温泉ときたまご
風が冷たい。冬の空気が乾いた頬を撫でる。
梨沙は両手をこすり合わせながら、人影の絶えた駅前で路線バスの到着を待つ。
後ろに二人並んだところでバスが到着した。
がらんとした車内で、窓からの景色をぼんやりと眺める。
少し遠くに梨沙が住む街が見え、明かりが煌々と輝いている。
私の家はどのへんかな? 見つかるはずのないアパートを探す。
バスを降りた梨沙が息を吐くと、その寒さを物語るかのように吐く息が真っ白になった。
夜空を見上げると名もなき星が瞬いている。
星の瞬きをキラキラと表現したのは誰が始まりなんだろう。よほどロマンチックな人に違いない。
暗い道を歩きながら考えを巡らせる。
十分ほど歩いただろうか、目的地である温泉に辿り着いた。
フロントは週末の混み具合を呈していた。
受付を済ませると、梨沙はのれんをくぐる。
母親と娘、高齢の女性、若い女性グループ、そして梨沙のようにひとりで来た女性……。
がやがやとした会話を聞きながらシャワーを流す。
この温泉の目玉、露天温泉に滑り込んだ。
外は屋内とは打って変わって穏やかだ。
体の芯まで温められ、ついついほっとため息をついてしまう。
目線の先には大きな木に張り巡らされたイルミネーションが点灯している。
静寂の中で瞬くものを眺めていると不思議な感覚に包まれる。
無音なのに何かメロディが流れている、そんな気がする。
本日第二の目玉、夕食の時間だ。
SNSでちょっと噂になっているすき焼き定食を注文した。
間もなく、すき焼き、真っ白なご飯、温かいお味噌汁、お新香に卵が到着した。
早速卵を割り、それを溶いてすき焼きの鍋に垂らす。
はふはふ、すき焼きの甘辛いタレと卵の甘みが口の中でミックスする。
箸が止まらない。勢いで白米をおかわりした。
名残惜しいがそろそろ出ないとバスの時間に間に合わない。梨沙は重い腰を上げる。
心とお腹を満たしたせいか、意外と体は冷えない。
それでも指先は冷えるので、コートのポケットの中でカイロと指相撲をする。
夜空を見上げ、梨沙は澄んだ空気を吸い込む。
来年はどんな年になるだろうか、この空の星の数と同じくらい良いことがあるといいな。
神様も苦笑いしてしまうほどの妄想を膨らませながら、静かな夜道をずんずん進む。