青に咲く花
閉め切ったカーテンが明るく照らされ、抑えきれない光が隙間から差してくる。
すっかり明るくなった窓の外に、僕は眠い目を擦りながらカーテンを開けた。
眩しさに目を眇めながら、ぼんやりとする意識を叩き起こす。
昨日は緊張してあまり眠れなくて。
今日は浮かれてほとんど眠れなかった。
明るさに慣れるうちに、霞んでいた記憶も形を取り戻していく。
自然と手で口を塞ぐ。
夢みたいな昨日の出来事。
夢じゃない、よね……?
高校に入ってから知り合った彼女とは、なんだか妙に気が合った。
男っぽいってわけじゃないけど、さっぱりしてるから友達みたいに軽口を叩き合う仲。僕の友達と、彼女の友達と、四人でつるんで一緒に遊んだ。
僕だって最初から意識してたわけじゃない。でも彼女を知るうちに、いつの間にか惹かれてた。
クラスでは明るく皆を引っ張るムードメーカー。苦手な数学の授業をわからないって顔をしながら必死に聞いてたり、料理の手際がいいのを意外って言われて実はちょっと拗ねてたり、大雑把なようでものすごく周りを気遣ってたり。
知れば知るほど惹かれて。
仲良くなればなるほど言えなくて。
僕の友達と彼女の友達が付き合い始めてからは自然と二人で話すことが増えたけど、余計に態度に出せなくなった。
この状況に流されて好きになったんじゃない。
あまり者同士だからなんて思われたくない。
僕は、もっと前から彼女が好きだったんだから。
期末テストが終わった週末、彼女の地元で七夕に合わせた夏祭りがあるって話になって。てっきり四人で行くんだと思ってたら、友達はカップルで行きたいって言い出した。
そっちも二人で行けばいいじゃん、って軽く言われて。
目の前に本人がいるのに、「恥ずかしいから無理」なんて言えない。
「……僕はいいけど、どうする?」
「いいよ。二人で行こっか」
精一杯平静を装っての僕とは対照的に、彼女はなんてことないように頷いて。
そうして二人でお祭りに行くことになってしまった。
テストが終わるまでは考えないようにしてたけど。テストが終わって待ち合わせを決めてからは、もうどうしていいのかわからない。
何を着ようかとっかえひっかえ出しては片付けて。
何を持っていこうか何度も鞄の中をひっくり返して。
緊張して碌に眠れないまま迎えた当日。改札を出た僕は、待っててくれた彼女の姿を見て固まった。
てっきり動きやすいラフな格好で来ると思ってたのに。
淡い青の浴衣には、大輪の花が咲いていた。
「お、おまたせ……」
結い上げられた中から少しだけ零れる髪に、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして。恥ずかしくなって、まともに顔が見られない。
うろたえてたら、彼女は見せびらかすみたいに両腕を開いた。
「この格好見て一言もないの?」
息が詰まる。
ないんじゃない。出ないだけ、なんだ。
でも、そんな本音が言えるわけもなくて。
「う、うん……。似合ってる……」
しどろもどろの言葉でも満足してくれたのか、彼女はにっこり笑ってくるりとひと回りする。
「馬子にも衣装ってね」
茶化していう彼女だけど、なんだか頬が赤かった。
駅の外はもうお祭りの高揚感でいっぱいだった。
浴衣姿のカップル、綿菓子の袋を持った親子連れ。大きなビニールのハンマーで楽しそうに叩き合う子どもたち。
道の両側には屋台が並んで連なって、お寺までの道を示してた。
「色々出てるから楽しいと思うし。ちょっとウロウロしようよ」
まだ少し緊張した顔つきで彼女が言う。
二人並んで歩き出してからは、彼女があれこれ思い出を教えてくれた。
僕の知らない小さな頃の彼女が遊んだ公園や、毎年お祭りに来るお寺。
彼女の「いつも」に紛れ込めたようで、なんだか嬉しかった。
高台のお寺からは町の灯りが綺麗だからと、少し日が落ちてから見に行くことになったから。
通り過ぎる山車を見に行って、思ったより大きな太鼓と鐘の音に驚いて。並ぶ屋台をあれこれ見ながら一緒に歩いた。
お祭りの楽しい雰囲気に、いつの間にか普段の調子に戻っていて。四人でいる時のように自然に笑ってからかい合う。
「食べる?」
差し出されたのは小さな林檎飴。
艶めく赤に夕日の光が差し込んで、キラキラしてて。
彼女がかじったところだけ、その中に浮かんでるように白くて。
冗談だって、わかってたけど。
彼女の手ごと掴んで口元に寄せて、ちょっとずらしてかじった。
甘くてすっぱくて。皮はちょっと硬くて苦くて。
彼女の手は、柔らかくてあったかくって。
「ん」
自分がやったことが恥ずかしくなって、彼女の方に押し返して手を放した。
彼女は驚いて暫く林檎飴を見つめてたけど。
「……美味しい、でしょ」
