エルフリートの実力
競技場の壁に叩き付けられた重装兵の鎧はところどころ砕けていて、砂だらけだった。
そしてヘルメットの隙間から豆鉄砲を食らった鳩のような顔が見えた。
「これが、本当に魔導砲……?」
「そうですよ。魔導砲術部隊は個人で武器をカスタムしてるって言ったじゃないですか。俺のは何でも発砲できます」
「どんな弾でも発砲できるカスタム、だと……?」
「はい。今のは砂の魔物で作った弾を使いました。でも、本当は鉛の魔物で作った弾を使いたかったんですよ。上司が泣いてやめろって言うから使わないであげましたけど」
魔導砲で鉛の球をぶつけられたら、文字通り爆散してしまう。
ゾッとした表情の重装兵は、崩れるように尻もちをついた。
「上司に止められなかったら、私に鉛玉をぶち当ててこようとしてたってことか……?」
「血が流れない戦いなんておままごとですから」
「それに魔物を弾に使うなんて発想、正気じゃない……」
「いえいえ何を仰っているのですか。俺は至って正気ですよ。魔物が武器にならないと決めつける貴方たちの方が狂ってます」
「しかも魔物で弾作るってことは、魔物を半殺しにしてるって事だろ……」
「ええ、だって殺しちゃうと魔物は消えちゃいますし」
アレクサがにっこりと笑うと、重装兵にまとわりついていた砂がサラサラと消え始めた。
息も絶え絶えの魔物が、ようやく死ねると言わんばかりに消滅していくようだ。
きゃー!と客席の数人の女の子達から悲鳴が上がった。
勿論、カッコイイの悲鳴ではない。恐ろしいものを見た時の恐怖の悲鳴だ。
「エレーユ。君の弟、バーサーカー属性にプラスしてサイコパス属性も加わったように思うが気のせいかな?」
「気のせいだと思いたい……」
「正直に言うと?」
「姉は悲しいです」
戦闘狂で、目を離すとヤバいことをしでかすので、アレクサはこの通り一部の騎士から怖がられたり、女の子にモテなかったりする。
普段はとてもいい子で、姉から見ても顔もとてもかっこよくて背も高いのに、とても勿体ない。
会場を凍り付かせたアレクサと重装兵が退場して、次の騎士たちが競技場に入ってきた。
そうして繰り広げられたいくつもの熱い試合を観戦してから昼の休憩を挟み、ようやくエルフリートの試合になった。
「次の対戦はエデンバーグ次男VS重騎部隊のフォースト長男だぞ。ほら、お待ちかねだ」
「別に待ってないですけど」
「声をかけてやったらどうだ。アレクサの時は叫んでいただろう」
「どうせ無視されるし」
「仕方のない子だ」
エルフリートと相手側の騎士が入場してくる。
エレーユは何となくエルフリートを見たら負けな気がして、相手側の重騎兵を見ていた。
「エデンバーグ次男ー!頑張るんだぞー!」
エレーユの隣で、メリエーヌが大きく手を振る。
そんな大きい声を出したら気付かれちゃうと思いつつも、どさくさに紛れて、エレーユはちらりとエルフリートを見た。
丁度エルフリートが、ブンブンと手を振っているメリエーヌに小さく会釈をしたところだった。
しかし、エレーユと目は合わなかった。
エレーユはメリエーヌの隣にいたのに、こちらをちらりとも見てくれなかった。
……まあ、嫌われてるから当たり前だよね。
応援の声かけができない自分のことは棚に上げ、エレーユは少しばかり複雑な気分になった。
「飛竜部隊のエルフリート。話は色々聞いてるぜ。お手柔らかによろしくな」
「よろしく」
向き合った騎士2人が礼をしてから、始まりの合図が鳴る。
エルフリートは、飛竜に跨って戦場を自由に駆ける戦闘力の高い飛竜騎士だ。
対してお相手は、高い防御力に加えて陸上での機動力も確保した重騎兵。
一見機動力最強の飛竜騎士が有利に思えるが、一筋縄ではいかなさそうだ。
飛ぶ速さに関わって来るので防具はあまりつけられない飛竜騎士に比べ、重騎兵は足が8つある馬で地を走るのでどれだけ武装をしてもいいという利点がある。
しかも今回の相手は重騎部隊の中でも鎖鉄球の名手と言われている人物で、上空にいても鎖のついた鉄球が飛んで来るので、うかうかしては居られない。
「ゲーテ、たのむ。大会は安全に終わらせられればいいと言っていたが、強いと認めてもらわなきゃいけなくなった」
エルフリートはポンポンと相棒の飛竜の頭を撫でて、その背にひらりと飛び乗った。
そして飛竜が羽ばたいてから、エルフリートは訓練用の模造槍を空中で構えた。
飛竜騎士が戦う姿は何度か見た事があるが、エルフリートが戦う姿を見るのは今回が初めてだ。
「ねえメリエーヌ、エルフリート様って優秀だって聞いたけど、やっぱり強いのかな」
「おーや。やっぱり気になるねえ?」
「別に!すごく気になってるわけじゃなくて、ちょっと聞いただけだけど」
隣のメリエーヌが扇子を広げてふふふと笑うので、エレーユは早く答えろと睨んでやった。
「エデンバーグ次男は強いよ。でもちょっと遠慮するようなところがあるってクラウスは言ってたよ」
「遠慮?魔物にも遠慮するの?」
「まあ、彼はあまり勝ち負けにはこだわりのないタイプらしいね。討伐数も仲間に譲ったりしているみたいだし」
「そっか」
……じゃあ、この試合もあの重騎兵に遠慮したような戦い方をするのかな。
魔物に対してもそうだと言うのなら、人間の仲間相手に遠慮しない訳が無い。
先程のアレクサのように、全力で相手を叩き潰しに行くようなことはしないのだろう。
……と思ったのだが。
試合の勝敗は、一瞬で付いた。
相手の重騎兵に見せ場の一辺たりとも与えない、文字通り瞬殺だった。
というか、本当に容赦なかった。
重騎兵が「いくら宙を舞えるからと私の鎖鉄球から逃れられるかな!?」と武器を構えようとする前に、エルフリートは目にもとまらぬ急降下でガラ空きの相手の懐に飛び込み、馬の背から押し落としてその首元に槍を突きつけていた。
せめて試合開始時の口上くらい言わせてあげればいいのに、その遠慮もなかった。
「強いな……」
メリエーヌも呟いていたが、エレーユもそう思った。
各部隊の精鋭が選ばれているのだから相手も強いに決まっているのに、その相手に何もさせずに勝つというのはエルフリートが相当強いという事だ。
エレーユや客席がまだ呆然と目を見張っている中、エルフリートは相手の騎士に手を貸してから、相棒の飛竜と共にスタスタと競技場から出て行った。
勿論、最初から最後までエルフリートと目は合わなかった。
相手に隙を与えず最速で勝利をもぎ取ったのは、絶対にエレーユが会場にいるからなんかではないと思うが、もしエルフリートがこのままの勢いで優勝したら誰が宝剣を彼に渡すのだろうと一瞬頭をよぎった。
……私ではないと思う。婚約者じゃないって言われたし、嫌いって言われたし。
では、誰だろう。
エルフリートが優勝したら、誰に宝剣を渡して欲しいと頼むのだろう。
もう婚約破棄してやると思いながらも、少しだけ気になった。