢は衣装を持ち合わせていないようなので十着ほど仕立てさせる。よいな?」
「それは!!いきなり十着も!!」
「まともな衣装が一着もないのだから仕方ないだろう。今までちゃんとしてこなかった伯爵が悪いのではないか?」
「それは・・・そうですが・・・」
「息子が早急に転校させるべきだと言うのでユーリシャ嬢を移動させる手続きは既にしています。嫁に行った娘の衣装をとりあえず持って行かせますが、その衣装代として金貨十枚、オーヘンへ行くための費用として金貨五枚。ご用意お願いします。大丈夫です。一先ず当家が立て替えますので」
「わかりました・・・」
「あー!!それからユーリシャ嬢の婚約相手のことなんだが、オーヘンに私の従兄弟が住んでいるんだが、その子供がユーリシャ嬢と婚約したいと言っているのだが、いいかな?ユーリシャ嬢との面識は既にあって、本人同士は是非と言っているのだが」
「・・・リボルーバ侯爵にお任せいたします」
「そうかい?!無理を言って済まないね。ではこちらにサインを貰えるかな?」
「随分とご用意がいいんですね・・・」
「ああ。本当に腹立たしくてね。トカレノフ家のことはちゃんと調べたつもりだったのに、家庭内で虐めがあるなんて思っても見なくてね!!表立ってユーリシャ嬢の後見人だとは言わないが、ユーリシャ嬢は私たちが守ろうと決めたんだよ。だからユーリシャ嬢の結婚相手も私の満足する相手に嫁がせてやりたいと思っているんだよ。自己満足だよ。すまないね」
ユーリシャ嬢の話になってから私の出番はなく父上と伯爵のやり取りを眺めるだけで話し合いは終わった。
荷物をまとめ終わったユーリシャ嬢を伴ってリボルーバ邸へと戻った。
それからは物事はスムーズに進んで行き、私の婚約解消もでき、学期途中だったけれどユーリシャはオーヘンへと旅立った。
学園ではあいも変わらず元婚約者アンリッタのキーキー声は聞こえるが、自分に関係ないと思えばそよ風のようなものだ。
小耳に挟んだのだけれど、元婚約者は学校を卒業したら修道院に入れられるとか。
受け入れる修道院にとって迷惑でしかないだろうと気の毒に思った。
学園長にトカレノフ伯爵令嬢の態度が悪すぎると被害にあった者たちが署名入りで報告書をあげているらしい。卒業が早いか、もしかしたら退学が早いかのどちらかになるだろう。
私は新たな婚約者選びをしている。子供の頃とは違って自分の意見を言えることに満足している。
立候補者は多いけれど、私がいいと思える相手がなかなか居ないので多少困っているが、元婚約者と結婚するよりはマシだ。
父上は急いているようだが、まぁ、のんびり探そうと思っている。
ちょっとストレスが貯まるので虐めの部分はほとんど省略してしまいました・・・。
駄目でしょうか?