恥ずかしそうにそう言って、また林檎飴をかじり始めた。
赤い林檎飴の上で、彼女がかじった白い痕と僕がかじった白い痕が繋がっていくのが見てられなくて。
彼女から目を逸らす代わりに、はぐれないように手を掴んだ。
イラスト提供/かぐつち・マナぱ様
https://mypage.syosetu.com/2075012/
暗くなってくると、周りは騒がしいのに僕たちはだんだん静かになっていった。
いつの間にか掴むんじゃなくて繋いでた手はぎゅっと握られてて。
周りの喧騒から置いてかれたみたいに、二人とも黙ったまま歩いてた。
眩しいくらいの屋台の灯りが参道沿いにまっすぐ続いていって、そのうち階段の上のお寺のやんわりした提灯の灯りと混ざって。
光で空に続く道ができてるみたいだった。
「ごめん、ちょっと待って」
足を止めた彼女が僕の手を引っ張る。
「足、痛くて」
「えっ? 大変」
人の流れを止めないように参道から外れると、途端に周りのざわめきが遠のいた。もたれかかれるところでもあればと思って周りを見るけど、どこにもなくて。
「大丈夫? もたれていいから」
少しでも支えられるように背中に手を回すと、彼女が僕の方を見た。
彼女の顔が思った以上に近い。
ほんの数歩先はあんなに明るいのに、ここはちょっと薄暗くて。
周りはあんなに騒がしいのに、ここは静かで。
彼女はじっと僕を見てる。
彼女の手が僕の腕に触れる。
思わず背中の手を引き寄せると、彼女がとすんと僕の胸に当たって。
さっきより近付いた顔は、参道からの光に赤く染まって。
ゆっくりと僕を見上げた彼女が。
何も言わないまま、そっと瞳を閉じた。
――夢だったのかもしれない。
それくらい信じられない出来事。
あれから彼女と何を話したのか、全然思い出せない。
だから夢だったんじゃないのかって、ひと晩経ったら余計にそう思えて。
でも。
手の下の唇は、まだ覚えてる。
本当に、夢じゃないのなら。
今日、僕はどんな顔して彼女に会えばいいんだろう?
いつもの通学路も今日はなんだか長く感じる。
おはようと聞こえる度にびくりとして。自分じゃなかったんだって、止めてた息を吐いて。
そんなことをしてたら、ぽんと肩を叩かれた。
「おはよう」
「おっ、おはよう……」
にっこり微笑む彼女が僕の隣に並ぶ。
けど、それ以上何も言ってこない。
バクバクとうるさい鼓動。ちらりと隣を見ても、彼女は至って普通の顔で。
やっぱり夢、だった……?
「あ、あのさ、昨日――」
「楽しかったね」
遮るようにそう言われる。
彼女の表情は変わらない。
「……足、大丈夫……?」
「うん。草履の鼻緒が痛かっただけなの」
だから大丈夫、そう言って笑う彼女。
でも、昨日の笑顔はそこにはなくて。
「……じゃあ、先行くね」
踏み出そうとした彼女の手を反射的に掴む。
驚く彼女。その手は昨日と同じで、柔らかくてあったかくて。
やっぱり夢なんかじゃない。
やっぱり、昨日の彼女は夢なんかじゃない!
昨日一日の幸せと夢じゃなかった嬉しさを、どうにか伝えようと思うんだけど。
「…………好き」
込み上げる気持ちはたくさんあるのに、そんな一言にしかならなかった。
僕を見る彼女の顔がふっと緩む。
掴んでいた手がぎゅっと握り返される。
彼女は僕を見上げたまま、空いてる方の指で自分の唇に触れた。
「……したから?」
さっきまでとは違うちょっと照れたようなその顔は、昨日の彼女の顔と同じ。
これも。昨日のことも。
夢じゃなくて、現実なんだって。
今はもうはっきりとわかるから。
「違う。好きだから、だよ」
今度こそ、ちゃんと言葉にできた。
僕を見る彼女の顔が一瞬泣き出しそうになってから。
彼女はその指を僕の唇に押し付けた。
「ばか。昨日聞きたかったのに」
色々聞き返そうにも唇を押さえられてて、何も言えないままの僕に。
「聞いてないことにするから、また日曜にね」
制服のシャツの淡い青の中、昨日浴衣に咲いていた大輪の花のように。彼女は艶やかに微笑んだ。
お読みくださりありがとうございます。
こちらは冬野ほたる様https://mypage.syosetu.com/2111689/の作品『夏祭り ― 初恋 ―』https://ncode.syosetu.com/n1568hz/をインスピレーション元として書いたものとなります。
また日浦海里様https://mypage.syosetu.com/2275893/とのコラボでもあります。
同時刻で日浦様の作品も上がっております!
また違ったお祭りを楽しめるかと思います。
どちらの作品も、どうぞ下のリンクから覗きに行ってみてくださいね。
冬野様。日浦様。ありがとうございます!
とっても楽しく書けました!