真実の花
「限定展示『真実の花』。嘘を聞かせると閉じてしまう花ですね。ここに並んでみましょうか」
「わかった」
エレーユの提案にエルフリートが頷いたので、二人は列に並ぶことにした。
「最近話題になっている花ですが、本物を見るのは初めてです。物凄く高価らしいですよ。エルフリート様は真実の花をご存じでしたか?」
「いや」
「聞き慣れないのも無理はないです。どんな花なのか気になりますね」
「ああ」
会話は楽しくなかったが、あっという間にエレーユとエルフリートは列の一番前に来ていた。
真実の花の展示室に入れるのはもうすぐだ。
入場を整理していた係の人間が、にこやかにエレーユたちに声をかけた。
「お並び頂きありがとうございます。こちらは『真実の花』の限定展示でございます。こちらの展示は初めてでございますか?」
「はい、そうです」
エレーユが頷くと、係は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。こちらの展示は大変ご盛況頂いておりまして、花に聞かせる嘘はお一人様一つまでとさせていただいております」
「はい、分かりました」
「ありがとうございます。ではいくつかの注意点をご説明させていただきます。まず、こちらの真実の花は非常に純粋な栽培方法により、どんな些細な嘘でも虚偽が含まれているならば反応しますが、その分非常に敏感になっております。大声でのお話はお避け下さい」
「分かりました」
「それからお客様方は問題ないと存じますが、乱暴な物言いもお控えください」
「はい」
「それから……」
他にもいくつか注意事項を並べてから、係は最後に質問を付け加えた。
「あと、お客様はカップルでございますよね?」
「え?」
注意事項にはいはいと答えるだけの流れだったので、いきなりの質問に戸惑ってしまったけれど、答えは「はい」だ。
だって、一応婚約者だし。
しかしエレーユが頷こうとした瞬間、エレーユよりも先に、なぜかエルフリートが返事をしていた。
「いや」
相変わらずの無表情。
しかし、エレーユはついエルフリートを二度見してしまった。
……っていうか、今なんて?
いいや、聞き返すまでもない。
この耳ではっきりと聞いた。
エルフリートは今、エレーユは婚約者でも何でもないとはっきりと言い放った。
……今まで何も喋らなかったくせに、カップルかどうか聞かれた時だけ高速で否定するってどういうこと?
そんなに私の事が嫌なの?
そんなに私と婚約者同士だと思われることが嫌?
婚約者が隣にいるのに堂々とカップルじゃないと否定するなんて、エルフリートはどれだけエレーユのことが嫌いなのか。
エルフリートに問いかけるように視線を送ってみるも、エルフリートは気づいていないのか無表情だった。
しかし係はエレーユの目つきが明らかに険しくなったことを察したのか、慌ててペコペコ頭を下げ始めた。
「た、大変失礼いたしました。というのも、カップルのお客様であればご同意の元、特別に質問を追加できるようになっておりましたので、お伺いさせていただきました」
係はものすごく恐縮しながら、エレーユとエルフリートを花の元まで案内してくれた。
真実の花が飾られている部屋は、花の神秘的なたたずまいを際立たせるガラス張りの神殿のような空間だった。
そして主役の真実の花は両手のひらほどに大きく、鮮やかな赤だった。
普段であれば綺麗だと感動しただろうが、今のエレーユはじっくり鑑賞なんて心持ちではなかった。
なんだか苛々してモヤモヤして、ぐっと眉を寄せて黙っていた。
エレーユが動かず何も喋らないので、流石のエルフリートも声をかけてきた。
「なあ」
「なんですか」
「なにか、嘘をついてみるか?」
「はい?」
「いや、後ろも詰まっているし」
……私の事より、並んでいる人のことを心配しているってこと?
しかも私の事未だに「なあ」って呼ぶし。
エレーユはハアと大きめに息をついた。
「やっぱり貴方はいつも私の事なんて考えてはくれないのですね」
「え?」
「……まあいいでしょう。わかりました」
婚約者の機嫌が悪い時、普通なら少しは心配したりするものだ。思いやったり気を使ったりもするはずだ。
だけど、エレーユとエルフリートは違う。
「今ならハッキリ言ってもいいですよ。エルフリート様って私の事嫌いですよね」
「え?」
「貴方は私の事、嫌いなんですよね?」
「いきなりなにを」
「嫌いですよね?」
「い、いや」
「じゃあ好きなんですか?」
「その」
「私の事好きですか?!」
「あ……ああ」
問い詰めたからか流石のエルフリートもしどろもどろに返事をしたが、真実の花は面白いくらいにしゅんと閉じてしまった。
閉じたというか、もはや枯れたと言った方が正しいような勢いだ。
ああやってしまったと思った。
分かってはいた。
そうだろうと分かっていたのに、ハッキリとさせてしまった。
エレーユの事を好きだと言ったのが嘘だから、エルフリートはエレーユが嫌い。
……そっか、嫌いか。
苛々したり八つ当たりしたりするし、こんな可愛くない女の子なんて嫌いだよね。
無理やり婚約させられたんだもん、仕方ないよね。
しかし面と向かってはっきり嘘を吐かれると、思ったよりショックだった。
いや正直、かなりショックだった。
好きかと聞いたら好きだと答えてくれないかと期待していた自分が、心のどこかにまだしつこく生きていた。
本当は、「実は好き」なんて言ってくれないかと願っていた。
……でも、違った。
そっか。私の片思いなんだ。
婚約してるけど、片思い。一緒にいられて嬉しいのはエレーユだけなんて、とっても虚しい。
こんなの赤の他人の方がマシ。
ちょっと泣きそうだった。
「……もう、婚約破棄したい」
エレーユが呟くと、隣でエルフリートが小さく身じろぎをした気がした。
聞こえたかもしれないし、聞こえなかったかもしれない。
でもエルフリートは何も言わなかったから、もうどうでもいい。
花が閉じたか閉じなかったかも、エレーユのこの気持ちが嘘なのか本当なのかも、もう関係ない。
だって、エレーユは決めたのだ。
エルフリートとの婚約は破棄する。
エレーユはもう出ましょうと言って展示室を出て、気分が悪いと言って帰ることにした。
屋敷まで送ってもらった別れ際、エルフリートが何やらポケットをゴソゴソしていたようだったので、目を見てさよならも言わないつもりなのかと呆れたエレーユはエルフリートに声をかけた。
「今日はありがとうございました」
「いや」
「でも、もう来なくて大丈夫ですので」
「え?」
「もう会いに来てくれなくて結構ですので。私も誘いませんから」
エレーユは言い逃げするように踵を返して、振り返らずに屋敷に帰って自室に駆け込み、バタンと扉を閉めた。