ラブラブカップルの考察
南国の花が集められた庭園の最奥には、エキゾチックな雰囲気のカフェがある。
テラス席にはパラソルがあって、この雪国では見慣れない大きな貝殻や海の砂、それから愉快な船を模した装飾が至る所にちりばめられている。
夏に憧れのある王国民たちにはとても人気のお店だ。
店内は満席のようだったが、エレーユを一目見て微笑んだ給仕に席に案内された。
南国庭園が一望できる一番良いテラス席だ。
給仕は顔見知りで、エレーユがワイトドール家の者だと心得てくれていたのだ。
「エレーユ様、ようこそいらっしゃいました。おくつろぎください」
「ありがとう」
エレーユは手渡されたメニューを受け取り、微笑み返した。
そしてその微笑を保ったまま、エルフリートにも話しかけた。
「エルフリート様は何を食べますか?今日のシェフおすすめは南国フルーツとピックル豚のグリルみたいです」
「そうか」
「南国フルーツなんて気になりますね」
「ああ」
「王女殿下はアイスクリームステーキがオススメだと言っていましたけど、このロコポコハンバーガーも美味しいらしいです。あとは、このテトポフライとか。揚げ物はあまり食べないので挑戦してみるのもいいかもしれません」
「そうか」
「どれも美味しそうですよね。私はグリルが一番気になりますが、今日はロコポコハンバーガーにしようと思います」
「わかった」
頷いたエルフリートは、じっとメニューを見て黙ってしまった。
やっぱり彼は全然エレーユと話してくれない。
それ以上話すことが無くなってしまったエレーユも黙るしかなかった。
エレーユが話さなくなって、二人のいるテーブルだけが不自然なほどにしんとしてしまう。
明るい店内にいるのに、ぽつんと取り残されたような気分だ。
……あっちの席もこっちの席も、隣の席のカップルも、すごく楽しそう。
「ねえエリック。南国フルーツとお肉のグリルですって。珍しいわよね。美味しいのかしら?」
「気になるね。南国フルーツは見た目も鮮やかで綺麗だって言うから、きっとエルザも気に入るよ。頼んでみなよ」
「でもね、グリル食べたいけどこのバーガーも気になるの。どうしようかしら……」
「ふふ、エルザってば欲張りさんだね。じゃあ僕がグリルを頼むから、エルザはバーガーを頼むといいよ。後で半分こしよう」
「まあ!いいの?ふふ、エリックはいつも優しいわね。大好き!」
少し離れた隣の席で幸せそうにしているカップルを横目でこっそり観察して、エレーユは小さく溜息を吐いた。
……ラブラブで楽しそう。それに比べてこっちはお通夜。
いいなあ、私もあんな感じのデートがしたい。羨ましい。
目の前のエルフリートをちらりと見る。
相変わらず一緒にいても全然楽しそうでは無いし、エレーユには微塵も興味がなさそうだ。
溜息を押し殺し、エレーユはメニューを横に置いたエルフリートに声をかけた。
「エルフリート様、注文は決まりましたか?もう給仕を呼びましょうか」
「ああ」
エレーユは給仕を呼んでテキパキと注文を済ませた。
エレーユ自身はロコポコハンバーガーを頼み、エルフリートは南国フルーツとピックル豚のグリルを頼んだようだった。
料理を待つ間、黙っているとつい隣のカップルに聞き耳を立ててしまうので、エレーユは無理やり話題を捻り出してエルフリートに話しかけることにした。
「エルフリート様、お仕事の調子はいかがですか?相変わらず忙しいですか?」
「ああ」
「そうですか。名誉ある仕事ですが戦うのは大変ですよね。あまり無理はせず頑張ってください」
「わかった」
「ええと、じゃあ話題を変えましょうか。エルフリート様の相棒の飛竜、ゲーテ君でしたっけ。お元気ですか?前に一度お会いしたときは顔中舐められて大変でしたけど、今は少し大人しくなっていますか?」
「ああ」
「なるほど。じゃあゲーテ君も少し成長したのでしょうね」
「まあ」
「良かったです。そうだ、最近何か面白いことと関わった事とかありませんでしたか?些細な事でも何でも良いのですが」
「面白い事」
「あ、何かありましたか?私ばかり喋っているのもあれですし、是非お話しください」
「いや、ない」
あまりにも会話が広がらず、もう既に話のネタが尽きかけている。
早く料理が来てくれないかとエレーユがソワソワし始めた時、隣の席のカップルのひそひそ話が耳に入ってきた。
「ねえ、エリック。お隣って、別れ際のカップルなのかしらね」
「うーん、もしくはお付き合い前かもしれないね」
「まあ、きっとそうね。エリックは天才だわ。でもあの子、あの男性の態度で脈は全く無いって分からないのかしら」
「分かっていても分かりたくない時もあるさ。恋は盲目と言うからね」
「そうよね。でも私、必死でアピールしてるのに見向きもされないあの子がちょっと可愛そうになってきちゃったわ」
「見ず知らずの女の子の心配までしてあげるなんて、エルザは本当に心優しいね」
隣の席のカップルは、エレーユが地獄耳だとは露ほども思っていないらしく、ふふふと笑い合っていた。
確かにエレーユたち2人の仲の悪さは一目瞭然だ。
でも、実際にひそひそ噂をされているのが聞こえてくるのはいい気分ではない。
立ち上がって「エルフリート様とはお付き合い前でもないし、エルフリート様の態度で脈は全く無いって既に分かってるし、私は必死でアピールなんてしてないし、そもそもエルフリートの事なんてそんなに好きじゃないんだから!」と叫んでやりたくなる。
「はあ」
エレーユの気分は一気に悪くなり、更に食欲がなくなった。
元々お腹もすいていなかったし、料理が運ばれて来てもほんの数口食べただけでお腹がいっぱいになってしまった。
エルフリートもあまりお腹がすいていなかったのか、グリルを半分に切って残しているようだった。
食事中も会話は弾まないまま時間は過ぎ、普段は別腹のデザートも食べることなく、エレーユたちは店を出た。
隣のカップルも同じタイミングで店を出ていて、腕を組みながら前を歩いていた。
殆ど他人のように距離を開けて歩くエレーユとエルフリートとは大違いだ。
しかし彼らと同じ方向へは意地でも行きたくなかったので、南国庭園を見て回るつもりの彼らとは反対方向の神界庭園へ行くことにした。
神界庭園には、珍しい魔力を持った植物が多く植えられている。
他の庭園とは違って体験型の展示も多いので人気のエリアだ。
「神界庭園には特に珍しい植物がたくさんあるんですよ。エルフリート様はここに来たことはありますか?」
「ああ」
「じゃあ、礼儀正しくお辞儀するとお辞儀を返してくれる植物とか、涙でしか育たない花とか、見たことありますか?」
「ある」
エレーユとエルフリートは青空のような天井のある庭園を歩いていた。
神界庭園は他の庭園とは違い、アトラクションのように並んでから見たり体験したりする展示が多い。
どの展示の列が一番短いか観察して、エレーユは期間限定展示と書かれた展示に狙いを定めた。
並んでいる人は多いのだが展示数が多いらしく、回転が良さそうだ。
だけどこの展示を選んでしまったことが、のちのエレーユに残酷な事実を突きつけることとなるのだった。