渋々のデート
王宮庭園へ行く予定だった日になった。
エルフリートに手紙を無視されたので、もちろん王宮庭園は無しだ。
雪の積もる外を眺めながらブランチを食べ終えて食後のミルクティーを飲んだ後、エレーユはふうと息をついた。
手紙を無視されたことは、正直思ったよりショックだった。
だけど、エルフリートと一緒に出掛けなくて済んだからラッキーと考えるようにした。
あのつまらなさそうな顔を見なくて済んだのだ。うん、良かったではないか。
仕事は前日までに片付けていて何もすることがないエレーユは、サロンから自室に移動した。
「暇になってしまいました……あ、いいえ、折角の一人の時間じゃないですか。中々ありませんよ、自由に使える一人の時間なんて。ラッキーじゃないですか」
無理矢理ニコニコしてガッツポーズをしてみる。
暖炉に薪をくべてくれた侍女が下がり、エレーユは広い部屋に一人になった。
肘掛椅子に腰かけて、ふわふわのひざ掛けをかける。
そしておもむろに、読みかけだったロマンス小説を開いてみた。
物語は病気になってしまった姫と、彼女の余生を最高のものにしてあげたいと願う王子のロマンスで、涙なしには読めない名作で、ロマンス好きのエレーユには堪らない小説だったはずなのに、今日は何故かあまり頭に入ってこなかった。
そうこうしていたら、その日はただ茫然と時間が過ぎた。
届く手紙は毎日確認しているが、エルフリートからの手紙はやっぱりない。
彼と音信不通になって2週間ほどが過ぎた。
もうこのまま婚約も何もかもなかったことにしてやろうか。
それもいいかもしれない。
そんなことを自室で考えていた時、コンコンと扉がノックされた。
「はい」
顔を上げて返事をすると、父親のワイトドール公爵が扉を開けて入ってきた。
「お父さま。どうされましたか?」
「エレーユ、王宮庭園の視察の件だけどね、行ってくれたかい?カップル向けの展示やサービスを増やしたから意見を聞きたいと言ってあっただろう?」
「ああ、そのことですか」
エルフリートにお誘いの手紙は書いたが無視されたので視察は行えていない。
だが正直に無視されているという気にもなれず、エレーユは「近いうちに行きます」と返事をした。
「頼むよ、エレーユ。最近フレール渓谷で魔物が激増したとかでメーデルは忙しいようなんだ。アレクサは相変わらず脳筋で恋人がいないし、頼れるのはエレーユだけだからね」
父親はエレーユの方をポンポンと叩いて部屋を出て行った。
ちなみにメーデルはエレーユの妹で、騎士団重装部隊の財務部に勤務している。
別に公爵令嬢がそんなところで働かなくてもいいのだが、メーデルはイケメンを間近で見たいと言って就職し、騎士団に住み込みまでしているのだ。
そして弟のアレクサは騎士団の魔導砲術部隊に所属している砲撃手だ。
メーデルは婚約者がいるが滅多に屋敷に帰ってこないし、アレクサは魔物を撃つことが好きすぎて恋人がいないので、現在庭園を視察できるのはエレーユだけということになる。
「そうなれば、またエルフリート様に手紙を書いてみるしかなさそうですね……」
一度無視されているのに、もう一度送ったらしつこいと思われて益々嫌われる。
でも父親の頼みを断るわけにもいかないし、選択肢はなさそうだ。
エレーユは羽ペンをとり、便箋を引っ張り出して手紙を書いた。
返事は来ないかもと覚悟したが、二度目の手紙は遅かったが何とか返信がきた。
エレーユが指定した日で了承した旨のことが書かれていた。
しかし文面は簡素で、本当は誘いを無視したかったけど誰かに言われて無理やり了承したのかもしれないと思ってしまうようなものだった。
もちろん、「嬉しい」とか「楽しみにしている」なんてお世辞にも書いてはいない。
……はあ。
一言くらいなにか書いてくれてもいいのに。まあ、たとえお金を払っても書いてくれそうにないけど。
エレーユは手紙を畳んだ。
そして手紙を無かったことにでもするように、あまり目につかない一番下の引き出しに仕舞った。
王宮庭園へ行く当日。
自室で準備をしていたエレーユはエルフリートが来たという報せを受けて、急いで仕上げをして玄関ホールに向かった。
「エルフリート様」
エレーユがホールに到着すると、それに気づいたエルフリートが顔を上げたところだった。
「待たせたか」
「いいえ全然待ってません。むしろ私がお待たせしてしまったと思うのですが」
「いや」
「そうですか。ええと、では行きましょうか」
「わかった」
エレーユたちは、早速王宮庭園へ向かうことになった。
2人が乗った馬車は雪かきされた道を滑るように走っていく。
窓の外の銀世界も、滑るように後ろに流れていく。
「今日は雪が積もっていますが、降っていなくてよかったですね」
「ああ」
「昨日より寒く無いのも助かりました」
「そうだな」
会話はそこで終了した。
移動中の馬車の中では、エレーユが喋らなくなると、エルフリートがちゃんと生きているのか心配になるほど静かになる。
……はあ。やっぱりエルフリート様は何にも喋ってくれない。
王宮庭園へはどれくらいで着くのだっけ。小一時間くらい?
馬車は、エレーユの予測通り小一時間ほどで王宮庭園に到着した。
王宮庭園は巨大な城のような見た目をした温室で、植物の生態研究と保護を目的とした施設だ。
しかし年中寒い王国でもいつでも満開の花を見る事が出来るので、観光スポットとしても人気がある。
エレーユとエルフリートは馬車を降りて、王宮庭園の中に入った。
エレーユの実家であるワイトドール家は研究所に出資しているから、視察でもプライベートでも基本入場は顔パスだ。
建物内は外とうって変わって温かく、花のよい香りがする。
エレーユとエルフリートはクロークで上着を預けてから、案内に従って花のアーチをくぐった。
その先にある城の玄関ホールを思わせるような大きな空間には現在見ごろの花が集められており、多くの人で賑わっていた。
そして、その奥に幾つかの分かれ道があって、様々な地域を模した空間で珍しい花を見る事が出来る。
エレーユは噴水の隣にある小さなコーヒースタンドが満席なのをちらりと確認してから、エルフリートに振り返った。
時計を見れば、時刻は昼過ぎ。
ランチをするのにいい頃合いの時間だ。
ちょうどおなかもすいてきたし。
「おなか、減っていますか?」
「ああ」
「ではお昼ご飯を食べましょうか。南国庭園にお勧めのカフェがあります」
「わかった」
「いきましょう」